22 / 24
ラズベリーケーキとアップルパイ-3
しおりを挟む
「……さっき自分の気持ちを言っても無駄だって言ったけど、無駄になるなら俺も本当のこと言おうかな」
独り言のように呟いた和泉がはにかんだ。
「俺、姫宮さんが好きだよ。俺すらどうでもいいと思ってた俺のことを気にかけてくれて、すごく優しい子だって分かった。見た目で別世界の子だなって思ってたけど、俺の偏見だったよ」
一瞬息をするのを忘れた。そんなこちらを見た和泉が「気持ち悪いことを言ってごめん」と謝り、ようやく「好き」の言葉が胸に浸透した。
「姫宮さんにありがとうって伝えたかった。姫宮さんの答えは求めてないから気にしないで」
和泉はそう言い切ると、あたしから目を逸らしてケーキの残りカスが落ちている皿を見つめた。だが、照れたように少し赤くなった頬が和泉の気持ちを語っている。いつも碓氷と話す横顔はなんの感情も宿さず、無表情なことが多かった。その和泉が初めて見る表情をしている。
「……イズミン」
あたしは立ち上がってローテーブルをよけて膝をつき、和泉を真正面に捉えて座り直した。そして床に投げ出されていた和泉の手を上からぎゅっと握る。温まった手は節がしっかりしていて大きい。弾けるようにこちらを見た和泉の顔を、目を逸らさず見つめる。
「自分の意見や気持ちを言ってもなにも変わらないって、本当なんだね」
青春まっただ中の高校生の世界は狭くて、大人になると世界は酷く複雑になるのだろう。それに巻き込まれた碓氷も和泉も、のんびりと子どもでいることができなくなってしまった。そしてそれを知ったあたしも大人の世界を垣間見たのだ。
「イズミンのお母さんと碓氷のお父さんが本当に好き合ってるなら、碓氷にもイズミンにも留められないんだよね。だから、碓氷とチューしてるイズミンのことを好きになったこの気持ちも、誰にも止められない。イズミンが答えを求めてなくても、これが答え」
重ねた手に力を込めて握ると、和泉の口がぽかんと開いた。目が丸くなって瞬きもせずにこちらを見る。だが、笑ってくれると思った顔は曇り、ゆっくりと俯いて背中を丸めた。
「姫宮さんって本当に変わってるね……俺なんかを好きになるなんておかしいよ……」
「信じられない?」
「だっておかしいでしょ……俺は柊馬君と」
単語が飛び出す前にあたしは和泉の手を引っ張った。それをぎゅっと自分の左胸に当てる。和泉が慌てて手を引っ込めようとしたが、あたしは放さなかった。
「この心臓の音、分かる? こんなに緊張したの初めてだし」
ルームウェアから和泉の体温が伝わってきて、体に汗がじんわりと滲んだ。
「確かに、チューもしたことないから恋愛のことはよく分かんない。でも、イズミンを見てると、本当に好きな人とじゃないと意味がないんだろうなって思う。だから、するよ」
身を乗り出して和泉の頬にキスをする。そこでちくりとひげのようなものが当たって、突然和泉がごく普通の男子であるという事実に我に返った。誰もいない家の二人きりの部屋に、後ろにあるベッド。風呂上がりの和泉に部屋着のあたし。さあさあと小さな音を立てて降る雨が、くっきりと二人きりの空間を浮かび上がらせる。
だが、息を呑む前に背中と腰に腕を回されて、和泉の腕の中にあたしの体がすっぽりと収まった。初めて触る男子の体は固くて、骨張っていて、温かい。その熱が移ったかのように急激に顔が熱くなり、早かった心臓の音が更に加速する。触れている部分が熱くて、和泉の肩で邪魔された視界が狭苦しくて、息の仕方を忘れてしまいそうになる。
「姫宮さんって馬鹿だなあ、もう」
耳元で和泉が涙の混じった笑い声を漏らす。
「男に胸を触らせるとかキスするとか、なに考えてんの」
「か、覚悟を見せないと、イズミンは、あたしの気持ち、信じなさそうだから」
きちんと言おうとしたのに声が裏返った。すると和泉がふふっと楽しそうに笑う。
「動揺してる姫宮さんを見たのは初めて」
「それ、ギャル差別。男慣れしてそうって思ってたでしょ」
「そうは言ってない。だけど、姫宮さんがかわいいのは分かったよ」
和泉の大きな手が頭の後ろに添えられた。その手に従い、ゆっくりと薄い胸板に頭を預ける。自分と同じくらい速い鼓動が聞こえて、急に目頭が熱くなった。
「姫宮さん、ありがとう」
和泉の低い声が振動で伝わってくる。
「ありがとね」
次の瞬間にはくちびるを重ねられていた。薄く見えた和泉のくちびるは案外肉厚でやわらかい。聞いたことのあるレモンの味はしなかったが、はちみつのにおいがする。
「もしかして、リップクリーム塗ったの?」
あたしの問いに一度顔を離した和泉が「お風呂からあがったときに」と相好を崩す。
「あたし、塗ってない。だから、ちょうだい」
うんと答えた和泉が眼鏡を外した次の瞬間、口がぶつかった。しっとりとしたくちびるはふわふわで、上を向かされて塗られるようにくちびるを食まれた。和泉の首の後ろに腕を回してクロスする。髪に触れると、どこか湿り気が残っている。次第にくちびるが熱を持ち、口を動かされるたびにぴりぴりとした刺激が体を走り抜ける。初めて知る感覚はむずがゆくて、こちらは恥ずかしくて堪らないのに和泉は止まってくれない。背中に回された手が熱いくらいで、ルームウェアの中が汗を掻いてくる。チッチッチと部屋の時計の針が秒を刻む音がして、その合間にちゅっというリップ音が挟まった。
「これって俺への同情?」
くちびるが離れた隙に和泉が小さく尋ねてくる。あたしは否定した。
「同情なら碓氷にもしてる。今こうしてるのはイズミンが好きだから。イズミンがこうしてるのはあたしへの同情?」
「そんなわけ、ないよ」
独り言のように呟いた和泉がはにかんだ。
「俺、姫宮さんが好きだよ。俺すらどうでもいいと思ってた俺のことを気にかけてくれて、すごく優しい子だって分かった。見た目で別世界の子だなって思ってたけど、俺の偏見だったよ」
一瞬息をするのを忘れた。そんなこちらを見た和泉が「気持ち悪いことを言ってごめん」と謝り、ようやく「好き」の言葉が胸に浸透した。
「姫宮さんにありがとうって伝えたかった。姫宮さんの答えは求めてないから気にしないで」
和泉はそう言い切ると、あたしから目を逸らしてケーキの残りカスが落ちている皿を見つめた。だが、照れたように少し赤くなった頬が和泉の気持ちを語っている。いつも碓氷と話す横顔はなんの感情も宿さず、無表情なことが多かった。その和泉が初めて見る表情をしている。
「……イズミン」
あたしは立ち上がってローテーブルをよけて膝をつき、和泉を真正面に捉えて座り直した。そして床に投げ出されていた和泉の手を上からぎゅっと握る。温まった手は節がしっかりしていて大きい。弾けるようにこちらを見た和泉の顔を、目を逸らさず見つめる。
「自分の意見や気持ちを言ってもなにも変わらないって、本当なんだね」
青春まっただ中の高校生の世界は狭くて、大人になると世界は酷く複雑になるのだろう。それに巻き込まれた碓氷も和泉も、のんびりと子どもでいることができなくなってしまった。そしてそれを知ったあたしも大人の世界を垣間見たのだ。
「イズミンのお母さんと碓氷のお父さんが本当に好き合ってるなら、碓氷にもイズミンにも留められないんだよね。だから、碓氷とチューしてるイズミンのことを好きになったこの気持ちも、誰にも止められない。イズミンが答えを求めてなくても、これが答え」
重ねた手に力を込めて握ると、和泉の口がぽかんと開いた。目が丸くなって瞬きもせずにこちらを見る。だが、笑ってくれると思った顔は曇り、ゆっくりと俯いて背中を丸めた。
「姫宮さんって本当に変わってるね……俺なんかを好きになるなんておかしいよ……」
「信じられない?」
「だっておかしいでしょ……俺は柊馬君と」
単語が飛び出す前にあたしは和泉の手を引っ張った。それをぎゅっと自分の左胸に当てる。和泉が慌てて手を引っ込めようとしたが、あたしは放さなかった。
「この心臓の音、分かる? こんなに緊張したの初めてだし」
ルームウェアから和泉の体温が伝わってきて、体に汗がじんわりと滲んだ。
「確かに、チューもしたことないから恋愛のことはよく分かんない。でも、イズミンを見てると、本当に好きな人とじゃないと意味がないんだろうなって思う。だから、するよ」
身を乗り出して和泉の頬にキスをする。そこでちくりとひげのようなものが当たって、突然和泉がごく普通の男子であるという事実に我に返った。誰もいない家の二人きりの部屋に、後ろにあるベッド。風呂上がりの和泉に部屋着のあたし。さあさあと小さな音を立てて降る雨が、くっきりと二人きりの空間を浮かび上がらせる。
だが、息を呑む前に背中と腰に腕を回されて、和泉の腕の中にあたしの体がすっぽりと収まった。初めて触る男子の体は固くて、骨張っていて、温かい。その熱が移ったかのように急激に顔が熱くなり、早かった心臓の音が更に加速する。触れている部分が熱くて、和泉の肩で邪魔された視界が狭苦しくて、息の仕方を忘れてしまいそうになる。
「姫宮さんって馬鹿だなあ、もう」
耳元で和泉が涙の混じった笑い声を漏らす。
「男に胸を触らせるとかキスするとか、なに考えてんの」
「か、覚悟を見せないと、イズミンは、あたしの気持ち、信じなさそうだから」
きちんと言おうとしたのに声が裏返った。すると和泉がふふっと楽しそうに笑う。
「動揺してる姫宮さんを見たのは初めて」
「それ、ギャル差別。男慣れしてそうって思ってたでしょ」
「そうは言ってない。だけど、姫宮さんがかわいいのは分かったよ」
和泉の大きな手が頭の後ろに添えられた。その手に従い、ゆっくりと薄い胸板に頭を預ける。自分と同じくらい速い鼓動が聞こえて、急に目頭が熱くなった。
「姫宮さん、ありがとう」
和泉の低い声が振動で伝わってくる。
「ありがとね」
次の瞬間にはくちびるを重ねられていた。薄く見えた和泉のくちびるは案外肉厚でやわらかい。聞いたことのあるレモンの味はしなかったが、はちみつのにおいがする。
「もしかして、リップクリーム塗ったの?」
あたしの問いに一度顔を離した和泉が「お風呂からあがったときに」と相好を崩す。
「あたし、塗ってない。だから、ちょうだい」
うんと答えた和泉が眼鏡を外した次の瞬間、口がぶつかった。しっとりとしたくちびるはふわふわで、上を向かされて塗られるようにくちびるを食まれた。和泉の首の後ろに腕を回してクロスする。髪に触れると、どこか湿り気が残っている。次第にくちびるが熱を持ち、口を動かされるたびにぴりぴりとした刺激が体を走り抜ける。初めて知る感覚はむずがゆくて、こちらは恥ずかしくて堪らないのに和泉は止まってくれない。背中に回された手が熱いくらいで、ルームウェアの中が汗を掻いてくる。チッチッチと部屋の時計の針が秒を刻む音がして、その合間にちゅっというリップ音が挟まった。
「これって俺への同情?」
くちびるが離れた隙に和泉が小さく尋ねてくる。あたしは否定した。
「同情なら碓氷にもしてる。今こうしてるのはイズミンが好きだから。イズミンがこうしてるのはあたしへの同情?」
「そんなわけ、ないよ」
10
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
国外追放されたのに
りこ
恋愛
これはわたしが篠原蝶子だったときの物語。
わたしはただあなたの特別になりたかっただけなのです。それは罪深いことだったのでしょうか?
誰にでも優しいあなたに一番に優しくされたかっただけなのです。
こんな特別、わたしは望んでいませんでした。
女子高生は卒業間近の先輩に告白する。全裸で。
矢木羽研
恋愛
図書委員の女子高生(小柄ちっぱい眼鏡)が、卒業間近の先輩男子に告白します。全裸で。
女の子が裸になるだけの話。それ以上の行為はありません。
取って付けたようなバレンタインネタあり。
カクヨムでも同内容で公開しています。
愛すべきマリア
志波 連
恋愛
幼い頃に婚約し、定期的な交流は続けていたものの、互いにこの結婚の意味をよく理解していたため、つかず離れずの穏やかな関係を築いていた。
学園を卒業し、第一王子妃教育も終えたマリアが留学から戻った兄と一緒に参加した夜会で、令嬢たちに囲まれた。
家柄も美貌も優秀さも全て揃っているマリアに嫉妬したレイラに指示された女たちは、彼女に嫌味の礫を投げつける。
早めに帰ろうという兄が呼んでいると知らせを受けたマリアが発見されたのは、王族の居住区に近い階段の下だった。
頭から血を流し、意識を失っている状態のマリアはすぐさま医務室に運ばれるが、意識が戻ることは無かった。
その日から十日、やっと目を覚ましたマリアは精神年齢が大幅に退行し、言葉遣いも仕草も全て三歳児と同レベルになっていたのだ。
体は16歳で心は3歳となってしまったマリアのためにと、兄が婚約の辞退を申し出た。
しかし、初めから結婚に重きを置いていなかった皇太子が「面倒だからこのまま結婚する」と言いだし、予定通りマリアは婚姻式に臨むことになった。
他サイトでも掲載しています。
表紙は写真ACより転載しました。
完結【R―18】様々な情事 短編集
秋刀魚妹子
恋愛
本作品は、過度な性的描写が有ります。 というか、性的描写しか有りません。
タイトルのお品書きにて、シチュエーションとジャンルが分かります。
好みで無いシチュエーションやジャンルを踏まないようご注意下さい。
基本的に、短編集なので登場人物やストーリーは繋がっておりません。
同じ名前、同じ容姿でも関係無い場合があります。
※ このキャラの情事が読みたいと要望の感想を頂いた場合は、同じキャラが登場する可能性があります。
※ 更新は不定期です。
それでは、楽しんで頂けたら幸いです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる