先生、おねがい。

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番外編 みなりつ9(律side)

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 「説得力がないって思うでしょ?」
 「!」


 図星をつかれて言葉に詰まる。そんな俺に、高谷サンは「本当そうだよね」とバツが悪そうな顔で笑って、カップに添えた手元に視線を落とした。


 「戸塚くんには幸せになって欲しい。それは間違いなく本心なのに、俺は、彼が望んでた一番の幸せを譲る気なんかなくて……いや、心の気持ちは俺のものじゃないし、譲るって表現は傲慢なんだけど……」


 その表情からさまざまな葛藤が読み取れて、俺は先ほどの自分の愚かさに気がついた。


 (俺、馬鹿だ……)


 軽率だなんてとんでもない。
 とっつーのことが大事で、本気で幸せを願っているから、このどうにもできない状況に対して、きっと色々葛藤してたんだ。


 「……」
 「なんか、ごめんね。要領を得ない感じで……」
 「いえ……」


 この人がどういう人か、もう十分分かった。
 この人は、俺のような人じゃなかった。


 「……とっつーが悪い男だったらって思ったこと、ありますか?」


 だからこれは、ただの悪あがきで、なんの意味もない質問。
 この人がどう答えるかなんて、もう分かりきってるから。
 予想通り、高谷サンは首を横に振る。


 「確かにそれなら罪悪感も減るだろうけど、心の親友が戸塚くんみたいな優しい子で良かったって思ってるよ」
 「……っ」

 
 予想通りの答えだったのに、ぎゅっと胸が痛くなる。
 この気持ちは罪悪感だ。だって、俺は高谷サンと違って、高谷サンが悪い人なら良いって思ってたから。
 そう思えるだけの、生徒に手を出したという事実もあった。それに、高谷サンが最低な人なら、気兼ねなくとっつーと心くんを応援できて、自分の気持ちを押し殺す助けにもなる。だから俺はきっと、そう思い込みたかったんだ。
 だけど今日、実際は違うって思い知らされた。高谷サンは、責任感のあるすごく優しい人なんだ。


 『終わんねえよ、アイツらは』


 その言葉の意味が分かった気がした。


 「……ごめんなさい。色々失礼なこと言って」


 色々と試すような言動をしたことが申し訳なくて、深々と頭を下げる。さぞかし不愉快だっただろうに、高谷サンは俺に優しい声をかけた。


 「顔を上げて。失礼だなんて思ってないよ。普通に話してただけなんだから」
 「いえ。本当にすみません……俺、とっつーが特別だと思ってたんです。とっつー以上に誠実な人なんかいないって……俺自身、遊んでばっかだったから……そんな人が他にもいるなんて……」


 思ってなかったし、思いたくもなかった。
 だから高谷サンも汚い大人だって、打算的な人だって、決めつけていたのかもしれない。


 (ほんと最悪……)


 申し訳なさで縮こまっていると、くすくすと笑い声が聞こえた。


 「俺は律くんが一番すごいと思うよ?」
 「え?俺が……?」


 ぱちぱちと瞬きする俺に、高谷サンが悪戯な笑みを浮かべる。


 「だって、君、戸塚くんのことが好きなのに、心と戸塚くんのこと本気でくっつけようとしてたでしょ」
 「え⁉︎」


 (バレてる⁉︎)


 「心から色々話聞いて、もしかしてそうかもって思ってたんだけど、今日ので確信した」
 「や、あの、それは……」
 「俺は絶対そんなこと出来ないし、戸塚くんも流石に好きな人と誰かをくっつけようと積極的に動くことはしないんじゃないかなぁ」


 なんかもう本当に色々申し訳なさすぎて、俺は顔を覆うしかなかった。


 「う……本当にすみません……」
 「あはは。謝ることないよ。怒ってないから。ていうか、俺もごめん。実を言うと、俺も律くんのこと、ちょっと誤解してた。奔放な子ってイメージだったから」
 「いやー……俺はほんとその通りなんで……」
 「ううん。今日話してみて、あぁ本気で戸塚くんのこと大事なんだなって、安心したんだ。こんなこと言ってるって知られたら、保護者ヅラすんなって、戸塚くんに怒られちゃいそうだけど」
 「……あはは」


 あまりにも想像がつきすぎて、思わず笑ってしまった。そんな俺を見る高谷サンの顔が優しかったから、きっと罪悪感でいっぱいの俺を気遣っての言動だったのだろう。


 (ほんと良い人だな……)


 そんなことを思っていると、高谷サンは「その戸塚くんのことなんだけどね」と、苦笑をしながら肩をすくめてみせた。


 「実は、今日、なんで急に君を連れてきたのかも、俺と二人きりにしたのかもよく分かってないんだよね」
 「え?」
 「ただ、なんか適当に話してくれって言われただけでさ……まぁ、心は純粋に遊びに来てくれたと思ってるみたいだけど……」
 「あー……はは。俺が前から遊びに行きたいってしつこく言ってたからですかね?」

 
 きっと高谷サンの誤解を解くために連れてきたのだろうけど、言いたくなかったから言わなかったのだろうし、俺は誤魔化しておくことにした。


 (まぁ、意味ないと思うけど……)


 だって、この人は鋭い。
 さっきだって、俺がとっつーのことを好きなのも、心くんととっつーがくっつけば良いと思ってたことも、察していたのだから。
 

 「ただ遊びに来てくれた君にこんなことを言うのは、見当違いだしお節介かもしれないけど……」


 意味深な、けど、ものすごく優しい表情で、「心が言ってたんだ」と高谷サンは言う。


 「律くんのこと最初は怖い人だと思ってたけど、戸塚くんの『大事な人』だから怖くなくなったんだって」
 「……」
 「心は天然なところもあるけど、本質は見抜く聡い子なんだよ。だから、心配しなくて大丈夫」
 「……」


 (……ほら、バレてた)

 
 俺が迷ってること。本当はどうしたいと思っているのか。
 何もかも分かってて、この人は背中を押そうとしてくれてるんだ。


 「俺が言うのも変だけど、戸塚くんのことよろしくね」




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