先生、おねがい。

あん

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 バイトが終わり、戸塚君と一緒に歩いて帰宅。家に着くまでの間、たわいのない会話をする。


 「リレー?お前足速いの?」

 「クラスで三番目……あ、でも、陸上部は抜いて考えてだけど」

 「ふーん」

 「戸塚君の学校の体育祭は?」

 「俺んとこは、球技大会が7月にあるっぽい」

 「そうなんだ」


 球技大会だったら球技が下手な俺には向かないな、なんて思っていたら、突然スマホが鳴った。滅多に鳴らない着信音を不思議に思い、表示を見てさらに驚いた。

 
 「望月?」


 スマホを片手に固まる俺を怪訝に思った戸塚君が、顔を覗き込んでくる。


 「あ……お父さん、から」


 そう言うと、戸塚君は眉を寄せた。


 「……出れば」

 「う、うん」


 言われるがまま通話ボタンを押すと、厳しい声が耳に響いた。


 『心か』


 (久々に聞いた……お父さんの声)


 嬉しいような苦しいような、複雑な思いを胸に、俺は口を開く。


 「はい……えっと、どうしたんですか?」

 『どうしたも何も、お前、家に帰って来ただろう』

 「え……」

 『鍵はきちんと締めなさい』

 「あ……」


 そういえば飛び出したから、鍵を締めるのを忘れていた。


 「ご、ごめんなさい……」

 『まったく……広からも連絡が来た』

 「先生から……?」


 ドキッと胸が跳ねた。先生に嘘がバレたかもと思ったからだ。そんな俺の心配を感じ取ったお父さんが、ため息をひとつ吐く。


 『あいつには話を合わせておいた。あいつは偽善的で面倒だ』

 「……っ」


 「誰に似たんだか」とぼやいたお父さんに、思わずスマホを握る手に力が入る。先生は本当に優しいのに、そう言われたことが悔しい。それなのに何も言い返せない自分がすごく嫌だった。


 『どこにいようがお前の勝手だが、面倒だけはかけるなよ』


 お父さんは俺が今どこにいるのかさえ聞かない。それどころか、今の言葉から、“帰ってこないで欲しい”って思いが、ありありと分かった。

 涙が出そうで、でもそれさえもったいない気がして、唇を噛み締める。


 「分かり、ました……」


 声が震えそうなのを必死に堪えて、画面をタップした。心配そうに見つめてる戸塚君に、俺は力なく笑いかけた。


 「あは……ごめ、戸塚君。先に、帰ってて……」

 
 やっぱり泣きそうで、でも泣いたら戸塚君にまた迷惑をかけるから、少しだけ一人になりたかった。だけど、戸塚君は俺の意に反して、俺の腕を引っ張った。


 「戸塚君……っ」


 往来で抱きしめられ、早く離れなきゃ駄目なのに、俺は戸塚君を押し返すことが出来なかった。力強く抱きしめられてるからというのもあるけど、ただ単に戸塚君の温もりに安心してしまったのだ。


 ──先生に会いたい。


 そんな感情は無視するように心の奥底に押し込めて、俺は戸塚君の胸の中で声を押し殺した。

 
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