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三章 最後の一人 日本からの転移者アキラ

転移者は日本人?

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慣れた感覚と共に一瞬で、静かな部屋から沢山の人が行き交う、大きな石造りの街の街頭に現れた。

周りの人々が騒めいて、一気に俺達に注目して来る。
まあそりゃそうだよな。いきなり目の前に人が現れたんじゃ、俺だって見る。

王都レオグランスは、この国の首都のようだ。今まで訪れたどの街よりも人が多く、街の規模が大きいように見えた。今居るのは街の中心部だろうか。

石畳の敷き詰められた、円形の広場みたいな所を中心に、沢山の店や家が立ち並んでいる。
前を見ると、遠くに白っぽい石で出来た立派な城があった。
あの城も古代の遺物なんかじゃなく、今も現実にこの世界の王族が住んでいるんだな。そう考えると不思議な感じだ。まあ、会う事はないだろうが。

「へえ、綺麗な街だな」

辺りを見回しながらヒューゴが言うと、ロシュが

「すまない、神殿の場所を教えて貰えないかな?」

と俺達に注目している街の人間に声を掛けて、場所を聞いた。

答えてくれたのは壮年の男だったが、今見えている城のすぐ近くにあるらしい。

「尖塔に大きな鐘がついてる白い建物だから、すぐ分かりますよ」
「そうか、ありがとう」

ロシュが微笑むと、男はその美に圧倒されたように「い、いえ」とまごつきながら頷いて去って行った。

「場所も分かったし、あの城を目印に転移しよう」
ロシュが言い、俺たちはすぐさま転移してその場から消えた。きっとまた街の人達を驚かせてしまっただろうな。

瞬時に、さっきの男が言った白い、尖塔のある大きな建造物の前に跳んだ。後ろを振り返ると少し離れた所に城門があり、門を守る数人の兵士がこっちを見て騒めいていた。目立ってしまったな。一瞬思うが、

「確かにでかい鐘があるな。これが神殿か。早速入ろうぜ」

ヒューゴの言葉に、すぐに意識がそっちに向いた。

「ああ、そうだな」

扉を開けて中へ入る。
そこは大勢の人間が礼拝出来るような広い空間になっており、地球の教会のように長椅子が並べられていた。高い位置にある大きな窓から光が差し込んで、荘厳な雰囲気がする。中には誰も居なかった。

「あれ?誰もいねえのか?おーい」

ヒューゴが声を張ると奥の扉の方で音がして、明るい茶髪の若い男が出て来た。俺達を見ると、少し緊張したように体を強張らせる。

「あ、あの、礼拝でしょうか?」
「いや俺ら、このレオグランスだっけ?この街に最初に来た転移者について聞きたいんだよ。神官長に会わせてくれねえか?」

ヒューゴが男の方に近付いて行きながらそう言うと、男は

「てんいしゃ……至高神エオルの御遣いの事ですよね。やっぱりその雰囲気、お姿、貴方方は勇者様なんですね」

と、畏怖と崇拝の混ざったような目で見つめて来た。

「あー、なんかそんな風に言われてるけどな。でもそんな大層なもんじゃねえからな?」

ヒューゴが頭を掻きながら答えるが、男は嬉しそうな笑みを浮かべると

「分かりました!勇者様達のお役に立てるとは光栄です。今すぐラゼル神官長の部屋に案内しますのでこちらにどうぞ」

と意気揚々と歩き出した。

ヒューゴは俺を振り返ると、肩をすくめてみせた。
どこの神殿に行っても神の遣い対応だもんな。慣れたとはいえ、むずむずする。
目が合うと、ロシュも苦笑を浮かべた。

エオルの奴の実態を知っていると、本当に神の遣い対応はやめて欲しいと切実に思う。

廊下をずっと歩いて行った先の重厚なダークブラウンの扉の手前で、「ここで少しお待ちください」
男がそう言って立ち止まった。

俺達が頷いて止まると、軽くノックをして中に入り、少ししてすぐに出て来る。

「どうぞ、お入り下さい。私はここで失礼します」
「ああ、案内ありがとう」

ロシュが答えると、男は嬉しそうに頬を紅潮させながら去って行った。

「おお……これは、他の御遣いの方々にお目に掛かれるとは。私はこのレオグランス大神殿の神官長、ラゼル=フィーンと申します。どうぞお見知りおきを」

そう言って頭を下げたのは、白髪、蒼い目の柔和そうな小柄な老人だった。

「よろしくな。早速だけど、俺ら、ここに最初に来たっていう転移者を探してんだ。どんな奴だったのかとか、どこに行ったのか、何でもいいから知ってる事全部、教えてくれねえかな?」

ヒューゴが単刀直入に言うと、ラゼル神官長は軽く頷いて俺達に椅子を勧めた。

「分かりました、どうぞお掛けになって下さい。このレオグランスに神が最初に遣わされた方は、若い男性でした。銀灰の髪の毛に、黒い目をした、大変見目の良い方でした」

へえ、転移者って全員男なのか?見た目がいいって、エオルの奴、魂がこの世界に合うやつを選んだとか言ってたけど、本当は見た目で選んでるんじゃないだろうな。

俺がそんな事を考えている間に、話は進んだ。

「その方のお名前は、アキラ様。とても気遣いの細やかな方でいらっしゃいました」
「アキラ……?」

俺はその名前に思わず反応してしまった。日本人みたいな名前だ。

「なんか、ユキトの世界の名前っぽいな。俺の世界じゃ聞いた事ねえ名前だ」
「僕もそう思うよ」

俺だけじゃなく、ヒューゴやロシュもそう言う。

「あの、その人の見た目って、どんな感じだったんです?俺みたいな肌色でしたか?」

そう尋ねると、ラゼル神官長は俺の顔をじっと見つめて

「ふぅむ、確かに貴方のような色合いの肌でしたな。お顔立ちも、同人種のように思われます。アキラ様は貴方と同じ世界から来られたのでしょうか?」
「……その可能性は高いですね。その名前は俺の国じゃよくある名前ですから」

まさか、俺と同じ地球から来ているかもしれないなんて、考えもしなかった。
銀灰の髪の色、というのは日本人ぽくはないけど、地毛じゃなくて染めたりしていれば、そういう髪色もあり得る。ハーフという可能性もある。
一体どんな奴なんだろう。どんな経緯でここに来る事になってしまったんだろう。
気になるな。会って話してみたい。

「へ~、ユキトと同じ世界から来たかもしれない転移者かあ。それにしてもなんでそいつ、行方が知れなくなったんだ?」

ヒューゴの言葉にラゼル神官長は眉を下げて小さくため息を付いた。

「本当は箝口令かんこうれいが敷かれているのですが……私は至高神エオルにお仕えする身。その神の御遣いであられる貴方方には、本当の事をお話ししましょう」

そう言って神官長は顔を上げた。

「魔王を倒す為に降臨された、初めての御遣い、しかもこの王都レオグランスに遣わされたとあって、アキラ様は王城に呼ばれて歓待を受けたのです。ところがそこで第二王女のお目に留まってしまい、熱烈な求愛をお受けになられました。アキラ様は丁重にお断りしたのですが王女の執着は凄まじく、半ば軟禁状態にされてしまったのです」

「うわ……軟禁か……」

ついこの前、トールに同じような事をされそうになった身としては、アキラに同情してしまう。

「本人の気持ちを無視して執着するなんて、そんなの愛とは言えないよね。可哀想なアキラ。……ユキトのことは僕が守るからね」

ロシュも同じように思ったのかそう言って、俺の肩を抱いて頬にキスを落とす。
ラゼル神官長は、俺とロシュの親密な様子に少し目を瞠ったものの、それには触れず言葉を続ける。

「はい。それでもアキラ様は何とか王女を傷付けずにうまく収めようと苦慮されていました。とてもお優しい方なのだと思います。しかし、王女の愚行は止まることなく、侍女がアキラ様に懸想したと言い出し、その侍女を処刑しようとなさったのです」
「は~。なんかすげえ話だな」

ヒューゴは唖然として聞いている。

「アキラ様は、侍女を連れて姿を消されました。その時の王女の怒りは凄まじく、侍女の家族を代わりに処刑するとまで仰ったのですが、おそらくアキラ様が手を回されたのでしょう、侍女の家族も一夜にして居なくなっていたそうです。そして、それから王女の必死の捜索が行われましたが、神の御遣いの力の前には我々など無力な存在。見付かる訳もなく1年が過ぎたのです。当然私共にもアキラ様の居場所は分かりません。お力になれず本当に申し訳ございません」

そう言って頭を下げるラゼル神官長に、俺達は唸るしかなかった。

たぶん『転移』を使って侍女の家族はどこかへ連れて行ったんだろうな。まあ確かに目の前に自分のとばっちりで殺されそうな人間がいたら、ほっておけないかもしれない。助ける力もあるわけだしな。

けどスキルを使って本気で隠れられたら、俺達にも探すのは難しい。
アキラってやつの事を知らない俺達には『探知』で探す事も出来ないし、どうしたらいいんだろう。

そんな事を考えていたら、ロシュが神官長に言った。

「その、アキラという転移者の居た部屋に案内してくれないかな?彼の持ち物が何か残っていればもっといいんだけど」

「え?あ、はい、分かりました。アキラ様の使われていた部屋はそのままにしておりますので、使われていた物もそのままです。それでは、ご案内しましょう」

そう言って立ち上がる。

「何か考えがあるのか?」

そう尋ねる俺に、ロシュは微笑んだ。

「うん。うまく行けば場所が分かると思うよ」
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