先生、おねがい。

あん

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 「心」
 「は、はいっ」
 「これ」

 と、車に乗り込んでやっと口を開いた先生に渡されたのは、先生のスマホだった。突然のことに、先生の意図が分からなくて、俺はコテンと首を傾げた。

 「えと……」
 「画面の写真。見て」
 「は、はい」

 言われるがまま、画面に目を落とす。

 「……っ!」

 そこには、戸塚君の後頭部が写っていた。その奥にいる人の顔は戸塚君の真っ赤な頭で隠れて見えないけれど、見覚えのある癖っ毛と、今はカバンの中にしまってあるうさぎさんの耳がはみ出している。

 (これってもしかして、俺⁉︎)

 もしかしなくても、今日のメンバーで癖っ毛でうさ耳をしていたのは俺しかいない。そんなことより、重要なのは内容だ。この写真はまるで……。

 (きっ、きすしてるみたいっ)

 実際、戸塚君はこの時、山田君たちに、俺たちがキスをしているように見せようとしてた。つまり、その試みは大成功だったということだけど。

 「あっ、ああああのっ、これはっ、そのっ、違くて!」

 俺はスマホを握りながら、先生にすがりついた。もうなりふりかまっていられないくらいに、頭の中がグルグルしてる。

 「心?」
 「俺っ、戸塚君としてないです!これはそのっ、他に山田君や栗原君たちもいてっ、その、だからっ、俺っ、先生を裏切るようなことは何も──っ!」
 「心、落ち着いて」

 ちゅ、と、唇が軽く触れた。同時に、先生のせっけんの香りが鼻をかすめる。
 もう何が何やら。あまりにも突然すぎて頭が追いつかない。フリーズする俺に、先生はおかしそうに肩を揺らした。

 「そんなに慌てなくても大丈夫。分かってるから」
 「ふぇ?」
 「角度的にそういう風に見えるだけだろ?」
 「えと、その……はい」
 「やっぱり。その写真、出回ってるみたいだから、学校で何か嫌なこと言われたら、すぐ俺に言ってな」
 「怒って、ないんですか……?」
 「……?心のことは怒ってないよ?」

 穏やかに微笑んだ先生が、俺の頭を優しく撫でる。大丈夫、って手のひらから伝わってくるようだ。

 「でも、じゃあどうして、無言……」
 「え?」
 「戸塚君のおうち出てから、先生、全然しゃべらなかったから、怒っているのかと……」
 「……ああ。どう伝えたら、心が自分のこと責めないか考えてた。結局、失敗だったけど。ごめんな」

 苦笑いを浮かべる先生に、俺はブンブンとかぶりを振った。必死すぎる俺に、先生はまた笑って、今度はさっきよりも少しだけ長く唇を重ねてくれた。

 「大丈夫。信じてるよ。心が浮気なんてするわけないって」

 コツン、と額が合わさる。俺よりも冷たい温度に、文字通り、頭を冷やされていくようだ。

 「それに、俺は戸塚君のことも信頼してるから」
 「え?」
 「戸塚君は心が困るようなことはしないだろ?」
 「っ!はいっ!」

 (良かった……)

 ホッと気を緩める俺に対して、先生は少しだけ眉をしかめた。

 「でも、戸塚君と栗原は大丈夫だったのか?去年の祭りのとき、ちょっとゴタゴタしてたろ」
 「あ、は、はい。それについてはもう大丈夫で……律さんもいたし、賑やかで楽しかったです」
 「律さん?」

 (あっ、そっか)

 先生は律さんに会ったことがないのだった。俺だって、今日で三回目だったし。俺がパジャマのままアパートを出たときと、ショッピングセンターで遭遇したときと、そして、今回の遊園地。

 「えと、その……律さんは、戸塚君の……」

 本当のことを言うべきか分からなくて、口ごもってしまう。

 (でも、こんなデリケートなこと、勝手に話すわけにはいかないよね……)

 「お友だち、らしいです」

 結果的に俺は、少し濁して伝えたのだけど。

 「……普通のお友達じゃなさそうだね」
 「うっ」

 さすが先生。俺の下手っぴな嘘なんてお見通しのようだ。

 「あ、あのっ、でもっ、律さんはすごく良い人なんですっ」

 慌ててフォローを入れる。
 だって、律さんは本当に良い人だから。今日だって、戸塚君のことも他のみんなのことも、楽しく過ごせるようにって気遣ってくれてた。

 「……心がそう言うなら大丈夫か」
 
 先生はそう呟いて、俺の頭をポンポンしてから、車を発進させた。俺はいつものごとく、先生の運転姿をチラチラと盗み見て、胸をときめかせるのだった。
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