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「いーじゃーん。他に客いないしさぁ。こっちで色々話そうよ」
「こ、困ります……!」
お店が空いてきて閉店間際になった頃、俺はガラの悪いお客さんに絡まれていた。手を掴まれていて、逃げようにも逃げられない。
(ど、どうしよう……)
お客さんが一人だけだから、ホールには俺一人。尾上さんは厨房にいるし、戸塚君は多分裏の清掃をしてるはず。そこからここが見えるはずないから、自分でどうにかするしかない。
「ほーらー。おいでって」
「い、いや……」
(怖いっ……)
どうしたらいいのか分からなくてギュッと目を瞑った瞬間、カランカランと店の扉が開く音がして、すぐに背後からグイッと引っ張られた。
一瞬何が起こったのか分からなくて戸惑ったけど、すぐに状況が分かる。
「うちの子に何か用ですか」
凛とした声。
いつもの穏やかな声とは違い、静かな怒りをはらんだ声だったけれど、大好きなこの声を分からないわけがない。この声は、間違いなく高谷先生のものだ。
(でも……なんで……?)
夢かもと思ったけど、恐る恐る見上げた先には本当に高谷先生がいて、お客さんから俺をかばうように立ってくれてる。
こんな状況なのに『うちの子』と呼ばれたことに胸がキュッとなって、同時に安心感から涙が出そうになった。抱きつきたい衝動をグッと堪えて、先生のスーツの裾を少しだけ掴む。
「あんた誰?」
「この子の保護者みたいなものです。あんまりしつこいと警察呼びますけど」
「はあ?……チッ、うっぜ。シラけた」
お客さんは乱暴に席から立ち上がり、入り口へと歩いて行く。
(えっ、お会計──)
「あ、あのっ──」
慌てて呼び止めようとした瞬間
──ダンッ
と長い足が、お客さんが出て行く直前の扉を蹴りつけた。
「お客さまぁ、会計お願いします」
いつのまにかホールに来ていた戸塚君が、これ以上ないくらいに不機嫌な様子でお客さんを睨みつける。赤髪ピアスの戸塚君には、ガラの悪いお客さんもビックリしたようで、今度はそそくさとお金を払って出て行った。
それを見届けた戸塚君は、こっちに向かって舌打ちをして、奥へと戻って行った。
(怒ってる……)
当たり前だ。いつも気をつけろって言われているのに、こうも成長が見られないんじゃ呆れもする。対処出来なかった自分自身への情けなさに、手の力をギュウッと強めた。
「心、大丈夫だった?」
「え……あっ」
その声に、自分が未だに裾を掴んでいたことに気付き、慌てて手を離す。
「は、はいっ……でも先生、どうして……?」
「仕事終わったのがちょうど良い時間だったから、やっぱり迎えに来たんだ。外で待ってたら、窓から心が見えて。……ほんと、来て良かった」
先生は困ったように笑って、俺のほっぺをスルリと撫でた。先生の手の温度と、安堵した表情に、胸がきゅうっとなった。
「ありがと、ございます……ごめんなさい……」
(また迷惑かけちゃったな……)
それが申し訳なくて、しゅんとしていたら、今度は頭をわしゃわしゃと撫でられた。
「しーん。そんな顔しないの。外で待ってるから、残りの仕事頑張ってな」
「……はい」
(嬉しい……)
先生が出て行くのを見送りながら、そんなことを思う。
未だに胸がドキドキして、先生に引っ張られた腕の感覚がいつまでも残ってる。
迷惑かけたくせに何浮かれてるんだって言われてしまうかもしれないけど、怖いって思ったとき、真っ先に頭に浮かんだのは先生の姿だったから、来てくれてすごく嬉しかった。
先生は、いつも俺のことを助けてくれる。優しくて、頼りになって、誰よりも幸せを感じさせてくれる人。
(こんなの……好きにならない方が、おかしいのかも……)
松野君に恋だと言われても、まだ半信半疑だったけど、この胸の高鳴りがそれが事実だと訴えていた。
(先生が……好き……)
そう自覚して──このとき、俺は完全に恋に落ちたのだ。
「いーじゃーん。他に客いないしさぁ。こっちで色々話そうよ」
「こ、困ります……!」
お店が空いてきて閉店間際になった頃、俺はガラの悪いお客さんに絡まれていた。手を掴まれていて、逃げようにも逃げられない。
(ど、どうしよう……)
お客さんが一人だけだから、ホールには俺一人。尾上さんは厨房にいるし、戸塚君は多分裏の清掃をしてるはず。そこからここが見えるはずないから、自分でどうにかするしかない。
「ほーらー。おいでって」
「い、いや……」
(怖いっ……)
どうしたらいいのか分からなくてギュッと目を瞑った瞬間、カランカランと店の扉が開く音がして、すぐに背後からグイッと引っ張られた。
一瞬何が起こったのか分からなくて戸惑ったけど、すぐに状況が分かる。
「うちの子に何か用ですか」
凛とした声。
いつもの穏やかな声とは違い、静かな怒りをはらんだ声だったけれど、大好きなこの声を分からないわけがない。この声は、間違いなく高谷先生のものだ。
(でも……なんで……?)
夢かもと思ったけど、恐る恐る見上げた先には本当に高谷先生がいて、お客さんから俺をかばうように立ってくれてる。
こんな状況なのに『うちの子』と呼ばれたことに胸がキュッとなって、同時に安心感から涙が出そうになった。抱きつきたい衝動をグッと堪えて、先生のスーツの裾を少しだけ掴む。
「あんた誰?」
「この子の保護者みたいなものです。あんまりしつこいと警察呼びますけど」
「はあ?……チッ、うっぜ。シラけた」
お客さんは乱暴に席から立ち上がり、入り口へと歩いて行く。
(えっ、お会計──)
「あ、あのっ──」
慌てて呼び止めようとした瞬間
──ダンッ
と長い足が、お客さんが出て行く直前の扉を蹴りつけた。
「お客さまぁ、会計お願いします」
いつのまにかホールに来ていた戸塚君が、これ以上ないくらいに不機嫌な様子でお客さんを睨みつける。赤髪ピアスの戸塚君には、ガラの悪いお客さんもビックリしたようで、今度はそそくさとお金を払って出て行った。
それを見届けた戸塚君は、こっちに向かって舌打ちをして、奥へと戻って行った。
(怒ってる……)
当たり前だ。いつも気をつけろって言われているのに、こうも成長が見られないんじゃ呆れもする。対処出来なかった自分自身への情けなさに、手の力をギュウッと強めた。
「心、大丈夫だった?」
「え……あっ」
その声に、自分が未だに裾を掴んでいたことに気付き、慌てて手を離す。
「は、はいっ……でも先生、どうして……?」
「仕事終わったのがちょうど良い時間だったから、やっぱり迎えに来たんだ。外で待ってたら、窓から心が見えて。……ほんと、来て良かった」
先生は困ったように笑って、俺のほっぺをスルリと撫でた。先生の手の温度と、安堵した表情に、胸がきゅうっとなった。
「ありがと、ございます……ごめんなさい……」
(また迷惑かけちゃったな……)
それが申し訳なくて、しゅんとしていたら、今度は頭をわしゃわしゃと撫でられた。
「しーん。そんな顔しないの。外で待ってるから、残りの仕事頑張ってな」
「……はい」
(嬉しい……)
先生が出て行くのを見送りながら、そんなことを思う。
未だに胸がドキドキして、先生に引っ張られた腕の感覚がいつまでも残ってる。
迷惑かけたくせに何浮かれてるんだって言われてしまうかもしれないけど、怖いって思ったとき、真っ先に頭に浮かんだのは先生の姿だったから、来てくれてすごく嬉しかった。
先生は、いつも俺のことを助けてくれる。優しくて、頼りになって、誰よりも幸せを感じさせてくれる人。
(こんなの……好きにならない方が、おかしいのかも……)
松野君に恋だと言われても、まだ半信半疑だったけど、この胸の高鳴りがそれが事実だと訴えていた。
(先生が……好き……)
そう自覚して──このとき、俺は完全に恋に落ちたのだ。
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