先生、おねがい。

あん

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 「え……?」


 驚いて顔を上げた俺に、御坂さんが微笑む。その顔はなぜか少しだけ寂しそうで、ギュッと胸が痛んだ。次に口を開いた御坂さんは、もう怒ってなくて、いつもの穏やかな口調に戻っていた。


 「……俺ね、お店を持つとき、両親にすっごく反対されたの。そんなんで食べていけるのかって。それ以降、あんまり仲良くないんだ」


 (そうだったんだ……)


 今でこそお店は流行っているけれど、上手くいくかなんて開店前は分からない。だからご両親が反対するのも無理もないのかもしれない。

 聞き入る俺に、御坂さんがニコッと笑った。


 「でもね、尾上くんが付いてきてくれて、心くんや戸塚くんみたいな良い子たちがバイトに入ってくれて。それでここまで来れた。だから本当に感謝してるの。……だからね。俺、心くんのこと大好きなんだ。尾上くんや戸塚くん、他のスタッフさんのことも大好きで。だからそんな大切な人たちが、悲しい顔をしちゃうのは嫌だよ」

 「御坂さん……」

 「だから、ちゃんと仲直りしといで。そしてまた、心くんの可愛い笑顔が見たいな。きっと……ううん、絶対大丈夫だから。ね?」

 「本当に……?」

 「ほんとだよ。大丈夫。だって、高谷さんがあんな態度をとっちゃったのは、心くんのことが好きだからでしょ?だから、大丈夫だよ」


 御坂さんが口にする『大丈夫』を聞いていると、本当に大丈夫な気がしてきて。さっきの取り乱し方が嘘のように、心がスーッと落ち着いた俺は、コクリと頷いた。


 (御坂さんの言葉って、不思議……すごく、落ち着く)


 「……俺、先生に謝ってきます」

 「うん。良い子だね」


 ふわりと微笑んだ御坂さんが、拾った貝を掲げて見せてくれた。


 「ちゃんと仲直りできたら、今日の記念に、この貝で、高谷さんとお揃いのストラップ作ってあげるからね」


 得意げに言う御坂さんに、俺は笑い返して「御坂さん」と口を開いた。御坂さんは「ん?」と、優しく先を促してくれる。

 
 「俺……先生と暮らす前……ずっと寂しくないって自分に言い聞かせてたんですけど、本当は寂しくて、家に帰りたくなかったんです。家に帰ったら、一人きりだって思い知っちゃうから……」

 「心くん……」


 そういえば、俺は御坂さんにちゃんとしたお礼を言ったことがなかった。自分の気持ちをありのまま話したことがなかった。だから、今、伝えたい。御坂さんが本心を話してくれた今、俺もどれだけ御坂さんに感謝しているかを伝えたいの。


 「だから、あのカフェが……御坂さんたちがいてくれて本当に良かったなって……」


 中学のときは辛かった。お父さんともクラスメイトとも上手くいってなかったのに、毎日家と学校の往復をするだけで、逃げ場がなかった。

 それが高校になってからは、倒れちゃうくらい頑張るほどにバイトに夢中になった。そして、寂しいのを考える時間が減った。

 
 (だから……本当に救われた)


 すごくすごく、救われたの。


 「なので、俺に声をかけてくれて、雇ってくれて、本当にありがとうございました」
 
 「……ああもう、心くんは本当に可愛いなぁ」

 
 ペコリと頭を下げた俺を撫で撫でした御坂さんが、今度は俺の背中を押した。それはすごく優しくて、勇気をもらえる手のひらのぬくもり。
 

 「行っておいで」
 
 「……はいっ」
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