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第五篇 彼岸幼女と寄道傾城――メイデン・リコリスとアイデン・クライシス
第二幕 第一場 黒霧暖簾、くぐりて日々腕押
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「倒し方にさっぱり見当がつかないので、とりあえず挑んでみましょう!」
なるほど、それはもっともだ。
次の日の朝、余らはよくないモノがいる蔵に、ひとまず足を向けた。開けっ放しだった扉から勢いよく乗り込む。黒い霧がどこかへ移動していたら、まったく洒落にならなかったが、そこにいるままだった。「よかった、よかった」とナツメが和む。
「うむ、よかった、よかった。Einfrieren」
氷の弾丸を作って、発射した。珊瑚曰く、ぶっ放した。
「うーん、変化なしだねえ」
「皆無ですね」
「あはははは」
「反応ないですけど、呑み込まれたらアウトなんでしたっけ?」
「そうそう。たぶん、死ぬねえ」
「死ぬ」
「あっはっは。よし、じゃ、撤退しよう。僕につかまって」
こうして一日目は終わった。
二日目の朝。氷柱で下から突き上げる。珊瑚曰く、ぶっ刺してみる。
「報告します、おじさま」
「どーぞ、珊瑚ちゃん」
「無傷です!」
「撤退!」
三日目、四日目、五日目。氷塊、氷剣、氷槍。
「暖簾に腕押し! 撤収!」
明くる日も、明くる日も。手を変え品を変えては挑み、挑んでは撤収を繰り返し。朝食、体操、欠伸をしながらワイン蔵が毎朝の日課となって久しくなった頃。
「埒があかん。あれ自体を丸ごと凍らせてしまおう」
これまでが手緩すぎたから、まったく手ごたえがないのだろう。一部を攻撃して何も起こらないのなら、全部を凍らしてしまえば良いのだ。
そう考えて、深呼吸する。落ち着くのだ。蔵のなかで唱えて巻き込まれてはかなわない。
ほんの少しだけ開けた扉の隙間から、凍結の文言を唱えた。
「リコリス」
「……なんだろうか」
「扉がガッチガチで開かない気がするんだけど」
「錯覚だ」
「現実だよ」
「現実だな」
両開きの扉は、わずかな隙間ごと見事なまでに大氷塊と化していた。
「軽く凍らせただけなのだが」
「パワフルすぎて、珊瑚ちゃんまで固まってるよ?」
「それは、すまぬと思わなくはないが、だが本当にこれは微力でしか」
「そうかそうか、これが微力ながらの……全力だとどうなるんだい?」
「それは、余にもわからん。地球を氷河期にするくらいならば、散歩がてらに」
乾いた笑い声が、地下広間に木霊する。
「温暖化が悪化するまで全力は禁止で」
凍り付いた扉をこじ開けるのに、三週間かかった。
そうして気づけば二ヶ月が経ち、季節は秋を駆け抜けて冬になる。
なるほど、それはもっともだ。
次の日の朝、余らはよくないモノがいる蔵に、ひとまず足を向けた。開けっ放しだった扉から勢いよく乗り込む。黒い霧がどこかへ移動していたら、まったく洒落にならなかったが、そこにいるままだった。「よかった、よかった」とナツメが和む。
「うむ、よかった、よかった。Einfrieren」
氷の弾丸を作って、発射した。珊瑚曰く、ぶっ放した。
「うーん、変化なしだねえ」
「皆無ですね」
「あはははは」
「反応ないですけど、呑み込まれたらアウトなんでしたっけ?」
「そうそう。たぶん、死ぬねえ」
「死ぬ」
「あっはっは。よし、じゃ、撤退しよう。僕につかまって」
こうして一日目は終わった。
二日目の朝。氷柱で下から突き上げる。珊瑚曰く、ぶっ刺してみる。
「報告します、おじさま」
「どーぞ、珊瑚ちゃん」
「無傷です!」
「撤退!」
三日目、四日目、五日目。氷塊、氷剣、氷槍。
「暖簾に腕押し! 撤収!」
明くる日も、明くる日も。手を変え品を変えては挑み、挑んでは撤収を繰り返し。朝食、体操、欠伸をしながらワイン蔵が毎朝の日課となって久しくなった頃。
「埒があかん。あれ自体を丸ごと凍らせてしまおう」
これまでが手緩すぎたから、まったく手ごたえがないのだろう。一部を攻撃して何も起こらないのなら、全部を凍らしてしまえば良いのだ。
そう考えて、深呼吸する。落ち着くのだ。蔵のなかで唱えて巻き込まれてはかなわない。
ほんの少しだけ開けた扉の隙間から、凍結の文言を唱えた。
「リコリス」
「……なんだろうか」
「扉がガッチガチで開かない気がするんだけど」
「錯覚だ」
「現実だよ」
「現実だな」
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「軽く凍らせただけなのだが」
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「温暖化が悪化するまで全力は禁止で」
凍り付いた扉をこじ開けるのに、三週間かかった。
そうして気づけば二ヶ月が経ち、季節は秋を駆け抜けて冬になる。
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