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一歩
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その日の夕方、今日買った食材を使ってユーゴの好物のシチューと、ミートパイを作った。いつもならそろそろ来る筈のユーゴはまだ来ない。
「もう。せっかく美味しく出来たのに、冷めちゃうじゃない」
そう思ってハッとする。
いつの間にか、ユーゴが来るのを当たり前みたいに思っていた。
…不味い気がする。このままだと、私は…
そこにトントンと結界をノックする気配で慌ててそこへ『跳ぶ』と、夕闇が深くなって来た森の中に、いつものように馬を連れたユーゴの姿があった。
私を愛おしそうに見つめる青い目を見ると、胸が騒ぐ。
…?何なのだろう、これは。
「ごめん!遅くなっちゃった。団の皆に『シアン』の事聞かれてさ。つい、惚気てたんだ」
嬉しそうに笑うユーゴに、呆れた目を向ける。
「恋人のふりはあの場限りでしょ。それにあんまり色々話さないで欲しいわ。うっかり私の正体がばれるような事があれば、あなたに迷惑が掛かるのよ」
「大丈夫だよ!シャルだって分かるような事は何も言ってないから。それよりミゲルのしょげた顔見せてやりたかったよ。気の毒だけどシャルは俺のものだからさ」
「私は誰のものでもないわよ。それより早く夕飯にしましょう」
「そうだね、シャルのご飯いつも楽しみでしょうがないよ。今日は何?」
浮かれているユーゴにメニューを教えてやりながら、私はふと森の向こうに目をやった。
何か、気になったのだ。
だが、意識を凝らしてみても特に何も見つけられなかった。
気のせいならいいのだけど。
☆☆☆
「あー、やっぱりシャルのご飯は美味しいなあ。このミートパイも最高だよ」
上機嫌で次々口に運ぶユーゴに、私も嬉しくなる。
「色んなハーブを使ってるもの。体にも良いし魔力回復効果もあるのよ。スナツグリは体の毒素を抜く効果があるし、リンネルは――――」
ついついハーブの効能を一つ一つ語っていたら、ユーゴが幼子を見るように微笑んで見ていた。
「何?」
「ううん。やっぱり薬草や魔法の事を話してる時のシャルは、シャルだなあって思ってさ。俺、そんなシャルも大好きだよ。あーあ、早く俺と結婚して欲しいなあ」
「またそんな事言って――――」
言いかけてふと昼間、街で女の子にバスケットを差し出されていたのを思い出す。
「私じゃなくても、あなたを好きだって女の子はたくさんいるでしょ。街でも『モテてた』じゃない。差し入れ貰って―――まあ、あれは断ってたみたいだけど」
言いながら、何となくもやもやした。
「え?何でそれ…ひょっとして見てた?」
「ちょ、ちょっとだけね。帰る前に少し、あなたが立派に騎士としてやってるか、確かめたの」
慌てて言い繕うと、ユーゴはテーブルの上に身を乗り出して、私の手を握った。
「安心してよ。俺が愛してるのはシャルだけだよ。断ったの、ちゃんと見てくれてて良かった。変に誤解されたらイヤだからね」
「別に…」
誤解したからと言って何も問題はないでしょ、と言おうとしたら、ユーゴは妙に真剣な顔をして私を見つめていた。
「ねえ、シャルナ。俺の事、本当に養い子としてしか見ていない?俺に愛してるって言われて本当に少しも心は動かない?胸がドキドキしたり締め付けられるように感じない?」
「それは…」
何故か言い淀んでしまったら、ユーゴはますます身を乗り出して来た。
「違うよね。俺、分かるよ。シャルの事ずっと見てるんだから。ねえ、お願い。俺は恋人同士がする事をシャルナとしたい。一緒に試してみてくれないかな?もしどうしても俺とそんな事するのが気持ち悪いとか無理だって思ったら、その時はきっぱり諦めるから…でも、嫌じゃなかったらその時は本当に俺との結婚を考えて欲しいんだ。ねえ、どう…かな」
ああ、駄目だ。
私を真っ直ぐに見つめるユーゴの瞳を見たら、もう誤魔化したり、躱したりするのは無理だと思った。
正直、何をするのかは良く分からないけれど、向き合わないといけない時が来たのだ。
私は一つ息を付くと、ユーゴの瞳を見つめながら頷いた。
「分かったわ。試してみる。でも、それで本当に無理だと思ったら、正直に言うわよ」
ユーゴは私の答えを聞くと、ほわっと優しい顔で笑った。
「うん、勿論そうしてよ」
「それで、何をすればいいのかしら?最初の夜みたいに、口付けして体を触ったりするの?」
そう聞くとユーゴは急にしどろもどろになった。
「あ、うん…まあ、そうだね。でも、あれよりもうちょっと…うーん、言葉にするのはちょっと難しいというか…やっぱり実際にやってみた方が早いというか、うん…」
「?よく分からないけど、とりあえず夕食を済ませて身綺麗にしましょう」
「あ、うん、そうだね。その方がいいね!」
焦って残りのパイを掻き込むユーゴを不思議に思いながら、私もシチューを口に入れた。
☆☆☆
「シャル、お待たせ…」
湯浴みを済ませ、夜着に着替えてベッドで魔導書を読んでいたら、ユーゴがやって来た。
どことなく緊張しているのを見て、私も何だか緊張してしまう。
「座ったら?」
とりあえず隣を勧めると、ユーゴは頷いてベッドに腰掛けた。
「あの、シャル。言っておくけど、俺がこういう事したいのはシャルだけだし、戯れとか欲とかだけでしたい訳じゃないし、真剣な気持ちだって事は分かって欲しいんだ」
「…分かってるわよ。私だって、あなたじゃなかったら試してみるだなんて言わないわ」
これは本心だ。
ユーゴが私を大事に思ってくれる気持ちを、疑った事などない。
私だって、ユーゴを大事だと思っている。だからこそ、言わなければならない。
ユーゴの望み通りにした後、私はあなたの気持ちに応えられない、と。
「シャルナ。愛してるよ…」
ユーゴが私を抱き締め、唇を触れ合わせて来たけれど、やけに胸が苦しくて気を抜くと何かが零れ落ちてしまいそうだった。
「もう。せっかく美味しく出来たのに、冷めちゃうじゃない」
そう思ってハッとする。
いつの間にか、ユーゴが来るのを当たり前みたいに思っていた。
…不味い気がする。このままだと、私は…
そこにトントンと結界をノックする気配で慌ててそこへ『跳ぶ』と、夕闇が深くなって来た森の中に、いつものように馬を連れたユーゴの姿があった。
私を愛おしそうに見つめる青い目を見ると、胸が騒ぐ。
…?何なのだろう、これは。
「ごめん!遅くなっちゃった。団の皆に『シアン』の事聞かれてさ。つい、惚気てたんだ」
嬉しそうに笑うユーゴに、呆れた目を向ける。
「恋人のふりはあの場限りでしょ。それにあんまり色々話さないで欲しいわ。うっかり私の正体がばれるような事があれば、あなたに迷惑が掛かるのよ」
「大丈夫だよ!シャルだって分かるような事は何も言ってないから。それよりミゲルのしょげた顔見せてやりたかったよ。気の毒だけどシャルは俺のものだからさ」
「私は誰のものでもないわよ。それより早く夕飯にしましょう」
「そうだね、シャルのご飯いつも楽しみでしょうがないよ。今日は何?」
浮かれているユーゴにメニューを教えてやりながら、私はふと森の向こうに目をやった。
何か、気になったのだ。
だが、意識を凝らしてみても特に何も見つけられなかった。
気のせいならいいのだけど。
☆☆☆
「あー、やっぱりシャルのご飯は美味しいなあ。このミートパイも最高だよ」
上機嫌で次々口に運ぶユーゴに、私も嬉しくなる。
「色んなハーブを使ってるもの。体にも良いし魔力回復効果もあるのよ。スナツグリは体の毒素を抜く効果があるし、リンネルは――――」
ついついハーブの効能を一つ一つ語っていたら、ユーゴが幼子を見るように微笑んで見ていた。
「何?」
「ううん。やっぱり薬草や魔法の事を話してる時のシャルは、シャルだなあって思ってさ。俺、そんなシャルも大好きだよ。あーあ、早く俺と結婚して欲しいなあ」
「またそんな事言って――――」
言いかけてふと昼間、街で女の子にバスケットを差し出されていたのを思い出す。
「私じゃなくても、あなたを好きだって女の子はたくさんいるでしょ。街でも『モテてた』じゃない。差し入れ貰って―――まあ、あれは断ってたみたいだけど」
言いながら、何となくもやもやした。
「え?何でそれ…ひょっとして見てた?」
「ちょ、ちょっとだけね。帰る前に少し、あなたが立派に騎士としてやってるか、確かめたの」
慌てて言い繕うと、ユーゴはテーブルの上に身を乗り出して、私の手を握った。
「安心してよ。俺が愛してるのはシャルだけだよ。断ったの、ちゃんと見てくれてて良かった。変に誤解されたらイヤだからね」
「別に…」
誤解したからと言って何も問題はないでしょ、と言おうとしたら、ユーゴは妙に真剣な顔をして私を見つめていた。
「ねえ、シャルナ。俺の事、本当に養い子としてしか見ていない?俺に愛してるって言われて本当に少しも心は動かない?胸がドキドキしたり締め付けられるように感じない?」
「それは…」
何故か言い淀んでしまったら、ユーゴはますます身を乗り出して来た。
「違うよね。俺、分かるよ。シャルの事ずっと見てるんだから。ねえ、お願い。俺は恋人同士がする事をシャルナとしたい。一緒に試してみてくれないかな?もしどうしても俺とそんな事するのが気持ち悪いとか無理だって思ったら、その時はきっぱり諦めるから…でも、嫌じゃなかったらその時は本当に俺との結婚を考えて欲しいんだ。ねえ、どう…かな」
ああ、駄目だ。
私を真っ直ぐに見つめるユーゴの瞳を見たら、もう誤魔化したり、躱したりするのは無理だと思った。
正直、何をするのかは良く分からないけれど、向き合わないといけない時が来たのだ。
私は一つ息を付くと、ユーゴの瞳を見つめながら頷いた。
「分かったわ。試してみる。でも、それで本当に無理だと思ったら、正直に言うわよ」
ユーゴは私の答えを聞くと、ほわっと優しい顔で笑った。
「うん、勿論そうしてよ」
「それで、何をすればいいのかしら?最初の夜みたいに、口付けして体を触ったりするの?」
そう聞くとユーゴは急にしどろもどろになった。
「あ、うん…まあ、そうだね。でも、あれよりもうちょっと…うーん、言葉にするのはちょっと難しいというか…やっぱり実際にやってみた方が早いというか、うん…」
「?よく分からないけど、とりあえず夕食を済ませて身綺麗にしましょう」
「あ、うん、そうだね。その方がいいね!」
焦って残りのパイを掻き込むユーゴを不思議に思いながら、私もシチューを口に入れた。
☆☆☆
「シャル、お待たせ…」
湯浴みを済ませ、夜着に着替えてベッドで魔導書を読んでいたら、ユーゴがやって来た。
どことなく緊張しているのを見て、私も何だか緊張してしまう。
「座ったら?」
とりあえず隣を勧めると、ユーゴは頷いてベッドに腰掛けた。
「あの、シャル。言っておくけど、俺がこういう事したいのはシャルだけだし、戯れとか欲とかだけでしたい訳じゃないし、真剣な気持ちだって事は分かって欲しいんだ」
「…分かってるわよ。私だって、あなたじゃなかったら試してみるだなんて言わないわ」
これは本心だ。
ユーゴが私を大事に思ってくれる気持ちを、疑った事などない。
私だって、ユーゴを大事だと思っている。だからこそ、言わなければならない。
ユーゴの望み通りにした後、私はあなたの気持ちに応えられない、と。
「シャルナ。愛してるよ…」
ユーゴが私を抱き締め、唇を触れ合わせて来たけれど、やけに胸が苦しくて気を抜くと何かが零れ落ちてしまいそうだった。
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