先生、おねがい。

あん

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番外編 はじめまして②

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 遊び続けてしばらく経った頃に、心くんが積み木を持ちながら、こっくりこっくりと船を漕ぎ始めた。時計を見れば、時刻は十四時。心くんが家に来てから、すでに二時間が経過していた。つまり、その間ずっと遊んでいたことになる。

 「眠い?」
 「うう、ん……」

 心くんはふるふると首を振るも、目を擦る様子を見るに、限界が近づいているのだろう。普段と違う環境で目一杯遊んで、余計に疲れてしまったのかも。
 その様子を見かねた俺は、心くんから積み木を受け取って、ふわっとした髪を撫でた。心くんは無意識にその手に頭を擦り寄らせてくる。

 「ちょっと寝ようか?」
 「……もう、あそばない?」
 「起きてからも遊べるよ」

 そうは言っても、これは気休めだった。きっと起きた頃には、おばさんが迎えに来る時間になっているだろう。心くんもそれを理解しているのか、寂しそうに顔を歪めて、キュッと俺の袖を握ってきた。

 「しん……まだ、おにいちゃんといたい……」
 「……!」

 (……かわいい)

 不覚にも胸がきゅうっと高鳴ってしまう。俺は緩みそうになる頬を怖くならない程度に引き締めて、再び心くんの頭を撫でた。

 「じゃあ、一緒に寝よっか」

 そろそろ蓮が起きる頃だろうし、本当に一緒に寝るのは無理だが、添い寝ぐらいはしてあげられるだろう。

 「いっしょ……?」
 「うん」

 頷けば、心くんははにかんで、もう一度「いっしょ……」と呟いた。



 一応トイレに連れて行ってから、蓮の横に敷いた昼寝マットに心くんを寝かせ、その横に自分も寝転がる。心くんはうとうとしながらも、懸命に俺の服を掴んで離すまいとしていた。

 (約束通り、寝るまで一緒にいてやりたいな……)

 安心した気持ちで寝かせてやりたい。心くんが眠るまで蓮が起きないことを祈りながら、寝かしつけるように背中を優しく叩く。すると、力のない声が腕の中から聞こえてきた。

 「あの、ね……しんね……」
 「ん?」
 「おにいちゃんのこと……だいすき……」

 不安を交えた、小さな声。少しだけ震えているのは、俺の聞き間違いだろうか。
 この控えめな子が人に好意を伝えるのは、多分、かなり勇気がいるのではないだろうか。それなのに、頑張って気持ちを伝えてくれた健気さに、俺は胸がいっぱいになって、気づけば心くんを抱き寄せていた。

 「おにい、ちゃん……?」
 「俺も……俺も、心くんのこと好きだよ」
 「ほんと……?」
 「うん、本当」
 「……えへへ。よかっ、た……」

 安心したように擦り寄ってくる心くんの背中を、ゆっくりと撫でる。すると、次第に心くんの身体から力が抜けていき、こうして俺たちの初めての時間は終わりを迎えた。



 それ以来、心と顔を合わせることがなかったが、心の両親が離婚して父親に引き取られたと聞いた時は、つい安心してしまった。心には決して言えないが、俺はおばさんを好ましく思ってなかったから。大好きな優しいお父さんと居られるなら、もうあんな怯えた顔をしなくて済むのではないかと思ったのだ。

 だが、現実はそう甘くなかった。

 おじさんはおばさんと別れてから人が変わってしまった。子どもに見向きもしない、酷い父親に。今まで優しかった父親が変わっていく様子を、心はどんな思いで見ていたのだろうか。

 そう思うだけで胸が苦しくなって、なんでもっと早く会いに行ってやらなかったんだと後悔してならない。

 もう二度と、心に寂しい思いはさせない。ずっと一緒にいてやりたい。誰よりもそばにいて、支えてやりたい。

 『しん……まだ、おにいちゃんといたい……』

 そんな心の初めての『おねがい』は叶えてやれなかったけれど、今度は、今度こそは絶対に心の願いを叶えるって、そう決めたんだ。
 


はじめまして 《終》


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