先生、おねがい。

あん

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 「は?」

 戸塚君の声が低くなる。

 「ご、ごめんねっ。今日、いたずら電話って言ってたけど、『兄ちゃん』って書いてるの見ちゃって……」
 「……」
 「あっ、言いたくなかったら、無理にとはっ」
 「……それ聞いてどうするわけ?」
 「ふぇ?え、えと、力に、なりたい」
 「……は?」
 「戸塚君のこと、もっと知って、そして何か少しでも力になりたいの」

 俺を変えてくれたのは──変わらなくてもいいんだって思えるように変えてくれたのは先生だけれど、俺がそんな先生と向き合えたのは、戸塚君のおかげでもあるから。だから、そんな恩人である戸塚君の力になりたいって思う。
 その気持ちが伝わったのかは分からないけれど、戸塚君はギュッと俺の身体を抱きしめる力を強め、ボソリと口を開いた。

 「……嫌いっつうか、逆恨みだな」
 「さか、うらみ?」

 戸塚君の口から出てきた意外な言葉に、目を丸くしてしまう。

 「家……前に、田舎だって言ったろ」
 「……うん」
 「俺はその小せえ町の医者の息子として生まれた」

 (ああ、どうりで……)

 この家の本棚を思い浮かべる。数々の参考書。その中には、医学部専用のものもあった。戸塚君は隠すように、その前に他の本を積み上げていたけれど。

 「医者になるように育てられて、遊ぶことは数分だって許されねえ。毎日飯食う以外は全部勉強につぎ込んでも、テストで一点でも落とせば完璧な兄貴と比べられて、落ちこぼれだの、欠陥品だの、クソみてえな言葉を浴びせられた。特に母親にな」
 「そんな……」
 「兄貴は親父の前妻の子どもなんだよ。だから、実の息子が兄貴より劣ってるのが気に食わねえってわけ」
 「……っ」
 「さっきのアイツ見ただろ?息子の体調にも気づかねえで、自分のことしか考えねぇ。結局は自分のガキを道具としか扱ってねえんだ」

 俺のとは違うけれど、俺みたく放棄はされていなかったけれど、だけど戸塚君も大人の身勝手さに振り回されてたんだ。いつだか戸塚君が口にした「大人は勝手」の言葉を思い出した。
 あれは先生のことでも、俺のお父さんのことでもなく、戸塚君のご両親のことを言っていたのかもしれない。

 「で、そんな居心地の悪い家でなんとか暮らしてこれたのは、兄貴がいたからなんだ。兄貴だけが俺を俺として見てくれた」
 「え?それなら……」

 (恨むようなことないんじゃ……)

 「けど、大学進学で家を出たっきり、兄貴は戻ってこなくなった」
 「……っ」
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