先生、おねがい。

あん

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 「だから、俺は行きませんって」

 「お願い、戸塚くん。他の二人は不参加なの」

 「戸塚。御坂さんがこんなに頼んでるんだから」

 「俺なんかいてもいなくても同じじゃないっすか」

 「……この、マセガキ。めんどくさいな」

 「ああ!?」


 静かな更衣室で着替えを済まし、モップを持ってホールに来たら、繰り広げられていたこの状況。テーブルを拭いて開店準備をしている戸塚君を、大人二人が取り囲んでいる。


 「あ、あの……どうしたんですか?」


 恐る恐る声をかけると、御坂さんがパアッと表情を明るくした。


 「心くん!あのね、二人が夏休みに入ってからの定休日、海に行かない?」

 「海、ですか?」

 「そう。慰労会ってことでって計画したんだけど、まあ当然のごとく社会人スタッフは全滅」


 尾上さんが、苦笑いをしながらそう教えてくれる。


 (俺と戸塚君以外のスタッフさんは、主婦の女の人が二人だっけ……)


 シフトが被らないからよく知らないけど、家庭もあるし、他のパートもあるのだろう。来られないのも仕方ない。


 (海、行ってみたい……けど)


 「あの、すみません。俺……先生に聞いてみないと」


 俺の勝手で出掛けるわけにはいかないし、まずは先生の許可を得なければ。駄目だって言われるとは思わないけど、一応。

 そんな俺に、尾上さんがニヤリと笑った。


 「大丈夫。さっき連絡したら、行けるって」

 「え……誰が、ですか?」

 「広。その日なら、有給取れるって」

 「え!」


 尾上さんの言葉に驚いて、俺は思わず大きな声を出してしまった。


 (嘘……! 先生も一緒に?本当に?)

 
 そんな夢みたいなことあるだろうか。


 「い、良いんですか?」


 あまりにも自分に都合のいい展開に不安になって、御坂さんに確認を取ってしまった。そんな俺に、御坂さんはふわりと微笑んでくれる。


 「もちろんだよ~。人数は多い方が楽しいしね。尾上くんの知り合いも呼んだんだよ」

 「そうそう」

 「……っ」

 
 (わあっ……嬉しい、嬉しいっ)


 まさか先生と海へ遊びに行けるなんて。思わぬ展開に、によによが抑えられない。

 ぽっぺに手を当てて幸せを噛み締めていると、戸塚君がガシッと俺の手を掴んだ。そのまま引き寄せられて、ぽっぺをムニっとつねられる。


 「と、とふかふんっ……?」


 そんな言葉になってない俺の呼びかけを華麗に無視した戸塚君が、尾上さんをギロッと睨んだ。


 「そんなの俺一言も聞いてねえんですけど」

 「ん?どこぞのマセガキ君は行かないんだし、関係ないんじゃないか?」

 「チッ……このっ」


 なんとも険悪な雰囲気。なだめようにも、ほっぺを抑えられていてどうすることもできなくて、残る一人に視線を送ると、御坂さんは困ったように笑った。


 「まあまあっ。戸塚くんも来てくれるってことで良い?」


 そんな御坂さんの助け船に、戸塚君は一瞬グッとつまってから、俺のほっぺから手を離し、渋々と口を開いた。


 「……お願いします」

 「やったぁ。じゃあ、決まりだね~」

 「最初からそう言っとけばいいのに」

 「ああ!?」

 「ま、まあまあ、二人ともっ」


 そんな三人の様子を、俺は浮かれた気持ちで眺めていた。

 
 (楽しみだなぁ)





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