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撃ち抜けヴァージン-1
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あたしは和泉の背に手を回した。そっとベッドのほうへ引っ張ると、腰に回された腕が少し躊躇ったようにそっとシャツの中に入ってきた。ぷち、と小さな音がして、体を締め付けていたブラジャーが浮く。今朝何色のブラをつけたっけ。そんな思考はキスで遮られた。
二人分の体重にベッドが軋み、枕に沈んだ頭を和泉の手が大丈夫だと言わんばかりに何度も撫でてくる。体の芯から震えそうになり、キスの合間に吐息を漏らす。だが、和泉が気づいたように口を離した。はっきりとした泣きぼくろの目がこちらを見下ろす。
「震えてる。寒い?」
「違う。でも、大丈夫」
すると和泉は目を伏せて「そう」と言って、きつく抱きしめてきてからキスをくれた。ちゅ、ちゅ、とくちびるが音を立てるたびに体の中で熱がぱちぱちと弾けて、気づけば震えは止まっていた。和泉の髪に手櫛を通し、湿り気を残したくせっ毛が指の間を抜けていくのを楽しむ。だが、その左腕を掴まれて引き寄せられ、指と指を交差させて手を握り締められた。
和泉の左手がルームウェアをたくし上げ、空気にさらされた肌がひんやりとした。それを温めるように大きな手が腹に乗る。
だが、そこまでだった。和泉の手が強張ったように動きが鈍くなり、キスが止まった。二つのくちびるが離れるのを嫌がるように名残を残し、ぷつっと弾けて別れる。
「……ごめん」
背後に天井の光を背負った和泉が赤くした目を逸らした。
「ごめん……無理だ」
絞り出すような声にあたしは目を瞑った。
「姫宮さんが嫌いとかじゃないよ。だけど、これ以上できない」
ぽたっとあたしの頬に一粒落ちてきて、目蓋を開いた。和泉の睫毛の先からぱたぱたと粒が落ちてきて、ルームウェアにぽつぽつと濃い色を広げる。あたしは深く息を吸って「そっか」と答えた。
「人にやられて嫌なことはできないよね」
和泉が苦しそうに顔を逸らし、体を起こす。あたしも起き上がって、和泉の涙で濡れた頬を親指の腹で拭った。和泉がベッドから足を床に下ろし、また背を丸めて手で顔を覆う。
「ごめん。俺、ひどいよね」
「あたしはそう思ってないよ」
「嫌々でも別の男とそういうことをして、姫宮さんとは無理だって言ってるんだよ」
「あたしのこと、好き?」
「こんな状況でもう言えないよ」
「それなら、あたし、待ってるよ」
あたしの力強い言葉に和泉がそろりと顔から手を離した。その顔に訴えかける。
「待ってる。イズミンが嫌なことを嫌って言えて、好きなことを好きって言えるまで待ってる。それでいい?」
すると和泉は見る見るうちに顔を歪ませた。
「俺はもし明日柊馬君に呼び出されたら……行くだろうし、姫宮さんがそんな俺を待ってるなんて信じ続ける自信がない」
それを聞き、あたしはベッドから立ち上がった。和泉の視線を無視してブラジャーのホックを留め、部屋を出て台所へ行く。自室に戻ると、一人取り残されていた和泉が怪訝そうにこちらの手の中を見た。
「それ、なに?」
「保冷剤。ケーキを買ったときについてきた」
保冷剤をベッドに置き、不安そうな顔の和泉の隣に座った。きちんと顔を見て言う。
「イズミンの行動はあたしには変えられない。でも、待ってることをイズミンに伝わるように行動することはできる」
あたしは机の上にある未開封のピアッサーを手に取った。ピアスを開けた友人を見ていいなと思って買ったものの、穴を開けるのが怖くて使っていなかったものだ。アクアマリンの色のピアスがはまっているそれを和泉の手に押しつける。
「それであたしにピアスを開けて。イズミンに開けてもらったピアスをつけてる間は待ってるっていう合図にするから。毎日教室であたしの耳を見て確かめて」
ピアスの語に和泉が「えっ」と目を見開き、慌てたようにピアッサーの裏の説明を読み出す。あたしは右耳の耳たぶに保冷剤をあてて冷やし始めた。すぐに指先も冷えて痛くなってくる。
「こうやって耳を冷やしてから開けるんだって。ピアスを開けたかったからちょうどいいよ」
だが、和泉は焦ったようにピアッサーとあたしを交互に見た。
「これでピアスを開けたことがあるの? 俺、ピアスのことなんてなにも分からない」
「初めて開けるけど、簡単らしいよ。ホチキスを留めるのと変わらないって聞いた」
「でも……穴を開けるなんて、姫宮さんを傷つけるみたいだし」
顔をしかめる和泉に冷たくなる耳を感じながらそっと本音をこぼした。
「あたしだって不安になるかもしれないでしょ。だから、毎日確認してほしいの。ピアスを見てくれてるうちはイズミンを信じ続けるから」
すると和泉は打って変わって真剣な顔つきになり、ピアッサーを開封した。中から説明書を取り出し、その文章を読むために目線が左右を往復する。それから中から取り出したそれの構造を確かめた。
あたしは通学カバンの中からバラの形をした白の手鏡を取り出し、ペンケースを開けた。鏡を見ながらシャーペンで耳たぶに灰色の点をつける。
「印をつけたから。そこに開けて」
すると和泉は黙って頷き、ピアッサーにあたしの耳たぶを挟んだ。緊張に顔を強張らせてこちらを見る。あたしもぐっとくちびるを噛みしめた。
「初めてって、痛いよね」
「でも、イズミンならいいよ」
目がしっかりと合った次の瞬間、バチンという爆発音が耳元で弾けた。耳たぶをぶすりと貫いていく感覚に体中がカッと熱くなり、急に汗が噴き出す。衝撃で感覚の飛んだ耳たぶが、すぐに息を吹き返してじんじんと痛み出した。思わず耳を触ってしまう。耳たぶの後ろには鋭くとがった先端が突き抜けていて、指先で触るとちくちくと皮膚を押してくる。その鋭さは和泉のバットが放ったボールと同じようで、あの日見た和泉のバットを振る後ろ姿を思い出させる。
「このピアス、きれいな色だね」
はっとすると、微笑した和泉がこちらの耳を見ていた。
「金髪にすごく似合ってる。水色が好きなの?」
「本当はピンクが一番好き。でも、それじゃ子どもっぽいかと思って」
和泉はそれには返事をせず、あたしの長い髪を優しい手つきで耳にかけてくれた。右耳にはまだ鈍い痛みが残っていて、あたしはその甘美な痛みを忘れないようにと胸に刻んだ。
「あたし、待ってるから」
そっと両頬に手を添えて、額同士をくっつける。
「好きって千尋が言えるまで待ってる」
「……うん」
和泉の両手が伸びてきて、あたしの体をぎゅっと抱き寄せた。その温かさに目を瞑る。
「ありがとう、璃々子」
優しい言葉に包まれて、和泉の思いもまるごと抱きしめた。
二人分の体重にベッドが軋み、枕に沈んだ頭を和泉の手が大丈夫だと言わんばかりに何度も撫でてくる。体の芯から震えそうになり、キスの合間に吐息を漏らす。だが、和泉が気づいたように口を離した。はっきりとした泣きぼくろの目がこちらを見下ろす。
「震えてる。寒い?」
「違う。でも、大丈夫」
すると和泉は目を伏せて「そう」と言って、きつく抱きしめてきてからキスをくれた。ちゅ、ちゅ、とくちびるが音を立てるたびに体の中で熱がぱちぱちと弾けて、気づけば震えは止まっていた。和泉の髪に手櫛を通し、湿り気を残したくせっ毛が指の間を抜けていくのを楽しむ。だが、その左腕を掴まれて引き寄せられ、指と指を交差させて手を握り締められた。
和泉の左手がルームウェアをたくし上げ、空気にさらされた肌がひんやりとした。それを温めるように大きな手が腹に乗る。
だが、そこまでだった。和泉の手が強張ったように動きが鈍くなり、キスが止まった。二つのくちびるが離れるのを嫌がるように名残を残し、ぷつっと弾けて別れる。
「……ごめん」
背後に天井の光を背負った和泉が赤くした目を逸らした。
「ごめん……無理だ」
絞り出すような声にあたしは目を瞑った。
「姫宮さんが嫌いとかじゃないよ。だけど、これ以上できない」
ぽたっとあたしの頬に一粒落ちてきて、目蓋を開いた。和泉の睫毛の先からぱたぱたと粒が落ちてきて、ルームウェアにぽつぽつと濃い色を広げる。あたしは深く息を吸って「そっか」と答えた。
「人にやられて嫌なことはできないよね」
和泉が苦しそうに顔を逸らし、体を起こす。あたしも起き上がって、和泉の涙で濡れた頬を親指の腹で拭った。和泉がベッドから足を床に下ろし、また背を丸めて手で顔を覆う。
「ごめん。俺、ひどいよね」
「あたしはそう思ってないよ」
「嫌々でも別の男とそういうことをして、姫宮さんとは無理だって言ってるんだよ」
「あたしのこと、好き?」
「こんな状況でもう言えないよ」
「それなら、あたし、待ってるよ」
あたしの力強い言葉に和泉がそろりと顔から手を離した。その顔に訴えかける。
「待ってる。イズミンが嫌なことを嫌って言えて、好きなことを好きって言えるまで待ってる。それでいい?」
すると和泉は見る見るうちに顔を歪ませた。
「俺はもし明日柊馬君に呼び出されたら……行くだろうし、姫宮さんがそんな俺を待ってるなんて信じ続ける自信がない」
それを聞き、あたしはベッドから立ち上がった。和泉の視線を無視してブラジャーのホックを留め、部屋を出て台所へ行く。自室に戻ると、一人取り残されていた和泉が怪訝そうにこちらの手の中を見た。
「それ、なに?」
「保冷剤。ケーキを買ったときについてきた」
保冷剤をベッドに置き、不安そうな顔の和泉の隣に座った。きちんと顔を見て言う。
「イズミンの行動はあたしには変えられない。でも、待ってることをイズミンに伝わるように行動することはできる」
あたしは机の上にある未開封のピアッサーを手に取った。ピアスを開けた友人を見ていいなと思って買ったものの、穴を開けるのが怖くて使っていなかったものだ。アクアマリンの色のピアスがはまっているそれを和泉の手に押しつける。
「それであたしにピアスを開けて。イズミンに開けてもらったピアスをつけてる間は待ってるっていう合図にするから。毎日教室であたしの耳を見て確かめて」
ピアスの語に和泉が「えっ」と目を見開き、慌てたようにピアッサーの裏の説明を読み出す。あたしは右耳の耳たぶに保冷剤をあてて冷やし始めた。すぐに指先も冷えて痛くなってくる。
「こうやって耳を冷やしてから開けるんだって。ピアスを開けたかったからちょうどいいよ」
だが、和泉は焦ったようにピアッサーとあたしを交互に見た。
「これでピアスを開けたことがあるの? 俺、ピアスのことなんてなにも分からない」
「初めて開けるけど、簡単らしいよ。ホチキスを留めるのと変わらないって聞いた」
「でも……穴を開けるなんて、姫宮さんを傷つけるみたいだし」
顔をしかめる和泉に冷たくなる耳を感じながらそっと本音をこぼした。
「あたしだって不安になるかもしれないでしょ。だから、毎日確認してほしいの。ピアスを見てくれてるうちはイズミンを信じ続けるから」
すると和泉は打って変わって真剣な顔つきになり、ピアッサーを開封した。中から説明書を取り出し、その文章を読むために目線が左右を往復する。それから中から取り出したそれの構造を確かめた。
あたしは通学カバンの中からバラの形をした白の手鏡を取り出し、ペンケースを開けた。鏡を見ながらシャーペンで耳たぶに灰色の点をつける。
「印をつけたから。そこに開けて」
すると和泉は黙って頷き、ピアッサーにあたしの耳たぶを挟んだ。緊張に顔を強張らせてこちらを見る。あたしもぐっとくちびるを噛みしめた。
「初めてって、痛いよね」
「でも、イズミンならいいよ」
目がしっかりと合った次の瞬間、バチンという爆発音が耳元で弾けた。耳たぶをぶすりと貫いていく感覚に体中がカッと熱くなり、急に汗が噴き出す。衝撃で感覚の飛んだ耳たぶが、すぐに息を吹き返してじんじんと痛み出した。思わず耳を触ってしまう。耳たぶの後ろには鋭くとがった先端が突き抜けていて、指先で触るとちくちくと皮膚を押してくる。その鋭さは和泉のバットが放ったボールと同じようで、あの日見た和泉のバットを振る後ろ姿を思い出させる。
「このピアス、きれいな色だね」
はっとすると、微笑した和泉がこちらの耳を見ていた。
「金髪にすごく似合ってる。水色が好きなの?」
「本当はピンクが一番好き。でも、それじゃ子どもっぽいかと思って」
和泉はそれには返事をせず、あたしの長い髪を優しい手つきで耳にかけてくれた。右耳にはまだ鈍い痛みが残っていて、あたしはその甘美な痛みを忘れないようにと胸に刻んだ。
「あたし、待ってるから」
そっと両頬に手を添えて、額同士をくっつける。
「好きって千尋が言えるまで待ってる」
「……うん」
和泉の両手が伸びてきて、あたしの体をぎゅっと抱き寄せた。その温かさに目を瞑る。
「ありがとう、璃々子」
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