先生、おねがい。

あん

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 トタトタと走って、先生の元へ向かう。


 (早く……早く、謝りたい)


 一分一秒も惜しくて、砂浜とビーチサンダルのせいで走りにくいのがもどかしい。

 俺に気づいた先生が立ち上がってくれた。俺の方へ、少しだけ歩いてくれた。もうちょっとで先生のところへ行ける。あとちょっとで、謝れる。そう夢中になっていた俺は、先生に近づく他の人たちに気が付かなかった。


 「あのー」

 「もし良かったら、一緒に泳ぎませんか?」


 二人組の若い女の人が先生に話しかけ、俺は残り数メートルのところで、ピタッと止まってしまう。

 風と波の音。周りの人たちの賑やかな笑い声。二人と言葉を交わした先生が笑顔を見せる。女の人の声は大きくて聞こえるのに、先生の声は聞こえない。先生のキラキラ輝いた笑顔に、女性たちはうっとりとした表情を見せた。


 「……っ」


 (やだ……)


 やだ。そんな顔、俺以外に向けないで。

 その人たちと行っちゃダメ。


 (だって……先生は俺の……俺のだもん)


 「やだ!」


 女性の手が先生の腕に伸びた瞬間、俺は自分でも驚くほどの大きな声を先生に向けた。とっさに駆け出した俺は、先生の腕を強く掴んだ。


 「やだ……や、だ」

 
 行かないで。ただその一心で、しがみつく。


 「心……?」

 
 先生と他の二人が、俺に驚いた表情を向けた。それもそのはず。だって俺は、相当おかしなことをしでかしているのだから。あまりにも幼い自分の行動に恥ずかしくなったけど、どうしても先生に行かないで欲しくて、ギュッとさらに力を込めた。

 すると、一人が俺の顔を覗き込んできた。綺麗な人。海なのに、水の中に入るのに、お化粧がバッチリしてあって、甘い匂いがする。俺とは真逆の、女の人。


 「もしかして、この子がさっき言ってた子ですか?」

 「ああ、はい」


 女の人の問いに先生が答える。


 「そっか~。可愛いねぇ」

 「……っ」


 手を伸ばされた瞬間、ビクッとしちゃって、とっさに先生の後ろに隠れた。申し訳ないと思った時にはもう遅くて、女の人は気まずそうに手を離した。


 「あはは。大事なお兄ちゃんに話しかけちゃったから、嫌われちゃったかな」

 「……行こっか」

 「そうだね……」


 苦笑した二人は俺に「ごめんね」と言って去っていった。ホッとしたような、申し訳ないような。罪悪感とも言える微妙な気持ちで佇む俺の頭を、「心?」と呼びかけた先生が撫でてくれる。

 俺は不安な目をして、先生を見上げた。


 「行かない、の……?」

 「ん?」

 「……さっきの、人達……と……」


 怖くて尻窄みしてしまった。そんな俺に先生は困ったように笑う。


 「なんで行くの。断ったよ。家族と来てるからって」

 「かぞ、く……?」

 「うん。家族だろ?家族で、恋人」


 「あっちは、兄弟だと思ったらしいけど」って苦笑した先生が、俺のほっぺをスルリと撫でて、胸がきゅーんと高鳴った。その顔は怒っていなくて、いつも通りの先生で。


 「……っ」


 (家族って……恋人って、言ってくれた……)


 まだ嫌われてない。御坂さんの言う通りだった。まだ、大丈夫だった。

 そう安心した途端、ポロッと涙が溢れた。張り詰めていた糸がプツンと切れて、俺はポロポロと涙を零し続ける。


 「心……?」

 「ごめっ、なさ……俺っ、俺っ……」
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