先生、おねがい。

あん

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137-高谷広side

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 「てか、何で先生いるの?」


 心の隣の席をゲットして、すっかりご機嫌になった山田が、運転席を覗き込むようにして問いかけてきた。


 「兄ちゃんの後輩ってのは分かったけど、それで来たの?兄ちゃん、俺含めて部外者呼びすぎじゃね?そんな勝手して良いの?」

 「お前な、連れて来てやってんのに生意気」


 最後列の尾上さんが苦笑まじりに言う。そんな尾上先輩に、山田は唇を尖らせた。


 「でもさービックリしたんだもん」
 

( ……まあここまできたら、言わないわけにはいかないよな)


 「従兄弟なんだよ。心の」


 バックミラー越しに山田に笑いかける。


 「えっ!?心って……望月のこと!?」

 「ああ」

 「うえっ、えー!!マジで!?」

 「そ。だから保護者みたいなもん。生徒たちには言ってないから、これ秘密な」

 「おっしゃ分かった!!任せろ!!でも……な、なんか、二人だけの秘密って良いよなっ」


(いや、二人だけじゃないから)


 頬を染めてモジモジと心を見る山田に、俺は内心ツッコミを入れた。その一方で心は「そうだね」と力なく笑い、その元気のない反応に胸が痛む。


 「……」

 「……大人の嫉妬ほど醜いものはねえな」


 後部座席が山田トークで盛り上がっている頃、助手席の戸塚君が俺だけに聞こえるように呟いた。図星を突かれて、思わずハンドルを握る力がギュッと強まる。


 「誰のせいだと……」

 「あの山田ってやつだろ?何も言えないセンセイの代わりに、引き離してやったんじゃねえか」

 「それは……感謝してるけど、やり過ぎ」

 「ふん。ちょっと触っただけだろ」

 「それでも駄目」


 (心に触って良いのは俺だけだ)


 あの場でそう言えたら、どんなに楽だったか。

 どんなに心のことを想っていようが、俺は大人で教師だ。生徒である山田に、嫉妬や敵意を向けるわけにはいかない。俺はこれからも山田の担任をしていかないといけないのだから、仕事に私情を挟むなんて最悪すぎる。

 だから、心と山田が抱き合う姿を見ても、引き離すことは疎か、何も言うことが出来なかった。

 けれど内心はもの凄く嫉妬していて、それをさとった戸塚君が代わりに心を山田から引き離してくれた。

 だからつまり、戸塚君は良い奴で、あの行動は俺のことを考えてのものだって分かっていたけど、それでも……いや、そんな戸塚君だからこそ、妬けるものは妬ける。

 あんな俺には出来ないことを簡単にやってのける戸塚君が、羨ましくて仕方なかった。


 (ていうか、ほんとやり過ぎだろ……最後の方はなんか愉しんでたし)


 あの高校生とは思えない、頬の撫で方。心もビクビク震えてたし。あまりに動揺して、心に変な態度を取ってしまった。


 (心、気にしてるよなぁ……)


 バックミラー越しに見える浮かない顔。皆の手前、一応笑顔で振舞っているが、やっぱり悲しそうだ。あんなにこの日を楽しみにしてたのに、これじゃあ初めての海水浴が最悪な思い出になってしまう。そう思うと、罪悪感に押しつぶされそうだった。


 「はぁ……」

 「はっ。いい気味だな、淫行教師」

 「……」


 本当に戸塚君は読めない男だ。優しかったり、厳しかったり。まあ、根がいい子なんだなと思うけど。

 ……ただ、戸塚君も山田も、心のことが大好きだということ。大切に思ってるということ。これだけは分かる。

 二人ともそれぞれ人間としてもの凄く魅力的で。こんな情けない年上よりも、年が近くて色々分かり合えるどちらか二人を選ぶんじゃないかって。それがすごく怖いんだ。



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