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第二篇 魔女人形と模造少女――ゴシックドールとコピーガール
File.5 Reunion Memorandum 12/27
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「ほんとにほんとに、あのりっちゃん? これ? ほんとにこの喫茶店に来てくれた子? 実はショートにしたミサですとか言わない?」
「言わないですって。むしろ、そうであったら楽だったかもしれません」
私は椅子から立ち上がり、意識して頭を深く下げた。
「お久しぶりです。沙良さん、ですよね?」
「うん。對馬沙良です。結婚する前は厳島沙良だったけどね」
「どっちにしろシマなの、やっぱ笑えるな」
「どういう笑いのツボしてんの。てか、なんであんたがいんの、ナイト」
「知るか。美崎珊瑚の妹を名乗る奴が俺に会いたがってるって、館長からメッセが来たんだよ。で、直接やり取りしたらやっぱりあいつの妹だったから、予定合わせたんだよ」
「別にそんな細かく訊いてないー」
「わかりやすくかみ砕いて教えてやったんだろうが。減らず口を叩かれるいわれはねえ」
「はいはい。わかったわかった。黙る黙る。りっちゃんが困ってる。あと、ほら、マスターも困ってるから」
あはは、と引き笑いになっていた。私が知っている珊瑚の知人は沙良さんと宝樹騎夜さん、それからあのホームレスの人だけだった。連絡がとれたのはこの二人だけだったし、それなら一度に二人とも会うほうが効率的だと思ったけど、この様子だと間違いだったのかもしれない。
「お二人はお知り合いだったんですね」
「まあね。なんでそうなったのかはまーったく思い出せないけど、昔はよくミサも含めて一緒に遊んだんだ」
沙良さんは目を細めながら、スプーンで紅茶をかき交ぜた。目尻に少ししわができている。私も持っている彼女と姉と一緒に撮った写真。テーブルに置かれたそれのなかの彼女よりも、さすがに年をとったのだろう。
「嘘つけ。何年か前に大暴露大会やったくらいじゃねえか。正直に言えばいいだろ。あいつに連れられてここに来た俺に、一目惚れしたんだって。ほらほら、さっさと自白しちまえ。吐いて楽になっちまえよ。おしぼりだってあるぞ、ほら」
「は、吐くか馬鹿! てか、ふーん、あんたそういうこと言うんだ。へえ、ナイトも偉くなったじゃん。だったら、あたしだって言うから。ネタは大量に上がってるんだからね。あんたはあんたでミサに告ってド派手に玉砕したでしょうが」
「あっ、お前、馬鹿この、沙良」
「ふん、傷には塩を塗らなきゃ損でしょ」
「……その傷を俺と夜中の公園でなめ合ったのはどこのどいつだよ」
公園で、なめ合う?
「だからもう! ここで誤解を生むような言い方しないでよ!」
「事実だろ、事実。てか、ここじゃなきゃいいのかよ、それはいいことを聞いたもんだ」
「この、クソロリコン……あ、そうだ。ナイト、あんたアイリスちゃんにちょっかい出したら」
「ロリコン言うな、人聞きの悪い。アイリスはゲーム仲間だって何度言えば」
「どうだか。ミサ大好きっ子だったナイトが、あんなショーケースに入れたくなるくらいの銀髪美少女、放っておくわけないと思うんだけどー」
「放っておくわ、ってか、ショーケースってなんだよ」
「ショーケースはショーケースでしょ。引きこもってばっかだからそうなのよ。ミサもそうだけど、着せ替えたくなるのが人ってものでしょ」
「いや、ならねえよ。お前の人間の定義怖えよ。それはお前、俺でもさすがに引くって」
宝樹さんはわずかに席を後ろにずらした。それとほぼ同タイミングで、沙良さんも席をガタッと引いていた。何合わせてんのよ、と沙良さんは言い、いやお前がだろ、と宝樹さんがそれに応酬する。てか、しかしまあお前老けたなあ、と宝樹さんはさらにけしかけ、あんたが変わらなさすぎなのよ、水銀でも飲んで不老不死にでもなったの、と沙良さんが煽る。
夫婦漫才のようで面白い。
だけど私は漫才を見に来たわけではない。
マスターが三人分のパスタと紅茶を運んできたことで、ようやく話が止まった。
「あの。それでですね。沙良さん、宝樹さん。お二人にお聞きしたいことがあって、今日私は」
「美崎珊瑚が、君の姉がどこに行ったのか知らないか、か?」
「えっ、それどゆこと? だって」
沙良さんの反応は気になった。でも、話を進めることにした。
「察しが早いようで、助かります」
「あー、まあ、あいつのことだからな。君から連絡が来た時点で、そういうことだろうとは思った。触りは聞いてたし」
宝樹さんはパスタを巻いたままのフォークを皿に置いた。
「君は、あー、えっと」
「りつです。美崎りつ」
「りつさん。君は、君の姉のことをどう思っている?」
「えっ?」
予想外の問いかけだった。彼の意図が読めない。綺麗すぎて人形っぽい顔立ちは、なんだか姉を彷彿とさせてどこか恐ろしい。
それでも、きっと答えるべきなんだろう。
「魔女のような人だと、思っていました」
「ました?」
「だんだん、わからなくなってきたんです」
私は鞄からこの間見つけ出した小学校のときの作文と、高校時代の日記も取り出した。付箋を貼っていた箇所を開く。
「十一年前、姉は、私がいたせいで自分は両親や私にとって都合のいい人形にならなければいけなくなった、だから私のことを憎んでいる。そう吐き捨て、私や父と母の心を恣意的にえぐりにえぐったうえで、ホームレスの男性と失踪しました」
「それが、君の言うところだと、魔女的」
「ええ。感情的な失踪かとあの直後は思っていましたが、あとあとで、それまで姉と過ごしてきた時間を含めてすべて計算づくだったんじゃないかと感じて、ぞっとしました。ああ、私としてはそっちのほうが、姉を魔女だと思った要因かもしれません」
作文と日記を指さす。
「あいつは元々、めっぽう頭が切れたしな。わけわかんねえところで合理的だった覚えもある。それに……誰に対してもたいてい敬語で、相手に応じて形は違うにせよ、何かキャラを作っていたようなところも確かにあった」
沙良さんは何も言わないまま、目を伏せた。彼女もまた、姉のそういう一面を感じていたのかもしれない。
「ええ。それが姉の言う『人形』だったんだと思います。それをいい加減ぶっ壊して『人間』になりたかったんでしょう。下衆の勘繰りですが、駆け落ちだったんだと思います。これを見るに、大切にしていた猫を失ったような口ぶりですし、かなり精神的に追い詰められていたんじゃないかと」
「猫って、あの黒猫か?」
「ええ。人形をやめたくなるきっかけではあったんでしょうね。このホームレスの男性とは猫がらみでいろいろあったようですし、この感じからして随分信頼もしていたようです。まあ、なんにせよ。姉は冷徹な思考のままに駆け落ちをしたのだ。私はこの十年、十一年、そう思っていました。……けど」
今度はアルバムを出した。それから、あのホームレスのことを知っている、市役所の同僚から聞いた話をまとめたメモも出した。
「どうにも、そう簡単な話ではなさそうだと気づきました」
宝樹さんと沙良さんが写真を懐かしそうにめくり、一枚一枚の裏にあるメモを読みだした。ある程度それが済んでから、私は同僚や上司から聞いた話を伝えた。
「私の職場にこの人のことを知っている人が何人かいまして。五、六人に話を聞いたのですが、みんな口を揃えて『あのホームレスの人はそんな若い子をたぶらかすような人ではないよ』と言っていました。常に古風な出で立ちで、常に黒猫がそばにいたことから、ナツメさんと呼ばれていたそうです」
おそらく、夏目漱石からとった愛称なのだろう。
「ナツメさんかあ。その名前はすっかり忘れてた。あの珊瑚ちゃんが『おじさま、おじさま』ってすごくなついてて。懐かしー」
「何度か会ったな。つかみどころのねえ、オッサンなんだか学生なんだかわからん人だった」
「それね。パッと見、めっちゃ怪しいんだよね。仙人と天狗を足して二で割ったみたいな雰囲気で。ゴスロリ乙女のミサがその横に並ぶとますます怪しくて」
「だった、だった。魔女と妖怪のコンビだったな」
「……けど、あの子があれだけ信頼してたのは当然な人だった」
「ああ。なあ、りつさん、君のその同僚とか上司の話は間違ってねえよ。あの人は、あいつをたぶらかすような人ではないと思う」
「どっちかっていうと、あの子が道を踏み外そうとするときは、影からそれを止めてくれる人だと思う。道を正す手助けをしてくれる人」
沙良さんは冷めてしまったであろう紅茶を両手で飲んだ。宝樹さんもそれに倣って、一口飲んだ。そして、しみじみと言う。
「ホームレスだからって、それだけで人を判断しちゃいけねえんだよな。家がない、金がない。そういう『ない』もので人を判断したってしょうがねえ。その判断は、そういうのが『ある』高みから見下ろしただけのものだからな」
付け足されたその言葉は刺さってきた。「貧乏な美崎さんちの子」、「あの大変な美崎の家の子」。私はそうやって、色眼鏡で見られてきた。貧しさを脱した今でもそれは変わらない。「昔貧乏だった美崎の子も立派になったものだね」と言われるのだから。
なのに私はあのとき、ホームレスだからと、ナツメさんを初めから拒絶したのだ。
私は、姉にもそれと同じことをしているんじゃないだろうか。
「ま、そんな話、今はどうでもいいか。俺と沙良の話も踏まえて、りつさん、君は姉を魔女だと思うか?」
少し悩みながら、首を振った。
姉自身のことはやっぱりわからない。でも、私の知らなかった姉の周りのことがわかった。姉の周りの人のことがわかった。その人たちは姉の核に気づきつつも、姉を信頼していることもわかった。そして、この人たちは私も信頼できる人たちだとわかった。
「姉を魔女だと思っていたのは、私だけです。たぶんそれは、私のなかに姉をそうやって見てしまう部分があるからなんだと思います。美崎珊瑚を美崎珊瑚としてではなく、美崎りつの姉として見てしまうからなんだと、思います」
「そうか。それで、会いたいのか?」
「会い……会いたいです」
「会って、どうするんだ」
「それは、その、話して……話して、あの人のことをちょっとは知りたい」
「知りたい、か」
わかった、と宝樹さんは重たく言った。腕を組んで、眉間にしわを寄せて、でも少し笑っていた。たぶん、彼は私の今の答えを聞きたかったんだろう。不思議とそう思えて、そして同時に、姉がいなくなった理由に思い当たった。
もしかして、そういうことだったのか。
いや。やっぱり、そういうことだったのか。
ぼんやりと見えたそれをはっきりさせたくて、尋ねる。
「宝樹さんは、お姉ちゃんが……美崎珊瑚がどこにいるのか知っているんですね」
「知ってるよ。沙良、お前もだろ?」
「え? うん、そりゃあ、毎年これ来るし」
沙良さんはハンドバックから、青と赤のラインが入った白い封筒を引っ張り出す。それから、首を傾げながら言った。
「ねえ、りっちゃん。さっきから気になってたんだけどさ」
「はい?」
「ミサって、失踪してるの?」
その言葉で、私は姉の真意を読み取れた。そう、確信できた。
やっぱり、姉は魔女だ。
どうしようもなく、魔女なんじゃないですか。
だから、これで私が何を言いたかったのかは、あなたにはわかりますよね?
「言わないですって。むしろ、そうであったら楽だったかもしれません」
私は椅子から立ち上がり、意識して頭を深く下げた。
「お久しぶりです。沙良さん、ですよね?」
「うん。對馬沙良です。結婚する前は厳島沙良だったけどね」
「どっちにしろシマなの、やっぱ笑えるな」
「どういう笑いのツボしてんの。てか、なんであんたがいんの、ナイト」
「知るか。美崎珊瑚の妹を名乗る奴が俺に会いたがってるって、館長からメッセが来たんだよ。で、直接やり取りしたらやっぱりあいつの妹だったから、予定合わせたんだよ」
「別にそんな細かく訊いてないー」
「わかりやすくかみ砕いて教えてやったんだろうが。減らず口を叩かれるいわれはねえ」
「はいはい。わかったわかった。黙る黙る。りっちゃんが困ってる。あと、ほら、マスターも困ってるから」
あはは、と引き笑いになっていた。私が知っている珊瑚の知人は沙良さんと宝樹騎夜さん、それからあのホームレスの人だけだった。連絡がとれたのはこの二人だけだったし、それなら一度に二人とも会うほうが効率的だと思ったけど、この様子だと間違いだったのかもしれない。
「お二人はお知り合いだったんですね」
「まあね。なんでそうなったのかはまーったく思い出せないけど、昔はよくミサも含めて一緒に遊んだんだ」
沙良さんは目を細めながら、スプーンで紅茶をかき交ぜた。目尻に少ししわができている。私も持っている彼女と姉と一緒に撮った写真。テーブルに置かれたそれのなかの彼女よりも、さすがに年をとったのだろう。
「嘘つけ。何年か前に大暴露大会やったくらいじゃねえか。正直に言えばいいだろ。あいつに連れられてここに来た俺に、一目惚れしたんだって。ほらほら、さっさと自白しちまえ。吐いて楽になっちまえよ。おしぼりだってあるぞ、ほら」
「は、吐くか馬鹿! てか、ふーん、あんたそういうこと言うんだ。へえ、ナイトも偉くなったじゃん。だったら、あたしだって言うから。ネタは大量に上がってるんだからね。あんたはあんたでミサに告ってド派手に玉砕したでしょうが」
「あっ、お前、馬鹿この、沙良」
「ふん、傷には塩を塗らなきゃ損でしょ」
「……その傷を俺と夜中の公園でなめ合ったのはどこのどいつだよ」
公園で、なめ合う?
「だからもう! ここで誤解を生むような言い方しないでよ!」
「事実だろ、事実。てか、ここじゃなきゃいいのかよ、それはいいことを聞いたもんだ」
「この、クソロリコン……あ、そうだ。ナイト、あんたアイリスちゃんにちょっかい出したら」
「ロリコン言うな、人聞きの悪い。アイリスはゲーム仲間だって何度言えば」
「どうだか。ミサ大好きっ子だったナイトが、あんなショーケースに入れたくなるくらいの銀髪美少女、放っておくわけないと思うんだけどー」
「放っておくわ、ってか、ショーケースってなんだよ」
「ショーケースはショーケースでしょ。引きこもってばっかだからそうなのよ。ミサもそうだけど、着せ替えたくなるのが人ってものでしょ」
「いや、ならねえよ。お前の人間の定義怖えよ。それはお前、俺でもさすがに引くって」
宝樹さんはわずかに席を後ろにずらした。それとほぼ同タイミングで、沙良さんも席をガタッと引いていた。何合わせてんのよ、と沙良さんは言い、いやお前がだろ、と宝樹さんがそれに応酬する。てか、しかしまあお前老けたなあ、と宝樹さんはさらにけしかけ、あんたが変わらなさすぎなのよ、水銀でも飲んで不老不死にでもなったの、と沙良さんが煽る。
夫婦漫才のようで面白い。
だけど私は漫才を見に来たわけではない。
マスターが三人分のパスタと紅茶を運んできたことで、ようやく話が止まった。
「あの。それでですね。沙良さん、宝樹さん。お二人にお聞きしたいことがあって、今日私は」
「美崎珊瑚が、君の姉がどこに行ったのか知らないか、か?」
「えっ、それどゆこと? だって」
沙良さんの反応は気になった。でも、話を進めることにした。
「察しが早いようで、助かります」
「あー、まあ、あいつのことだからな。君から連絡が来た時点で、そういうことだろうとは思った。触りは聞いてたし」
宝樹さんはパスタを巻いたままのフォークを皿に置いた。
「君は、あー、えっと」
「りつです。美崎りつ」
「りつさん。君は、君の姉のことをどう思っている?」
「えっ?」
予想外の問いかけだった。彼の意図が読めない。綺麗すぎて人形っぽい顔立ちは、なんだか姉を彷彿とさせてどこか恐ろしい。
それでも、きっと答えるべきなんだろう。
「魔女のような人だと、思っていました」
「ました?」
「だんだん、わからなくなってきたんです」
私は鞄からこの間見つけ出した小学校のときの作文と、高校時代の日記も取り出した。付箋を貼っていた箇所を開く。
「十一年前、姉は、私がいたせいで自分は両親や私にとって都合のいい人形にならなければいけなくなった、だから私のことを憎んでいる。そう吐き捨て、私や父と母の心を恣意的にえぐりにえぐったうえで、ホームレスの男性と失踪しました」
「それが、君の言うところだと、魔女的」
「ええ。感情的な失踪かとあの直後は思っていましたが、あとあとで、それまで姉と過ごしてきた時間を含めてすべて計算づくだったんじゃないかと感じて、ぞっとしました。ああ、私としてはそっちのほうが、姉を魔女だと思った要因かもしれません」
作文と日記を指さす。
「あいつは元々、めっぽう頭が切れたしな。わけわかんねえところで合理的だった覚えもある。それに……誰に対してもたいてい敬語で、相手に応じて形は違うにせよ、何かキャラを作っていたようなところも確かにあった」
沙良さんは何も言わないまま、目を伏せた。彼女もまた、姉のそういう一面を感じていたのかもしれない。
「ええ。それが姉の言う『人形』だったんだと思います。それをいい加減ぶっ壊して『人間』になりたかったんでしょう。下衆の勘繰りですが、駆け落ちだったんだと思います。これを見るに、大切にしていた猫を失ったような口ぶりですし、かなり精神的に追い詰められていたんじゃないかと」
「猫って、あの黒猫か?」
「ええ。人形をやめたくなるきっかけではあったんでしょうね。このホームレスの男性とは猫がらみでいろいろあったようですし、この感じからして随分信頼もしていたようです。まあ、なんにせよ。姉は冷徹な思考のままに駆け落ちをしたのだ。私はこの十年、十一年、そう思っていました。……けど」
今度はアルバムを出した。それから、あのホームレスのことを知っている、市役所の同僚から聞いた話をまとめたメモも出した。
「どうにも、そう簡単な話ではなさそうだと気づきました」
宝樹さんと沙良さんが写真を懐かしそうにめくり、一枚一枚の裏にあるメモを読みだした。ある程度それが済んでから、私は同僚や上司から聞いた話を伝えた。
「私の職場にこの人のことを知っている人が何人かいまして。五、六人に話を聞いたのですが、みんな口を揃えて『あのホームレスの人はそんな若い子をたぶらかすような人ではないよ』と言っていました。常に古風な出で立ちで、常に黒猫がそばにいたことから、ナツメさんと呼ばれていたそうです」
おそらく、夏目漱石からとった愛称なのだろう。
「ナツメさんかあ。その名前はすっかり忘れてた。あの珊瑚ちゃんが『おじさま、おじさま』ってすごくなついてて。懐かしー」
「何度か会ったな。つかみどころのねえ、オッサンなんだか学生なんだかわからん人だった」
「それね。パッと見、めっちゃ怪しいんだよね。仙人と天狗を足して二で割ったみたいな雰囲気で。ゴスロリ乙女のミサがその横に並ぶとますます怪しくて」
「だった、だった。魔女と妖怪のコンビだったな」
「……けど、あの子があれだけ信頼してたのは当然な人だった」
「ああ。なあ、りつさん、君のその同僚とか上司の話は間違ってねえよ。あの人は、あいつをたぶらかすような人ではないと思う」
「どっちかっていうと、あの子が道を踏み外そうとするときは、影からそれを止めてくれる人だと思う。道を正す手助けをしてくれる人」
沙良さんは冷めてしまったであろう紅茶を両手で飲んだ。宝樹さんもそれに倣って、一口飲んだ。そして、しみじみと言う。
「ホームレスだからって、それだけで人を判断しちゃいけねえんだよな。家がない、金がない。そういう『ない』もので人を判断したってしょうがねえ。その判断は、そういうのが『ある』高みから見下ろしただけのものだからな」
付け足されたその言葉は刺さってきた。「貧乏な美崎さんちの子」、「あの大変な美崎の家の子」。私はそうやって、色眼鏡で見られてきた。貧しさを脱した今でもそれは変わらない。「昔貧乏だった美崎の子も立派になったものだね」と言われるのだから。
なのに私はあのとき、ホームレスだからと、ナツメさんを初めから拒絶したのだ。
私は、姉にもそれと同じことをしているんじゃないだろうか。
「ま、そんな話、今はどうでもいいか。俺と沙良の話も踏まえて、りつさん、君は姉を魔女だと思うか?」
少し悩みながら、首を振った。
姉自身のことはやっぱりわからない。でも、私の知らなかった姉の周りのことがわかった。姉の周りの人のことがわかった。その人たちは姉の核に気づきつつも、姉を信頼していることもわかった。そして、この人たちは私も信頼できる人たちだとわかった。
「姉を魔女だと思っていたのは、私だけです。たぶんそれは、私のなかに姉をそうやって見てしまう部分があるからなんだと思います。美崎珊瑚を美崎珊瑚としてではなく、美崎りつの姉として見てしまうからなんだと、思います」
「そうか。それで、会いたいのか?」
「会い……会いたいです」
「会って、どうするんだ」
「それは、その、話して……話して、あの人のことをちょっとは知りたい」
「知りたい、か」
わかった、と宝樹さんは重たく言った。腕を組んで、眉間にしわを寄せて、でも少し笑っていた。たぶん、彼は私の今の答えを聞きたかったんだろう。不思議とそう思えて、そして同時に、姉がいなくなった理由に思い当たった。
もしかして、そういうことだったのか。
いや。やっぱり、そういうことだったのか。
ぼんやりと見えたそれをはっきりさせたくて、尋ねる。
「宝樹さんは、お姉ちゃんが……美崎珊瑚がどこにいるのか知っているんですね」
「知ってるよ。沙良、お前もだろ?」
「え? うん、そりゃあ、毎年これ来るし」
沙良さんはハンドバックから、青と赤のラインが入った白い封筒を引っ張り出す。それから、首を傾げながら言った。
「ねえ、りっちゃん。さっきから気になってたんだけどさ」
「はい?」
「ミサって、失踪してるの?」
その言葉で、私は姉の真意を読み取れた。そう、確信できた。
やっぱり、姉は魔女だ。
どうしようもなく、魔女なんじゃないですか。
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