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ラズベリーケーキとアップルパイ-3
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「……さっき自分の気持ちを言っても無駄だって言ったけど、無駄になるなら俺も本当のこと言おうかな」
独り言のように呟いた和泉がはにかんだ。
「俺、姫宮さんが好きだよ。俺すらどうでもいいと思ってた俺のことを気にかけてくれて、すごく優しい子だって分かった。見た目で別世界の子だなって思ってたけど、俺の偏見だったよ」
一瞬息をするのを忘れた。そんなこちらを見た和泉が「気持ち悪いことを言ってごめん」と謝り、ようやく「好き」の言葉が胸に浸透した。
「姫宮さんにありがとうって伝えたかった。姫宮さんの答えは求めてないから気にしないで」
和泉はそう言い切ると、あたしから目を逸らしてケーキの残りカスが落ちている皿を見つめた。だが、照れたように少し赤くなった頬が和泉の気持ちを語っている。いつも碓氷と話す横顔はなんの感情も宿さず、無表情なことが多かった。その和泉が初めて見る表情をしている。
「……イズミン」
あたしは立ち上がってローテーブルをよけて膝をつき、和泉を真正面に捉えて座り直した。そして床に投げ出されていた和泉の手を上からぎゅっと握る。温まった手は節がしっかりしていて大きい。弾けるようにこちらを見た和泉の顔を、目を逸らさず見つめる。
「自分の意見や気持ちを言ってもなにも変わらないって、本当なんだね」
青春まっただ中の高校生の世界は狭くて、大人になると世界は酷く複雑になるのだろう。それに巻き込まれた碓氷も和泉も、のんびりと子どもでいることができなくなってしまった。そしてそれを知ったあたしも大人の世界を垣間見たのだ。
「イズミンのお母さんと碓氷のお父さんが本当に好き合ってるなら、碓氷にもイズミンにも留められないんだよね。だから、碓氷とチューしてるイズミンのことを好きになったこの気持ちも、誰にも止められない。イズミンが答えを求めてなくても、これが答え」
重ねた手に力を込めて握ると、和泉の口がぽかんと開いた。目が丸くなって瞬きもせずにこちらを見る。だが、笑ってくれると思った顔は曇り、ゆっくりと俯いて背中を丸めた。
「姫宮さんって本当に変わってるね……俺なんかを好きになるなんておかしいよ……」
「信じられない?」
「だっておかしいでしょ……俺は柊馬君と」
単語が飛び出す前にあたしは和泉の手を引っ張った。それをぎゅっと自分の左胸に当てる。和泉が慌てて手を引っ込めようとしたが、あたしは放さなかった。
「この心臓の音、分かる? こんなに緊張したの初めてだし」
ルームウェアから和泉の体温が伝わってきて、体に汗がじんわりと滲んだ。
「確かに、チューもしたことないから恋愛のことはよく分かんない。でも、イズミンを見てると、本当に好きな人とじゃないと意味がないんだろうなって思う。だから、するよ」
身を乗り出して和泉の頬にキスをする。そこでちくりとひげのようなものが当たって、突然和泉がごく普通の男子であるという事実に我に返った。誰もいない家の二人きりの部屋に、後ろにあるベッド。風呂上がりの和泉に部屋着のあたし。さあさあと小さな音を立てて降る雨が、くっきりと二人きりの空間を浮かび上がらせる。
だが、息を呑む前に背中と腰に腕を回されて、和泉の腕の中にあたしの体がすっぽりと収まった。初めて触る男子の体は固くて、骨張っていて、温かい。その熱が移ったかのように急激に顔が熱くなり、早かった心臓の音が更に加速する。触れている部分が熱くて、和泉の肩で邪魔された視界が狭苦しくて、息の仕方を忘れてしまいそうになる。
「姫宮さんって馬鹿だなあ、もう」
耳元で和泉が涙の混じった笑い声を漏らす。
「男に胸を触らせるとかキスするとか、なに考えてんの」
「か、覚悟を見せないと、イズミンは、あたしの気持ち、信じなさそうだから」
きちんと言おうとしたのに声が裏返った。すると和泉がふふっと楽しそうに笑う。
「動揺してる姫宮さんを見たのは初めて」
「それ、ギャル差別。男慣れしてそうって思ってたでしょ」
「そうは言ってない。だけど、姫宮さんがかわいいのは分かったよ」
和泉の大きな手が頭の後ろに添えられた。その手に従い、ゆっくりと薄い胸板に頭を預ける。自分と同じくらい速い鼓動が聞こえて、急に目頭が熱くなった。
「姫宮さん、ありがとう」
和泉の低い声が振動で伝わってくる。
「ありがとね」
次の瞬間にはくちびるを重ねられていた。薄く見えた和泉のくちびるは案外肉厚でやわらかい。聞いたことのあるレモンの味はしなかったが、はちみつのにおいがする。
「もしかして、リップクリーム塗ったの?」
あたしの問いに一度顔を離した和泉が「お風呂からあがったときに」と相好を崩す。
「あたし、塗ってない。だから、ちょうだい」
うんと答えた和泉が眼鏡を外した次の瞬間、口がぶつかった。しっとりとしたくちびるはふわふわで、上を向かされて塗られるようにくちびるを食まれた。和泉の首の後ろに腕を回してクロスする。髪に触れると、どこか湿り気が残っている。次第にくちびるが熱を持ち、口を動かされるたびにぴりぴりとした刺激が体を走り抜ける。初めて知る感覚はむずがゆくて、こちらは恥ずかしくて堪らないのに和泉は止まってくれない。背中に回された手が熱いくらいで、ルームウェアの中が汗を掻いてくる。チッチッチと部屋の時計の針が秒を刻む音がして、その合間にちゅっというリップ音が挟まった。
「これって俺への同情?」
くちびるが離れた隙に和泉が小さく尋ねてくる。あたしは否定した。
「同情なら碓氷にもしてる。今こうしてるのはイズミンが好きだから。イズミンがこうしてるのはあたしへの同情?」
「そんなわけ、ないよ」
独り言のように呟いた和泉がはにかんだ。
「俺、姫宮さんが好きだよ。俺すらどうでもいいと思ってた俺のことを気にかけてくれて、すごく優しい子だって分かった。見た目で別世界の子だなって思ってたけど、俺の偏見だったよ」
一瞬息をするのを忘れた。そんなこちらを見た和泉が「気持ち悪いことを言ってごめん」と謝り、ようやく「好き」の言葉が胸に浸透した。
「姫宮さんにありがとうって伝えたかった。姫宮さんの答えは求めてないから気にしないで」
和泉はそう言い切ると、あたしから目を逸らしてケーキの残りカスが落ちている皿を見つめた。だが、照れたように少し赤くなった頬が和泉の気持ちを語っている。いつも碓氷と話す横顔はなんの感情も宿さず、無表情なことが多かった。その和泉が初めて見る表情をしている。
「……イズミン」
あたしは立ち上がってローテーブルをよけて膝をつき、和泉を真正面に捉えて座り直した。そして床に投げ出されていた和泉の手を上からぎゅっと握る。温まった手は節がしっかりしていて大きい。弾けるようにこちらを見た和泉の顔を、目を逸らさず見つめる。
「自分の意見や気持ちを言ってもなにも変わらないって、本当なんだね」
青春まっただ中の高校生の世界は狭くて、大人になると世界は酷く複雑になるのだろう。それに巻き込まれた碓氷も和泉も、のんびりと子どもでいることができなくなってしまった。そしてそれを知ったあたしも大人の世界を垣間見たのだ。
「イズミンのお母さんと碓氷のお父さんが本当に好き合ってるなら、碓氷にもイズミンにも留められないんだよね。だから、碓氷とチューしてるイズミンのことを好きになったこの気持ちも、誰にも止められない。イズミンが答えを求めてなくても、これが答え」
重ねた手に力を込めて握ると、和泉の口がぽかんと開いた。目が丸くなって瞬きもせずにこちらを見る。だが、笑ってくれると思った顔は曇り、ゆっくりと俯いて背中を丸めた。
「姫宮さんって本当に変わってるね……俺なんかを好きになるなんておかしいよ……」
「信じられない?」
「だっておかしいでしょ……俺は柊馬君と」
単語が飛び出す前にあたしは和泉の手を引っ張った。それをぎゅっと自分の左胸に当てる。和泉が慌てて手を引っ込めようとしたが、あたしは放さなかった。
「この心臓の音、分かる? こんなに緊張したの初めてだし」
ルームウェアから和泉の体温が伝わってきて、体に汗がじんわりと滲んだ。
「確かに、チューもしたことないから恋愛のことはよく分かんない。でも、イズミンを見てると、本当に好きな人とじゃないと意味がないんだろうなって思う。だから、するよ」
身を乗り出して和泉の頬にキスをする。そこでちくりとひげのようなものが当たって、突然和泉がごく普通の男子であるという事実に我に返った。誰もいない家の二人きりの部屋に、後ろにあるベッド。風呂上がりの和泉に部屋着のあたし。さあさあと小さな音を立てて降る雨が、くっきりと二人きりの空間を浮かび上がらせる。
だが、息を呑む前に背中と腰に腕を回されて、和泉の腕の中にあたしの体がすっぽりと収まった。初めて触る男子の体は固くて、骨張っていて、温かい。その熱が移ったかのように急激に顔が熱くなり、早かった心臓の音が更に加速する。触れている部分が熱くて、和泉の肩で邪魔された視界が狭苦しくて、息の仕方を忘れてしまいそうになる。
「姫宮さんって馬鹿だなあ、もう」
耳元で和泉が涙の混じった笑い声を漏らす。
「男に胸を触らせるとかキスするとか、なに考えてんの」
「か、覚悟を見せないと、イズミンは、あたしの気持ち、信じなさそうだから」
きちんと言おうとしたのに声が裏返った。すると和泉がふふっと楽しそうに笑う。
「動揺してる姫宮さんを見たのは初めて」
「それ、ギャル差別。男慣れしてそうって思ってたでしょ」
「そうは言ってない。だけど、姫宮さんがかわいいのは分かったよ」
和泉の大きな手が頭の後ろに添えられた。その手に従い、ゆっくりと薄い胸板に頭を預ける。自分と同じくらい速い鼓動が聞こえて、急に目頭が熱くなった。
「姫宮さん、ありがとう」
和泉の低い声が振動で伝わってくる。
「ありがとね」
次の瞬間にはくちびるを重ねられていた。薄く見えた和泉のくちびるは案外肉厚でやわらかい。聞いたことのあるレモンの味はしなかったが、はちみつのにおいがする。
「もしかして、リップクリーム塗ったの?」
あたしの問いに一度顔を離した和泉が「お風呂からあがったときに」と相好を崩す。
「あたし、塗ってない。だから、ちょうだい」
うんと答えた和泉が眼鏡を外した次の瞬間、口がぶつかった。しっとりとしたくちびるはふわふわで、上を向かされて塗られるようにくちびるを食まれた。和泉の首の後ろに腕を回してクロスする。髪に触れると、どこか湿り気が残っている。次第にくちびるが熱を持ち、口を動かされるたびにぴりぴりとした刺激が体を走り抜ける。初めて知る感覚はむずがゆくて、こちらは恥ずかしくて堪らないのに和泉は止まってくれない。背中に回された手が熱いくらいで、ルームウェアの中が汗を掻いてくる。チッチッチと部屋の時計の針が秒を刻む音がして、その合間にちゅっというリップ音が挟まった。
「これって俺への同情?」
くちびるが離れた隙に和泉が小さく尋ねてくる。あたしは否定した。
「同情なら碓氷にもしてる。今こうしてるのはイズミンが好きだから。イズミンがこうしてるのはあたしへの同情?」
「そんなわけ、ないよ」
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