先生、おねがい。

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番外編-戸塚君とアホ望月⑥

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 「楽しかったぁ。すっごく楽しかったっ」


 さっき戸塚君にクレーンゲームで取ってもらった猫のぬいぐるみを抱きしめながら、出口に向かいつつ、お店を見て回っていた。少し後ろを歩く戸塚君を振り返ると、戸塚君は苦笑を浮かべた。


 「んな何回も言わなくても、聞こえてるっつーの」

 「だって、すっごくすっごーく、楽しかったんだもん」

 「こんなんで良いなら、いつでも来てやるし」

 「ほんとっ?やったぁ、嬉しいっ」

 
 えへへ、と笑う俺に、戸塚君も微笑む。それが嬉しくて、俺はもっとニコニコしてしまう。きっと、緩みきったほっぺは、だらしないことになっているだろう。


 (今日、ここに来て良かったぁ)


 しみじみそう思う。今日はとっても充実した休日を過ごせた。家に帰ったら、先生に色々なことを報告しよう。初めてのファミレス。初めてのゲームコーナー。全部新鮮なことばっかり。今度は先生とも来れたら良いな。なんて、ちょっと難しい夢を持ってしまう。

   そうやって浮かれながら、俺はふとある疑問を持った。


 (あれ?でも、どうして来たんだっけ……?)


 ここへ来た理由。そもそも俺はどうして戸塚君と遊んでるのか。


 (はっ!)


 「……望月?」


  いきなり青ざめた俺に、戸塚君が怪訝そうな顔をする。


 「あ、えっと、その……」


 すっかり忘れていた。俺は戸塚君にお礼の品を買うために、ここへ来た。そして偶然会った律さんの計らいで、今日一日かけて戸塚君にお礼をするつもりだったのだ。

 律さんに一緒にいるだけで良いって言われたのは、未だに腑に落ちないけど、俺にはそれくらいしか出来なくて。だからせめて戸塚君を楽しませなきゃって思ってたのに、俺の方が楽しんでしまった。


 (ど、どうしようっ……)


 何か挽回できるものはないかと、俺はキョロキョロと辺りを見回し、そしてあるお店が目に入った。一人で回っていた時には気づかなかった、目的にすごくぴったりなお店。


 「あ、あのっ……俺、ちょっと買ってきて良いかな?」

 「……?別に良いけど、なら俺も──」

 「ううん!戸塚君は!ここで!」

 「は?」


 どうしても付いてきて欲しくなかった俺は、戸塚君に無理やり猫のぬいぐるみを押し付けた。


 「すぐ戻ってくるから!」







 「戸塚君っ、ごめんね……待たせちゃって」


 色々迷ってしまい、思ったよりも時間がかかってしまった。備え付けのベンチに座ってスマホをいじっていた戸塚君が、俺の声で顔を上げる。


 「別に。そんなに欲しいものあったわけ?」


 俺はそれに答えずに、戸塚君の隣に座る猫のぬいぐるみの横にストンと腰を下ろした。そして、グッと覚悟を決めて、片手に収まる小さな袋を戸塚君に差し出す。


 「……俺に買ってきたのかよ」


 戸塚君の声が強張る。


 「う、うん。どうしても渡したくて……やっぱり駄目かな……?」


 またいらないって言われるんじゃないかって、ドキドキしていたら、戸塚君が無言のまま袋を受け取ってくれた。こんな簡単にいくとは思わなくて、思わずびっくりした顔を向けてしまう。


 「……アホ。さすがに、わざわざ買ってきたもん拒否るわけねえだろ。……ほんと律儀なやつ」

 
 袋に視線を落とした戸塚君が、問いかけてくる。


 「……見ていいのか?」

 「も、もちろんっ」


 戸塚君が取り出したのは、黒いストーンが埋め込まれたシンプルなピアス。戸塚君の大人っぽい雰囲気と、赤い髪によく似合うと思った。

 無言でそれを見つめる戸塚君。やっぱり駄目だったかと、シュンとしてしまう。


 「俺のセンスだからイマイチかもだけど……ぜ、全然っ、付けなくても良いからっ」

 「いや……サンキュ」

 「……っ」


 戸塚君は左手で俺のほっぺを撫でて、右手で贈ったピアスをとても大事そうに握りしめてくれた。俺は安心して、思わず戸塚君の手にすり寄ってしまう。


 (良かった……)


 「ほんと、アホ……」


 スルリとほっぺを伝う手。それは、穴の開いていない耳をなぞる。


 「戸塚、君……?」
  
 「……こんなの、帰したくなくなんだろ」


 (えっ……?)


 その言葉の意味がよく分からなくて。だけど、戸塚君がものすごく真面目な顔をしているものだから、俺はびっくりしてしまって、思わず「あのっ」と叫んだ。
 

 「……なに」


 戸塚君の手が止まる。俺はあたふたと、もうひとつ同じものを取り出した。そして、ずいっと戸塚君に差し出す。


 「あのっ、あのねっ。律さんの分も買ったから、渡してもらえないかな?」

 「……は?」

 「前も今回も、デート中に邪魔しちゃったから、ごめんなさいって……」

 「デート?」

 「うんっ」

 「おい待て……お前もしかして……」

 「……?二人って恋人さんだよね?」


 何の疑いもなくそう言った瞬間、戸塚君の頭からピキッと音がなった気がした。

  
 「……ざ……んな」

 「と、戸塚君……?」

 「ふざけんなよ!こんっっっの、アホ望月ぃいい!!」

 「ひいぃっ!?」


 それは周りの視線もはばからない、大きな大きな声で。どういうわけか、金髪さんからもらった今日一日が、戸塚君の罵声で締めくくられてしまったのでした。
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