先生、おねがい。

あん

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 俺は本来、授業を真面目に受ける方だけど、今日ばかりは例外だった。

 もう昼になるのに、今日習ったことは一つも覚えていない。

 それもそのはず。


 『俺達、家族になろう』


 その後に続いた言葉は『一緒に暮らそう』で。つまりそれは、そのままの意味で。でも先生は強制するつもりはないようで、今日の放課後に返事をすることになった。

 答えはもちろん、いいえ。

 今まで他人だと思ってた人にこれ以上迷惑かけたくない。

 きっと先生は同情して言ってくれたに違いないから。だから俺からちゃんと断らなきゃ。


 (……そう思うのに)


 先生の優しさから抜けられない。

 誰かにあんなに気にかけてもらったのは初めてのことだった。

 眠るときの『おやすみ』
 起きたときの『おはよう』
 出掛けるときの『行ってらっしゃい』と『行ってきます』

 先生がかけてくれた言葉があまりにも懐かしくて、涙が出そうなほど嬉しかった。

 先生の手の温度はとても落ち着いて、声はとても安心する。

 それこそ、ずっと一緒にいたいくらいに。


 「はぁ、どうしよ……」

 「何が?」

 「……!?」


 独り言に返事が返ってきて、思わず身を引く。椅子から見上げた先には、いつもの元気な彼がいた。


 「山田、君……」

 「よっ!望月、今日は購買行かんの?」

 「え……」


 (何でいつも俺が購買行ってるの知ってるんだろう)


 そう不思議に思ったけど、すぐに思い直す。

 クラスメートの昼食事情なんて少し教室内を見回せば分かること。それなのに、自意識過剰になってしまった自分が恥ずかしい。


 「えと……今日は、お弁当だから」


 羞恥心を紛らわすように、鞄からお弁当箱を取り出して机の上に置く。

 お弁当、と言っても家にあったタッパーだけど。なんと先生は昼食まで作ってくれて、家を出るときに持たされたのだ。


 「まじ!?いいなぁ!」


 (うん。すごく嬉しい……)


 心の中でそう思うも、すぐに次の光景に目を疑った。

 なぜなら、山田君が当然のように前の席の椅子に跨って、コンビニ弁当を広げ出したからだ。

 
 (え、こ、ここで……!?)


 なんの変哲もないお昼休みの光景のように見えるけど、これはとってもおかしな状況。

 人気者の山田君のことだから、きっといつもは別の人と食べているはず。それなのに、いきなり俺と食べるのはどう考えても変だと思う。


 「あの、山田君……?」


 意を決して話しかけると、割り箸を持った山田君が首を傾げる。


 「ん?」

 「えっと……俺と食べていいの?」

 「もちろん!」

 「でも……」


 はっきり言えない俺のせいで、俺たちの間には微妙な空気が流れた。しばらくして、はっと何かを察した山田君が苦笑を漏らす。


 「あ、もしかして迷惑?わりっ、俺自分のことばっか考えてた!」

 「そ、そんなことないけど……むしろ、俺の方が迷惑じゃないかなって」

 「何で?俺は望月と食べたくて来たのに」

 「え?」

 「俺さ、ずっと望月と仲良くしたかったんだ。でも望月、いつもすぐにどっか行っちゃうだろ?だから、今日は一緒に食べてくれると嬉しい」


 そう言ってニカッと笑う山田君はキラキラしてて、やっぱり自分とは別世界の人だとつくづく思った。

 ……なんて、本当はただの卑屈な考えだって分かってる。だけど、どうしても自分と人を比べてしまうんだ。

 俺はこの人たちとは違う。中心じゃなくて隅っこが似合ってる人間だから。


 (だから、こんな俺が先生と一緒に暮らすなんて……)




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