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しおりを挟む「高谷先生、料理とか上手なの?」
「え?」
「家事とか、どうなのかなって」
思ってもいなかった話を振られて、一瞬思考が停止しかけたけど、なんとか持ち直す。
「あ……お料理は交代交代で……」
「え、望月くん、料理出来るの?」
「あ、えっと……まだまだ、ですけど……」
(どうして、こんなに聞いてくるんだろう……?)
チラッと顔を見ると、茅野先生は眉をひそめて俺のことをジッと見ていた。胸が嫌な感じに跳ねて、冷や汗が流れてくる。なんか……なんか分からないけど、希さんとお話ししたときみたいな、そんな感じ。
「あ、あの……」
「ん?」
「これ、進路相談じゃ……」
おずおずとそう言う。なんとかこの話を終わらせたいという俺の目論見通り、茅野先生は雰囲気を一変させて、ニコッと眩しい笑顔を輝かせた。
「え、あ、そうだねっ。じゃあ始めようか」
茅野先生は、机の上に置いた書類の中から一枚の紙を取り出した。
「えーと……その、これ本気なのかな?」
「……はい」
ピラッと見せられたのは、俺が事前に記入したプリント。そこに書かれているのは『第一希望、就職』の文字。
茅野先生は苦笑いをして、その紙を再び机の上に置く。
「就職が悪いわけじゃないんだけどね、望月くんの成績なら難関大も余裕でいけるから、ちょっともったいないなーって」
「……でも、働きたい、です」
「んー、お金のことかな?」
「……」
無言を肯定と受け取った茅野先生が、さっきよりも幾分真面目な顔をして、話を続ける。
「でも、お父様の勤め先、有名なとこだよね?国公立ならそれほど学費もかからないし……」
「お父さんに、少しでも迷惑かけたくないんです」
「……そっか……高谷先生は、なんて言ってる?」
「先生には、まだ……」
「そうなの?」
「あの……このこと、高谷先生には言わないでください」
「え?」
「お父さんには絶対に反対されないと思うので……だから……」
先生には知られたくない。だって、先生が俺の考えに賛成してくれるとは思えないから。だから、いくら大好きで信頼している先生といえども、いや、だからこそ、こんな早い段階で知られるわけにはいかない。
押しが弱い俺でも、ここだけは引けない。押さなきゃならない。茅野先生がどんなに反対しても、頑張って自分を通さなきゃ。たくさんお願いして、何が何でも先生に知られないようにしなくちゃ。
そう意気込んで、膝の上でギュッと拳を握ったのだけど……。
「……うーん。まあ、うん、そうだね。一緒に住んでるとはいえ、従兄弟だもんね。分かった。高谷先生にはまだ言わないでおく」
案外すんなりいって、呆気にとられてしまう。ホッとしたのは事実だけれど、でも、もちろんそれだけで終わるわけもなく。
「でも、望月君。それって、高谷先生が反対するかもって思ってるってことだよね?」
「……」
図星をつかれた俺は、お得意の無言になってしまう。
「先生も、もう一回よく考えて欲しいな。大学行っただけで、そのあとの就職とかお給料とか、選べる選択肢が違ってくるし……だから、これからも話し合って行こう?」
「……はい」
そう頷きはしたものの、本当は、俺の心はもう決まっていて。
お父さんにこれ以上嫌われたくないとか、先生にこれ以上負担をかけたくないとか。俺が優先したいのは、すべきなのは、そういうことだから。
だから、他の選択肢はないのだ。
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