先生、おねがい。

あん

文字の大きさ
上 下
196 / 329

188

しおりを挟む




 「……怒る?」


 恐る恐るそう聞くと、先生は困ったように苦笑した。


 「怒らないよ」

 「本当?」

 「ほんと」


 その返答に俺は少しだけ冷静になった。もう一度「おいで」と穏やかな声で言われ、おずおずと近寄ると、腕を引き寄せられて、先生の膝の上に座らせられる。そして、コツン、と額が合わさった。


 「ごめんな。責めてるみたいになっちゃったな」

 「違うの……俺が悪いの……」

 「悪くないよ。心が悪かったことなんて、一回もない」


 おでこが離れていく。うまく目を見れなくて、伏し目がちになってしまう俺の頭を、先生が優しく撫でる。


 「心」

 「はい……」

 「俺はさ、学生時代、友だちは沢山いたんだけど」

 「……」


 当たり前だ。先生だって、山田君と同じでキラキラしてたに違いないから。そんなどうしようもない自分との違いに、胸がチクッとする。だけど、先生が続けた話は、そんな俺の考えとは少しだけ違っていた。


 「でもさ、遊ぶだけ。心みたいに、相手のことを心の底から考えて……っていうのは、なかなかなかった。そう思う相手は、一人いれば良いくらいかな」

 「え……?」


 思わず顔を上げる俺に、先生が優しく微笑む。


 「心は確かに人付き合いが苦手かもしれない。友だちの数も少ないかもしれない。けど、戸塚君や山田……こころから思いやれる相手が二人もいる。これって凄いことだよ。俺はそんな心が、他の人より劣っているとは思わない」

 「せんせ……」

 「だから、もっと自信を持って。もっと、自分と周りを信じて。心が邪魔だなんてあるわけない。心が信用して仲良くなった山田は、そんなことを思うやつだった?」

 「ちがっ……」
 

 山田君はそんな人じゃない。それはよく分かってる。だって、山田君の優しさに、今までどれだけ助けられてきたか。


 『なんか悩みごと?』
 『俺でよかったら話聞くし』
 『家族ってそれだけじゃないよな!』
 『昼飯!一緒に食べよう!』
 『当たり前じゃん。俺が仲良くしたいんだからさ』
 『望月の新しい顔いっぱい見れて嬉しい』
 『いっぱい思い出つくろーな!』


 今までに交わした会話の数々。どれを思い出しても、その全てが温かくて。気付けば、一筋の涙が静かにぽっぺを伝っていた。


 「……っ」


 (会いたい……)


 山田君に会いたい。会って、いっぱいお話して、笑いあって。そんな何気ない毎日がすごく楽しかった。いつだって山田君は元気を分けてくれて。そんな山田君と過ごす毎日が大好きで。山田君がいない生活なんて、これっぽっちも楽しくない。


 (でも……俺は……)


 ギュウッとズボンを握りしめ、唇を噛みながらうつむく。心に残るわだかまり。それを察した先生が、スルリとほっぺを撫でて、涙を拭う。


 「先生……?」

 「確かにさ、中学のときは失敗したかもしれない。でも、もう昔とは違う」

 「だけど……」

 「心はちゃんと成長してるよ。今だって出て行かなかったろ?それが何よりの証拠だと、俺は思う」

 「そ、れは……」


 確かにそうだ。俺にはどうしようもない逃げグセがあった。お父さんのことも、お母さんのことも。中学のときのことも。嫌なことは全部考えないようにして、見ないふりをした。

 現に二度もこの家から……先生から逃げ出した。でも、その度に先生が迎えにきてくれて。大切だよって教えてくれて。今日は逃げ出したいとは思っても、出て行こうなんてことは少しも頭に浮かばなかった。


 (俺、変われてるの……?)


 不安な目を向けると、先生は俺の手を取って、ギュッと包み込んでくれた。安心する、大きくて綺麗な手。勇気をくれる、魔法なような温かさ。


 「大丈夫。心は強い」

 「俺が……強い……?」

 「うん。心が思ってるよりも、ずっと強くて優しいよ」

 「……」

 「だから、自分の気持ちに正直になって。もし、頑張っても駄目だったら……そしたらまた、一緒に考えよう。何があっても、どんな結果になっても、俺は絶対に心の味方だから」

 「味方……?」

 「うん」


 微笑んだ先生が俺のおでこに、唇を落とす。


 (不思議……)


 先生に強いって言われると、本当に強くなれりような気がする。先生が味方でいてくれると思えば、なんでも出来ちゃいそうな気になるの。


 (もっと、変われるのかな……)


 山田君の隣で胸を張っていられるくらいに、変わりたい。


 (……ううん)


 違う。変わりたい、じゃない。

 変わらなきゃ。変わらなきゃ、駄目だ。

しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

異世界ぼっち暮らし(神様と一緒!!)

藤雪たすく
BL
愛してくれない家族から旅立ち、希望に満ちた一人暮らしが始まるはずが……異世界で一人暮らしが始まった!? 手違いで人の命を巻き込む神様なんて信じません!!俺が信じる神様はこの世にただ一人……俺の推しは神様です!!

放課後教室

Kokonuca.
BL
ある放課後の教室で彼に起こった凶事からすべて始まる

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

まずはお嫁さんからお願いします。

桜庭かなめ
恋愛
 高校3年生の長瀬和真のクラスには、有栖川優奈という女子生徒がいる。優奈は成績優秀で容姿端麗、温厚な性格と誰にでも敬語で話すことから、学年や性別を問わず人気を集めている。和真は優奈とはこの2年間で挨拶や、バイト先のドーナッツ屋で接客する程度の関わりだった。  4月の終わり頃。バイト中に店舗の入口前の掃除をしているとき、和真は老齢の男性のスマホを見つける。その男性は優奈の祖父であり、日本有数の企業グループである有栖川グループの会長・有栖川総一郎だった。  総一郎は自分のスマホを見つけてくれた和真をとても気に入り、孫娘の優奈とクラスメイトであること、優奈も和真も18歳であることから優奈との結婚を申し出る。  いきなりの結婚打診に和真は困惑する。ただ、有栖川家の説得や、優奈が和真の印象が良く「結婚していい」「いつかは両親や祖父母のような好き合える夫婦になりたい」と思っていることを知り、和真は結婚を受け入れる。  デート、学校生活、新居での2人での新婚生活などを経て、和真と優奈の距離が近づいていく。交際なしで結婚した高校生の男女が、好き合える夫婦になるまでの温かくて甘いラブコメディ!  ※特別編3が完結しました!(2024.8.29)  ※小説家になろうとカクヨムでも公開しています。  ※お気に入り登録、感想をお待ちしております。

執着攻めと平凡受けの短編集

松本いさ
BL
執着攻めが平凡受けに執着し溺愛する、似たり寄ったりな話ばかり。 疲れたときに、さくっと読める安心安全のハッピーエンド設計です。 基本的に一話完結で、しばらくは毎週金曜の夜または土曜の朝に更新を予定しています(全20作)

総受けルート確定のBLゲーの主人公に転生してしまったんだけど、ここからソロエンドを迎えるにはどうすればいい?

寺一(テライチ)
BL
──妹よ。にいちゃんは、これから五人の男に抱かれるかもしれません。 ユズイはシスコン気味なことを除けばごくふつうの男子高校生。 ある日、熱をだした妹にかわって彼女が予約したゲームを店まで取りにいくことに。 その帰り道、ユズイは階段から足を踏みはずして命を落としてしまう。 そこに現れた女神さまは「あなたはこんなにはやく死ぬはずではなかった、お詫びに好きな条件で転生させてあげます」と言う。 それに「チート転生がしてみたい」と答えるユズイ。 女神さまは喜んで願いを叶えてくれた……ただしBLゲーの世界で。 BLゲーでのチート。それはとにかく攻略対象の好感度がバグレベルで上がっていくということ。 このままではなにもしなくても総受けルートが確定してしまう! 男にモテても仕方ないとユズイはソロエンドを目指すが、チートを望んだ代償は大きくて……!? 溺愛&執着されまくりの学園ラブコメです。

ガテンの処理事情

BL
高校中退で鳶の道に進まざるを得なかった近藤翔は先輩に揉まれながらものしあがり部下を5人抱える親方になった。 ある日までは部下からも信頼される家族から頼られる男だと信じていた。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

処理中です...