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第64章 おりんの初恋
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元禄十四年(一七〇一年)三月十四日、殿中松之大廊下で刃傷事件を起こした赤穂藩主・浅野長矩は、将軍綱吉の即断により、その日の内に一関藩下屋敷の庭先において切腹して果てた。
従五位下内匠頭の官位を持つ大名に対して余りに乱暴な処分の仕方。多くの者が浅野家の反発を予想し、江戸市中は大いに緊張した。
しかし、一夜明けると、内匠頭の正室・阿久里が実家の三次藩下屋敷に移り、弟・大学長広も閉門処分を粛々と受け入れた。そして、同月十七日に上屋敷、二十二日に下屋敷の公儀への引き渡しも済んだのである。
「神妙過ぎる。お照、そう思わぬか。心配して損した」
「ふふふ、でも殿。阿久里の話では、赤穂のお城は大層立派だそうですよ。甲州流軍学の築城術を用いた堅城で、万余の兵に囲まれてもビクともしないと」
「ほう、言うものだな。すると、ああも静かに藩邸を引き退いたのは、国元で籠城するためか」
浜屋敷の江戸湾を望める東屋で、甲府藩主夫妻が花見をしている。桜の満開にはまだ早いが、その分、紅白の梅が所々残っていて、庭の景色としてはむしろ面白い。
「そう言えば、昨日登城した際、城中が妙に慌ただしかった。なあ、吉之助」
うららかな春の午後、警護役として主君の脇に控えていながら、つい絵師の目で庭を眺めてしまっていた狩野吉之助は、いきなり名前を呼ばれて驚いた。
「は?!」
「そうだ。吉之助、念のため、近江の領地を一度見て来てくれ。播州赤穂まで討伐軍を出すとなれば、兵糧米の支援ぐらいすることになるかもしれん。詳しくは詮房と相談してな」
「かしこまりました」
吉之助が近江への出張から戻り、しばらくした四月十九日、赤穂城は幕府が派遣した受城使に明け渡された。何の混乱もなかった。
江戸では、赤穂藩士の弱腰を嘲る者も少なからずいたが、いつの時代も、人々は自分の生活で手一杯である。しかも、殿中での刃傷もこれが初めてということではない。過去には大老が刺殺されたことさえあった。そんなこんなで、時が経つにつれ事件に対する関心も薄らいで行った。
そして、元禄十五年(一七〇二年)になった。正月行事も滞りなく済み、二月、まだまだ寒い中、吉之助とおりんが御長屋内の工房部屋で絵筆を握っていると、配下の駒木勇佑がやってきた。
「狩野様。間部様がお呼びです」
「分かった。すぐに行く」
駒木が立つ土間から、おりんが向き合っている紙面がよく見えた。彼女は牡丹の花を描いていた。いくつもいくつも。輪郭線だけだが、一枚一枚の花弁が浮き立つようだ。
「ほお、上手いですね。やはり狩野様の教え方がいいのかな」
「は? 駒木さん、何言っているの? 才能だよ、才能、あたしのね」
「こら、おりん、集中しろ。いいか。私が戻るまでに別の紙に一輪仕上げて色も入れておきなさい」
「はぁい」
「それから、工房の中で煎餅は禁止だからな」
「はいはい。先生、さっさと行きなよ」
間部の話は予想外のものであった。すなわち、刃傷事件の一方の当事者である吉良家の新当主・左兵衛義周の絵画師範を引き受けて欲しい、というのだ。
「吉良家はともかく、これは、左兵衛様のご実家・上杉家からの依頼なのです。上杉家は外様ながら謙信公以来の名門。恩を売っておいて損はない」
「それは分かりますが、上杉家ともなれば、お抱えの絵師がいるでしょう」
「確かに。ただ、例の事件以来、吉良家の評判はすこぶる悪い。上杉家から直接派遣するのは憚られるそうです。上杉家の家老・色部殿とは古い付き合いで、彼に泣き付かれました。以前、会食の席で、狩野殿の描いた甲斐から見た富士の画のことを話したことがあります。それを覚えていたのでしょう」
「なるほど。ともかく、間部様が御家の利益になるとお考えなら、私に否やはありません」
「よろしく頼みます」
「吉良様のお屋敷は、確か、呉服橋内でしたな」
「いえ。先日、幕府の命により、本所松坂町に移られました」
吉良屋敷に赴く日、吉之助は、助手としておりんを帯同した。彼女は既に十五歳になっている。この日は娘らしい紅梅色の地に大ぶりの雪輪文を散らした小袖と黒の女物羽織といういで立ち。髪は高島田に結っている。見た目だけなら、中級武家のお嬢様と言って誰も疑うまい。おりん本人は格好に頓着なく、女中用の作業着の方が気楽でいいなどと言うが、そんなことは志乃が許さない。
「いいか。お前はしゃべるな。部屋の端に控え、紙を出す、墨をする、言われたことだけをやってくれればいい」
「分かってるって」
おりんの絵師としての成長は目覚ましい。彼女が吉之助の弟子となり、加えて町絵師・伊藤文竹の工房に通い始めてから三年弱。吉之助の実家・竹川町狩野家における絵師養成のカリキュラムで言えば、初等教育を終える程度だが、彼女の腕はその水準をはるかに超えていた。
しかし、言葉遣いは一向に改まらない。吉之助も志乃も、いつの間にか慣れて、うるさく言わなくなっていたが、こうなると困ったものである。
本所松坂町の吉良家の屋敷は、現代ではその一部が公園として残るのみだが、元禄の当時、家格に相応しい二千五百坪の広さがあった。
事件の被害者である吉良上野介は、当初、その神妙な振る舞いを将軍綱吉から褒められ、御咎めなしとされた。
ただ、喧嘩両成敗の法に反する、或いは、狼藉者に対し背を見せて逃げようとしたことは武士にあるまじき醜態であったとの批判が止まず、結局、上野介は、事件から二十日後、自ら役職を辞した。それにより、屋敷も城から離れた本所に移されたのである。
その上で上野介は隠居し、家督を孫にあたる左兵衛義周に譲った。左兵衛の父親は米沢藩の四代目藩主・上杉綱憲である。綱憲は上野介の長男で、母である上野介の正室が上杉家先代の妹であったことから、跡継ぎのなかった上杉家に養子として迎えられたのだった。
左兵衛義周はその綱憲の次男で、この時十七歳。涼やかな目元の、画に描いたような貴公子であった。
吉之助が、授業を始めて四半時(三十分)したところで、吉良家の家老が書院に入ってきた。吉之助に吉良家所蔵の絵画の管理について相談したいという。吉之助は、左兵衛に簡単な課題を出しておいて席を立った。
しばらくして吉之助が書院の前まで戻ると、おりんと左兵衛の話す声がした。恐る恐る中を覗く。何と、おりんと左兵衛が横に並んで座り、楽しそうに画を描いているではないか。
「左兵衛様、違うよ。ここを、こう。竹ってのはね、こうやって描くんだ」
「ほう。上手ですね」
「でしょ。あたし、才能あるから」
「狩野殿に言われたのですか」
「うん。めったに褒めてくれないけど、たまにね。その気にさせるのは上手いんだ」
「はっははは、そうですか。よい師匠なのですね」
「まあね。左兵衛様は、他にも習い事をしているの?」
「ええ。私は武骨な上杉家から、急遽、この儀式典礼の家の当主になりました。学ぶべきことが多いのです」
「偉いんだね。じゃあ、次は雀ね。ふふ、そうだ。これ、分かるかな?」と言って、おりんは紙にさらさらと何かを描いた。
「どう?」
「はて? これは人の目? こっちは何だろう?」
「ふふ、鈴だよ。リンリンと鳴る」
「ふむ?」
「鈍いなぁ。鈴と目、すずめだよ」
「ああ、なるほど。はっははは、面白いですね」
あの馬鹿、何という無礼を。吉之助は直ちに止めるべく、慌てて部屋に入ろうとした。しかし、家老に袖を引かれ、「もう少しこのままに」と言われた。聞けば、吉良家の当主となって以来、左兵衛は同年代の者を相手に話をする機会もなく、「あの様に屈託なくお笑いになったお顔は、久しぶりに拝見しました」ということだった。
その後、吉之助とおりんは月に二度、本所松坂町の吉良屋敷に通った。九ヶ月ほど経ち、元禄十五年(一七〇二年)十一月五日の朝である。
「小母様。わたくし、高輪まで行ってきます。帰りにお買い物をしてきましょうか」
「いえ、特にありませんね。気を付けて行ってらっしゃい」
「行って参ります」
戸口から出て行くおりんの背を志乃が心配そうに見送っている。
「大丈夫だろ。いつものことじゃないか。それにしても、おりんの奴、近頃急に言葉遣いがよくなったな」
「あなた。左兵衛様とは、どのような御方なのですか」
「そうだな。ひと言で表すなら、見事な若殿だ。顔はいいし、性格もいい。さらに、穏やかそうに見えて、剣術や馬術もかなりの腕らしい。無論、絵画の方も悪くない。吉良家はすっかり評判を落としたが、左兵衛様がお役に就けば、すぐに盛り返すだろう。何せ、元が室町将軍に連なる名門中の名門だからな」
「ご立派な方なのですね。おりんは大丈夫かしら?」
「どういうことだ?」
「あの子、きっと、左兵衛様のことが好きなんですよ」
「はあ?! 相手は五千石のご当主だぞ」
「分かってますよ。あなたやわたくしは、元から武家の生まれですから、何事も身分相応ということが身に付いていますけど、あの子は・・・。悲しい思いをしないといいけど」
吉之助はこの時、志乃がすっかり母親の顔になっていることに気付いた。おりんが泣けば、志乃も泣くだろう。しかし、何をどうすべきか。途方に暮れるしかない。
そして午後、おりんが高輪の伊藤文竹の工房から戻る途中、前を四人の武士が歩いていた。彼女は知る由もないが、それは、赤穂藩元城代家老・大石良雄の一行であった。
従五位下内匠頭の官位を持つ大名に対して余りに乱暴な処分の仕方。多くの者が浅野家の反発を予想し、江戸市中は大いに緊張した。
しかし、一夜明けると、内匠頭の正室・阿久里が実家の三次藩下屋敷に移り、弟・大学長広も閉門処分を粛々と受け入れた。そして、同月十七日に上屋敷、二十二日に下屋敷の公儀への引き渡しも済んだのである。
「神妙過ぎる。お照、そう思わぬか。心配して損した」
「ふふふ、でも殿。阿久里の話では、赤穂のお城は大層立派だそうですよ。甲州流軍学の築城術を用いた堅城で、万余の兵に囲まれてもビクともしないと」
「ほう、言うものだな。すると、ああも静かに藩邸を引き退いたのは、国元で籠城するためか」
浜屋敷の江戸湾を望める東屋で、甲府藩主夫妻が花見をしている。桜の満開にはまだ早いが、その分、紅白の梅が所々残っていて、庭の景色としてはむしろ面白い。
「そう言えば、昨日登城した際、城中が妙に慌ただしかった。なあ、吉之助」
うららかな春の午後、警護役として主君の脇に控えていながら、つい絵師の目で庭を眺めてしまっていた狩野吉之助は、いきなり名前を呼ばれて驚いた。
「は?!」
「そうだ。吉之助、念のため、近江の領地を一度見て来てくれ。播州赤穂まで討伐軍を出すとなれば、兵糧米の支援ぐらいすることになるかもしれん。詳しくは詮房と相談してな」
「かしこまりました」
吉之助が近江への出張から戻り、しばらくした四月十九日、赤穂城は幕府が派遣した受城使に明け渡された。何の混乱もなかった。
江戸では、赤穂藩士の弱腰を嘲る者も少なからずいたが、いつの時代も、人々は自分の生活で手一杯である。しかも、殿中での刃傷もこれが初めてということではない。過去には大老が刺殺されたことさえあった。そんなこんなで、時が経つにつれ事件に対する関心も薄らいで行った。
そして、元禄十五年(一七〇二年)になった。正月行事も滞りなく済み、二月、まだまだ寒い中、吉之助とおりんが御長屋内の工房部屋で絵筆を握っていると、配下の駒木勇佑がやってきた。
「狩野様。間部様がお呼びです」
「分かった。すぐに行く」
駒木が立つ土間から、おりんが向き合っている紙面がよく見えた。彼女は牡丹の花を描いていた。いくつもいくつも。輪郭線だけだが、一枚一枚の花弁が浮き立つようだ。
「ほお、上手いですね。やはり狩野様の教え方がいいのかな」
「は? 駒木さん、何言っているの? 才能だよ、才能、あたしのね」
「こら、おりん、集中しろ。いいか。私が戻るまでに別の紙に一輪仕上げて色も入れておきなさい」
「はぁい」
「それから、工房の中で煎餅は禁止だからな」
「はいはい。先生、さっさと行きなよ」
間部の話は予想外のものであった。すなわち、刃傷事件の一方の当事者である吉良家の新当主・左兵衛義周の絵画師範を引き受けて欲しい、というのだ。
「吉良家はともかく、これは、左兵衛様のご実家・上杉家からの依頼なのです。上杉家は外様ながら謙信公以来の名門。恩を売っておいて損はない」
「それは分かりますが、上杉家ともなれば、お抱えの絵師がいるでしょう」
「確かに。ただ、例の事件以来、吉良家の評判はすこぶる悪い。上杉家から直接派遣するのは憚られるそうです。上杉家の家老・色部殿とは古い付き合いで、彼に泣き付かれました。以前、会食の席で、狩野殿の描いた甲斐から見た富士の画のことを話したことがあります。それを覚えていたのでしょう」
「なるほど。ともかく、間部様が御家の利益になるとお考えなら、私に否やはありません」
「よろしく頼みます」
「吉良様のお屋敷は、確か、呉服橋内でしたな」
「いえ。先日、幕府の命により、本所松坂町に移られました」
吉良屋敷に赴く日、吉之助は、助手としておりんを帯同した。彼女は既に十五歳になっている。この日は娘らしい紅梅色の地に大ぶりの雪輪文を散らした小袖と黒の女物羽織といういで立ち。髪は高島田に結っている。見た目だけなら、中級武家のお嬢様と言って誰も疑うまい。おりん本人は格好に頓着なく、女中用の作業着の方が気楽でいいなどと言うが、そんなことは志乃が許さない。
「いいか。お前はしゃべるな。部屋の端に控え、紙を出す、墨をする、言われたことだけをやってくれればいい」
「分かってるって」
おりんの絵師としての成長は目覚ましい。彼女が吉之助の弟子となり、加えて町絵師・伊藤文竹の工房に通い始めてから三年弱。吉之助の実家・竹川町狩野家における絵師養成のカリキュラムで言えば、初等教育を終える程度だが、彼女の腕はその水準をはるかに超えていた。
しかし、言葉遣いは一向に改まらない。吉之助も志乃も、いつの間にか慣れて、うるさく言わなくなっていたが、こうなると困ったものである。
本所松坂町の吉良家の屋敷は、現代ではその一部が公園として残るのみだが、元禄の当時、家格に相応しい二千五百坪の広さがあった。
事件の被害者である吉良上野介は、当初、その神妙な振る舞いを将軍綱吉から褒められ、御咎めなしとされた。
ただ、喧嘩両成敗の法に反する、或いは、狼藉者に対し背を見せて逃げようとしたことは武士にあるまじき醜態であったとの批判が止まず、結局、上野介は、事件から二十日後、自ら役職を辞した。それにより、屋敷も城から離れた本所に移されたのである。
その上で上野介は隠居し、家督を孫にあたる左兵衛義周に譲った。左兵衛の父親は米沢藩の四代目藩主・上杉綱憲である。綱憲は上野介の長男で、母である上野介の正室が上杉家先代の妹であったことから、跡継ぎのなかった上杉家に養子として迎えられたのだった。
左兵衛義周はその綱憲の次男で、この時十七歳。涼やかな目元の、画に描いたような貴公子であった。
吉之助が、授業を始めて四半時(三十分)したところで、吉良家の家老が書院に入ってきた。吉之助に吉良家所蔵の絵画の管理について相談したいという。吉之助は、左兵衛に簡単な課題を出しておいて席を立った。
しばらくして吉之助が書院の前まで戻ると、おりんと左兵衛の話す声がした。恐る恐る中を覗く。何と、おりんと左兵衛が横に並んで座り、楽しそうに画を描いているではないか。
「左兵衛様、違うよ。ここを、こう。竹ってのはね、こうやって描くんだ」
「ほう。上手ですね」
「でしょ。あたし、才能あるから」
「狩野殿に言われたのですか」
「うん。めったに褒めてくれないけど、たまにね。その気にさせるのは上手いんだ」
「はっははは、そうですか。よい師匠なのですね」
「まあね。左兵衛様は、他にも習い事をしているの?」
「ええ。私は武骨な上杉家から、急遽、この儀式典礼の家の当主になりました。学ぶべきことが多いのです」
「偉いんだね。じゃあ、次は雀ね。ふふ、そうだ。これ、分かるかな?」と言って、おりんは紙にさらさらと何かを描いた。
「どう?」
「はて? これは人の目? こっちは何だろう?」
「ふふ、鈴だよ。リンリンと鳴る」
「ふむ?」
「鈍いなぁ。鈴と目、すずめだよ」
「ああ、なるほど。はっははは、面白いですね」
あの馬鹿、何という無礼を。吉之助は直ちに止めるべく、慌てて部屋に入ろうとした。しかし、家老に袖を引かれ、「もう少しこのままに」と言われた。聞けば、吉良家の当主となって以来、左兵衛は同年代の者を相手に話をする機会もなく、「あの様に屈託なくお笑いになったお顔は、久しぶりに拝見しました」ということだった。
その後、吉之助とおりんは月に二度、本所松坂町の吉良屋敷に通った。九ヶ月ほど経ち、元禄十五年(一七〇二年)十一月五日の朝である。
「小母様。わたくし、高輪まで行ってきます。帰りにお買い物をしてきましょうか」
「いえ、特にありませんね。気を付けて行ってらっしゃい」
「行って参ります」
戸口から出て行くおりんの背を志乃が心配そうに見送っている。
「大丈夫だろ。いつものことじゃないか。それにしても、おりんの奴、近頃急に言葉遣いがよくなったな」
「あなた。左兵衛様とは、どのような御方なのですか」
「そうだな。ひと言で表すなら、見事な若殿だ。顔はいいし、性格もいい。さらに、穏やかそうに見えて、剣術や馬術もかなりの腕らしい。無論、絵画の方も悪くない。吉良家はすっかり評判を落としたが、左兵衛様がお役に就けば、すぐに盛り返すだろう。何せ、元が室町将軍に連なる名門中の名門だからな」
「ご立派な方なのですね。おりんは大丈夫かしら?」
「どういうことだ?」
「あの子、きっと、左兵衛様のことが好きなんですよ」
「はあ?! 相手は五千石のご当主だぞ」
「分かってますよ。あなたやわたくしは、元から武家の生まれですから、何事も身分相応ということが身に付いていますけど、あの子は・・・。悲しい思いをしないといいけど」
吉之助はこの時、志乃がすっかり母親の顔になっていることに気付いた。おりんが泣けば、志乃も泣くだろう。しかし、何をどうすべきか。途方に暮れるしかない。
そして午後、おりんが高輪の伊藤文竹の工房から戻る途中、前を四人の武士が歩いていた。彼女は知る由もないが、それは、赤穂藩元城代家老・大石良雄の一行であった。
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