先生、おねがい。

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番外編 風邪ひきさん⑤

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 「夢、か……」

 朝起きて、部屋から情事の名残が感じられないことに、ホッと肩をなでおろす。

 (そうだよな)

 セックスで看病してもらうなんて、そんな都合の良すぎるシチュエーションが、現実で起こるわけがない。
 第一、あの基本恥ずかしがり屋な心が、寝込んでる病人相手にあんな大胆なことをするわけがないのだ。
 きっと熱に侵された脳が、願望を夢にして見せたのだろう。

 「熱は多分引いてるな……」

 寒気もしないし頭痛もしない。それどころか、逆に身体がすっきりとしてる。あんな夢を見た翌朝に、体調が良くなっているなんて、こんな恥ずかしいことはない。

 (心にどんな顔で会えばいいんだ……)

 夢のくせに、中出しの快感が妙にリアルだった。いや、中出しなんて生まれてこのかたしたことないけど。おそらく、これ以上ないほどに気持ちいいんだと思う。まさに夢の如く。

 (って、馬鹿か俺は。朝から何を考えてるんだ……)

 「はー、欲求不満なのか?情けない……」
 「んぅ……」
 「……え」

 ギクリとして声の方へ視線を移す。そこには布団があるだけで、他には何もなかったけど。なかったけれども。

 「……」

 そろーっと布団を剥がせば、ああ、幸せそうにうずくまって寝息を立てている、可愛い可愛い俺の恋人が。

 「まじか」

 (やばいやばいやばい……え、アレって現実?)

 思わず頭を抱えると、振動が伝わってしまったのか、心はパチリと目を開いた。

 「あ……せんせ、おはようございます」
 「あ、ああ、うん、おはよ」
 「……?」

 俺の様子がおかしかったのだろう。寝ぼけ眼を擦りながら数秒ほど何かを考え込んだ心は、次の瞬間、瞬間湯沸かし器のごとく、一瞬で真っ赤になった。

 (あ、これ現実だ)

 「あ、あ、あ、俺っ、昨日はすみませんでしたっ!」

 土下座する勢いで謝る心に、俺も慌てて姿勢を正す。

 「い、いや、俺も抑え効かなかったし、むしろ俺の方が無理させちゃったと言うか……」

 俺の記憶というか夢というか……とにかく、それが正しければ、二発くらいはやったと思う。どこにそんな体力があったのかは、はなはだ謎だが、心の慌てようを見るに、その予想は間違ってないのだろう。

 「ほんと、ごめんな」
 「そんなっ、先生は悪くないですっ。俺、昨日は、そのっ、言われた通りにやらなきゃって必死で、つい強引にっ!」
 「……ん?言われた通り?」

 その言葉に引っかかって、首を傾げれば、心は「しまった」と言うような顔をして、気まずげに顔を逸らした。

 「心?どういうこと?」
 「そ、それは……」
 「それは?」
 「……」
 「しーん?」

 ちょっと強めに名前を呼べば、心は「うぅ」と唸って、観念したようにシュンと肩を落とした。

 「俺、先生が熱を出したの初めてだから動揺しちゃって、愛知君にメールでその……」
 「うん」
 「こっ、恋人が風邪で辛そうだって相談したら……その、ああいうことをして汗をかけば、治るって聞いて……」

 (は?)

 「えーと……」

 (それはつまり……昨日のは愛知の差し金?)

 俺はなんだか力が抜けて、ヘッドボードに背中を預けた。
 そりゃそうだ。心が自分であんなこと考えつくはずがない。

 (愛知のやつは全く……)

 心が山田の友達とも仲良くなって以来、常々思ってることだが、愛知が心に与える情報は、ちょっと……いや、かなり教育に悪い。

 「はぁ……」
 「せんせ……?」

 黙り込んだ俺に、心配そうに首を傾げる心。言いたいことは色々あるが、俺はいったんそれを飲み込んで、ふわふわの頭をスルリと撫でた。

 「まあ、えっと……俺のためにありがとうな」
 「……っ!えへへ……」

 褒められたのが嬉しいのか、心は照れ臭そうに顔を綻ばせた。その表情はすごく可愛いくて、こっちまで頬が緩んでしまうくらい。朝からこんな可愛い顔拝めるなんて、本当に俺は幸せすぎると思う。

 (だけど……だけど、な)

 心の他人を疑わなさすぎる。いつか誰か悪い奴にでも騙されたらと思ったら、心配で気が気じゃない。良くも悪くも純粋すぎる心の性格を、早急にどうにかしなければと、頭を悩ませる俺だったが。

 (ん……?)

 昨日の行為が夢だと思うくらいに綺麗な部屋に、一つの懸念が浮かび上がる。

 「あのさ……心」
 「……?」
 「その……部屋は心が片付けてくれたの?」
 「ふぇ?はい……あ、気にしないでくださいっ。俺も寝落ちちゃってて、夜明け前にたまたま目が覚めたから……」
 「あ、いや、えっと……中のは出した?」

 そんな質問に返ってくるのは、予想通りの最悪な返答で。心はキョトンとしながら、首を傾げた。

 「え……出さなきゃ、駄目なんですか?」

 (うああ……)

 純粋な瞳で俺を見つめる心に、血の気が引いていく。
 やっぱり。今まで中出しなんかしたことないから、心は知らないのだ。中に出しっぱなしのソレが、身体にどんな影響を与えるのか。

 「心!」
 「は、はい」

 ガシッと心の肩を掴んだ俺の顔があまりにも必死だったのか、心は若干うろたえた様子を見せた。しかし、今は怖がらせるだとか戸惑わせるだとか、そんなことを気にする余裕はない。一刻も早く。事態は急を要する。

 「ほんっとにごめん!風呂行こう、今すぐ」
 「ふぇっ?」

 その後、心に俺の熱が移った様子はなかったが、腹のなかのアレに関してはもはや手遅れだった。
 よって、心は一日中ベッドとトイレを往復する生活を強いられることとなったのだが、涙目になりながら腹痛に苦しむ姿に対する罪悪感は尋常じゃなく、俺は二度と同じ過ちは犯さないと心に誓ったのだった。




風邪ひきさん 《終》
 
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