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三章 最後の一人 日本からの転移者アキラ

過(よ)ぎる寂しさ

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朝もやと湯けむりが混ざり合い、真っ白になった大気に朝陽が差して、情緒ある温泉街の朝、という感じだ。俺はそれを湯船に浸かって、まったりと眺めていた。

「ああー……ずっと入ってたい……」

もう、毎日『転移』で風呂入りに来ようかな。

そんな事を半分本気で考えながら、湯船から出て部屋へ戻った。

「あ、幸人おはよう」

いつの間にか、さっきまで眠っていた秋良が起きて、バスローブ姿でテーブルの上に朝食を並べていた。

「おはようございます。あれ、いつの間にそんなの用意してくれたんですか?」
「ベル鳴らすと持って来てくれるから、幸人が風呂入ってる間に受け取って並べただけだよ」

バスローブを纏ってテーブルに近付くと、秋良が「はい」と俺の口に卵焼きを入れてくれた。

「え、美味い」
普通にだし巻き卵だ。

「だよな。ほら、座って食べようぜ」

米と、干した魚を焼いたもの、卵焼きと具がたくさん入ったスープ、白い透明な果肉のついた果物の朝食を食べ終わって、花の香りの茶を飲んで一息ついた。

「なんか、普通に旅行に来たみたいですね」

そう言うと、

「そうだなー、部屋の感じといい、新婚旅行みたいだよな」

はは、と笑われて、同じ事考えてるなと可笑しくなった。

「新婚旅行にしたって、あり得ない回数しちゃったよなぁ」
「確かに……体がこうなってなかったら無理でしたね」

また、笑い合う。

秋良は飲んでいたお茶のカップをテーブルに置くと、窓の外に目をやりながらぽつりと言った。

「俺、まだ信じられないような、起きたまま夢見てるみたいな不思議な気がするんだよな。だって幸人とこんな事するなんて昨日まで想像もしなかったし、まあそれ言ったら、こんな異世界で再会したっていうのも、まだ信じられない気持ちなんだけど」
「俺もそうですよ。まさか最初の転移者が秋良さんだったなんて……あの時の衝撃は忘れられません」
「いやいや俺の方が衝撃だったよ?まさかの幸人がここにいるってだけでも驚きだったのに、あんな超絶美形といい雰囲気で抱き合ってたしさ……そういえばあの時はあまりにびっくりして声掛けたけど、俺、すごい邪魔しちゃったよな」

あ、と思い出したように言って、まずかったなあと苦笑いする秋良に、俺は気にしないで下さい、と笑った。

「あと、24回かあ」

ふと、秋良がぽつりと言って何の事かと思ったけど、スキルコピーの上限の事だと思い至る。

「なんか、さ。もっと長い時間かかると思ってたけど、この感じじゃすぐ上限まで行っちゃいそうだよな」

確かに。何だかいつもそんな感じで、あっという間に上限を突破している。

ヒューゴやロシュが元々性欲が強いタイプだからだと思っていたけど、秋良はそうでもなかったと言っていたし、秋良との行為ではっきり自覚した。

俺も最中はかなり煽るようなことを言ったりやったりしているから、俺のせいでもあったな。
ヒューゴやロシュのせいにばかりは出来なかった。

秋良は何を考えているのか、そのまま黙ってまたお茶を口にしてから、俺を見た。

「……なあ、スキルコピーが上限行ったら、もう俺たち、する必要がなくなるってことなんだよな?」
「え?」

そういえば、そんな事は考えてもいなかったな。確かに上限突破したらもう、スキルの為には一切する必要はない。
だけどヒューゴやロシュとは、いつの間にかスキルの為じゃなく、ずっと一緒にいたい、好きだと思うようになっていて、スキル関係なくそのままずっと……

じゃあ、秋良さんとは?
上限まで行ったら確かにもうしなくていい。
そしたら、仲間として一緒に魔王を倒して、秋良さんは日本に戻って、俺はヒューゴやロシュとどこかを旅して……もう秋良さんと二度と会う事はないのか。

そう思うと、急に胸が締め付けられるように苦しくなった。

……寂しい……

そんな思いが浮かぶ。

……そうか、俺は秋良さんと離れるのが嫌だと思ってるんだな……

……だけど、秋良さんには帰る所がある。俺はもう日本に帰るつもりはない。だからずっと一緒にいる事は出来ない……

気のせいか、秋良さんの目もどことなく寂しそうに見えて、俺は重くなってしまった気持ちを誤魔化すように、わざと明るく悪戯っぽく言った。

「秋良さんてば、俺とするの、そんなに気に入ってくれたんですか?必要はなくなりますけど、秋良さんがしたいって思ってくれるなら、上限突破しても俺はしたいです。秋良さんとするの、好きですし。なんなら今からでもまたしちゃいます?」

秋良は面食らったような顔をしていたけど、ちょっと笑って首を振った。

「うん、って言いたいところだけど……なんかそんなに急いで上限まで行かなくてもいいんじゃないかっていうか……もっとゆっくりでいいから、今はいいよ。それに幸人がそう言ってくれて嬉しいけど、やっぱり上限突破したのにするのは、ヒューゴやロシュに申し訳ないっていうかさ。だからなおさら、急いで上限突破したくないっていうか……あれ、俺、何言ってるんだろうな?」

はは、ヘンだな俺。そう言うと秋良は立ち上がって、
「俺も風呂、入って来る」

とローブを脱いで中庭への扉を開けて出て行った。俺はその後姿を、いつまでも見つめていた。



その後、午前中いっぱいまでゆっくりして、宿を出て俺達はレグルスに戻って来た。

「毎日幸人を独占するのは悪いから」

と、秋良とは1日置きに一緒に過ごす事になった。

転移で帰って行った秋良を見送って、俺はヒューゴやロシュがいる黒馬亭に戻った。

「ユキト!」

扉を開けるとすぐにロシュが迎えてくれて、抱き締められる。

「今日もアキラと過ごすと思っていたよ。戻って来てくれて嬉しいけど、いいの?」
「うん、秋良さんとは1日置きに会う事になったから……ヒューゴは?」

部屋にはロシュだけだった。たぶん、どこかに出掛けているんだろうなと思ったけど、やっぱりそうで、朝食が終わったらそのまま出て行ったらしい。

「僕は部屋に残っていて良かったよ。こうして思いがけずユキトに会えたんだから」
「ん……」

優しく口付けされて、急に甘えたいような気持ちになって、抱き着いている腕に力がこもった。
しばらくして唇が離れると、ロシュが俺の顔をじっと見て言う。

「ユキト……どうしたの?何か元気がないみたいだよ」

ドキッとした。
なんでそんなに敏感に察知するんだよ。
だけど何となく言う気になれなくて、誤魔化した。

「……ちょっと、湯あたりかな」
「湯あたりって?」

ザインの街の宿でお風呂に入った事や、何度もお湯に浸かり過ぎるとだるさが出て来る事がある、なんて話をすると、ロシュは面白そうに聞いていた。

「今度一緒に行こう」
そう言うと、ロシュも「楽しそうだね」と微笑んだ。

「……ロシュは、俺とこの先も、ずっと一緒に居てくれる?魔王を倒した後も……それとも自分の世界に帰る……?」

ふいに不安になって、ふと、そんな言葉が口から洩れてしまった。声が震えていなかっただろうか。

ロシュは俺をじっと見つめると、優しく頬を両手で挟み込んだ。

「もちろん、ずっとユキトと一緒にいるよ。絶対に離れたりしない。僕の世界レスディアルには君が行きたければ行くけど、そうじゃなければ僕一人で帰ったりしないよ。安心して。これからもずっと僕はユキトと一緒だから」

その言葉で、胸が熱くなった。思わず自分からロシュにしがみ付いて、首筋に顔を埋める。

「嬉しい……俺も、ずっと一緒にいる」
「愛してるよユキト」
「俺も」

ロシュの匂いと温もりにこの上なく安心して、ぎゅうっと子供のようにしがみ付いたままの俺の背中を、ロシュは優しく撫でてくれた。

「帰ったぞー……って、あれ!?ユキト!?なんでいるんだ!」

そこへヒューゴがバタバタと音をさせながら入って来て、驚いた声を上げた。

「っつぅか、俺もする!」

そして持っていた荷物を床に下ろすと、俺を後ろから抱きしめて来る。

「なんだよー、ユキトが帰って来るなら外行かなきゃ良かったよ。ああもったいない」

言いながらグリグリと頭を押し付けて来るヒューゴに可笑しくなって、笑ってしまった。

「……ヒューゴも俺とこれからもずっと一緒にいてくれるんだよな?」
「あ?もちろんいるに決まってるだろ!お前が嫌だっつっても、俺はお前から離れねえからな」
「ふふ、嬉しいよ」

前後から抱き締められて、やっと俺の重たかった気持ちは明るくなって来た。今はただこの温もりを味わっていよう。その先の事はその時また、考えよう。



*****

最近はシャドーハウスのエンディング曲、『ないない』にハマってます。原作の漫画をずっと読んでたんですけどホント面白いんですよ。ブクマ、評価、そして毎回読んでくれている方々、感謝です!ありがとうございます♡
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