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雨の日の放課後-1
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数学のグラフのように斜めに雨が降る日、屋根付きの廊下を渡って放課後の体育館へ向かった。梅雨はもうすぐ明けるとニュースで言っていたのに、その日は雨で気温が低かった。ボールとバッシュがキュッキュッと鳴る体育館の中からかけ声が聞こえてくる。部活に入ってないあたしとは違って青春してるんだなと思いつつ、あたしの青春はこっちと思いながら自販機を眺めた。
今日からはこの体育館前の自販機。一番上の列のボタンに指を伸ばそうとしたとき、「ふざけんな!」という怒鳴り声が聞こえて、あたしは手を止めてきょろきょろした。この大声を聞いたことがある。教室前の廊下で聞いた碓氷の声と同じだとピンときて、慌てて声のする体育館の裏手へ回った。体育館と狭い自転車置き場の間で、土が雨に打たれている。軒先の下で碓氷が和泉の胸ぐらを掴む姿が目に飛び込んできて、「ちょっと!」と雨に構わず駆け寄った。
「碓氷! なにしてんの!」
碓氷を和泉から引き剥がそうと腕を掴んだが、強い力で振りほどかれて和泉の左頬にこぶしがめり込む。だが、よろけた和泉は無言で頬を押さえるだけだ。
「イズミンもなんでやられっぱなしなの! アンタらなんで喧嘩してんのよ!?」
こちらの叫びも聞かず、碓氷が二発目を繰り出した。和泉がぐっと小さく声をもらし、くの字に腹を折る。男子の本気の喧嘩など見たことがないあたしの顔から血の気が引いたが、碓氷はこちらを睨んだ。
「姫宮、なんでこいつの味方してんだよ? こいつを助ける価値なんてねえのによ」
碓氷は嘲るような目つきで和泉を見た。
「こいつの母親、最低なんだぜ。俺の親父を寝取って不倫してよ。親が離婚して家族がバラバラになったのも、名字が変わってすげえ嫌な思いをしたのも、家を引っ越して転校しなきゃなんなくなったのも、全部こいつの母親のせいなんだよ! どうせシングルマザーで頑張ってますとか言って親父につけ込んだんだろ!」
碓氷の暴露にあたしの思考回路が一瞬停止した。寝取る。不倫。名字が変わる。平穏で平凡な家庭で育ったあたしには縁のなかった言葉が、碓氷の口からぽんぽんと飛び出してくる。
「昨日親父に呼び出されて驚いたぜ。なんとこいつの母親と再婚するんだとよ! つまり、俺の親父はこいつの父親になるってことだ。寝耳に水で問いただしたら、実はとっくに同居してて来月には妹が生まれるんだってよ。ふざけんなよ!」
あたしは唾を飛ばして怒りを振りまく碓氷と、黙ったまま無表情の和泉に視線を行ったり来たりさせた。和泉とちらりと目が合ったが、ふいと逸らされる。また碓氷が殴りかかろうとしたので「待って!」と声をあげた。
「碓氷につらいことがあったのは分かった! だけど、それはイズミンのせいじゃない! イズミンに当たるのは変だって!」
「じゃあ父親や妹ができてよかったなとでも言えばいいのかよ? こいつが昔の俺の名字を名乗るとか、こいつと血の繋がったガキができるとか、反吐が出そうなんだよ!」
碓氷の顔が歪んで、あたしの気持ちもぐしゃぐしゃになった。碓氷はあたしには到底分からない苦しい気持ちや嫌なことを体験していて、怒りの矛先をどこに向けたらいいのか分からないのだろう。ようやく碓氷が彼女を大切にしているという言葉の意味が分かった。きっと碓氷は父親のようになるまいと彼女を大切に扱い、父親を得た和泉からはそういう幸せを取り上げたいのだ。だから好きでもない和泉に恋人役をやらせている。
多分、碓氷もそれが間違いだと分かっている。あたしたちはそれに気づかないほど子どもではないし、でも割り切れるほど大人でもない。だが、潔癖を求めてしまうくらいは恋に夢を見ている。
それはきっとここにいる三人の共通事項。
今日からはこの体育館前の自販機。一番上の列のボタンに指を伸ばそうとしたとき、「ふざけんな!」という怒鳴り声が聞こえて、あたしは手を止めてきょろきょろした。この大声を聞いたことがある。教室前の廊下で聞いた碓氷の声と同じだとピンときて、慌てて声のする体育館の裏手へ回った。体育館と狭い自転車置き場の間で、土が雨に打たれている。軒先の下で碓氷が和泉の胸ぐらを掴む姿が目に飛び込んできて、「ちょっと!」と雨に構わず駆け寄った。
「碓氷! なにしてんの!」
碓氷を和泉から引き剥がそうと腕を掴んだが、強い力で振りほどかれて和泉の左頬にこぶしがめり込む。だが、よろけた和泉は無言で頬を押さえるだけだ。
「イズミンもなんでやられっぱなしなの! アンタらなんで喧嘩してんのよ!?」
こちらの叫びも聞かず、碓氷が二発目を繰り出した。和泉がぐっと小さく声をもらし、くの字に腹を折る。男子の本気の喧嘩など見たことがないあたしの顔から血の気が引いたが、碓氷はこちらを睨んだ。
「姫宮、なんでこいつの味方してんだよ? こいつを助ける価値なんてねえのによ」
碓氷は嘲るような目つきで和泉を見た。
「こいつの母親、最低なんだぜ。俺の親父を寝取って不倫してよ。親が離婚して家族がバラバラになったのも、名字が変わってすげえ嫌な思いをしたのも、家を引っ越して転校しなきゃなんなくなったのも、全部こいつの母親のせいなんだよ! どうせシングルマザーで頑張ってますとか言って親父につけ込んだんだろ!」
碓氷の暴露にあたしの思考回路が一瞬停止した。寝取る。不倫。名字が変わる。平穏で平凡な家庭で育ったあたしには縁のなかった言葉が、碓氷の口からぽんぽんと飛び出してくる。
「昨日親父に呼び出されて驚いたぜ。なんとこいつの母親と再婚するんだとよ! つまり、俺の親父はこいつの父親になるってことだ。寝耳に水で問いただしたら、実はとっくに同居してて来月には妹が生まれるんだってよ。ふざけんなよ!」
あたしは唾を飛ばして怒りを振りまく碓氷と、黙ったまま無表情の和泉に視線を行ったり来たりさせた。和泉とちらりと目が合ったが、ふいと逸らされる。また碓氷が殴りかかろうとしたので「待って!」と声をあげた。
「碓氷につらいことがあったのは分かった! だけど、それはイズミンのせいじゃない! イズミンに当たるのは変だって!」
「じゃあ父親や妹ができてよかったなとでも言えばいいのかよ? こいつが昔の俺の名字を名乗るとか、こいつと血の繋がったガキができるとか、反吐が出そうなんだよ!」
碓氷の顔が歪んで、あたしの気持ちもぐしゃぐしゃになった。碓氷はあたしには到底分からない苦しい気持ちや嫌なことを体験していて、怒りの矛先をどこに向けたらいいのか分からないのだろう。ようやく碓氷が彼女を大切にしているという言葉の意味が分かった。きっと碓氷は父親のようになるまいと彼女を大切に扱い、父親を得た和泉からはそういう幸せを取り上げたいのだ。だから好きでもない和泉に恋人役をやらせている。
多分、碓氷もそれが間違いだと分かっている。あたしたちはそれに気づかないほど子どもではないし、でも割り切れるほど大人でもない。だが、潔癖を求めてしまうくらいは恋に夢を見ている。
それはきっとここにいる三人の共通事項。
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