どうあがいても恋でした。

タリ イズミ

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5巻【四】

6 黙ってたんですけど

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 午後はお互いに宿題と予習を済ませ、久しぶりに一緒に勉強をした。山宮の様子をそっと窺っていたが、英語もかなりスピードアップしてきている。四月の初めに返ってきた模擬試験でも付属大学はD判定が出たと言っていたから、安定してレベルをあげてきているのだろう。山宮の第一志望は以前朔也がB判定をもらった私立大学。山宮は今回E判定だったらしいが、これから頑張ればいいからと前向きだった。

 おれも小論文に本格的に取り組まないとな。過去問を思い出しながら予習を片づけていく。山宮と違う進路を目指すのが怖かった自分はもういない。違う目標に向かって違うことに取り組みながら、同じ気持ちで目標を目指すのが自分たちの在り方だ。そこでクラスメイトの男子が彼女にフラれたという話を思い出した。

「昨日寝る前に皆で話したとき、受験が原因で別れたって言ってた子がいたじゃん」

 朔也が切り出すと、山宮が緑のシャーペンを持つ手を止める。朔也は息をついた。

「相手を心から応援するって、案外難しいことなのかもね」

 すると山宮はくちびるの下でシャーペンの頭をとんとんと叩いた。

「仕方ないんじゃね。自分以外のことに真剣になってるところを見るのって、相手を好きであるほど難しいんじゃねえの。当たり前だけど、自分のことは大切だからな」
「相手も自分と同じように自分の夢を大事にしてるってだけなのにね」
「そういうのって就職のときもありそうだし、仕事してからもありそう。それを乗り越えていけるやつらはすげえってことなんじゃね?」

 山宮の言葉に思わず口元が緩んだ。

「そっか。じゃ、お互いを応援し合えてるおれたちはすごい」

 山宮はふっと笑って再びノートを見ながらシャーペンを動かし始めた。

「お互い次は一ヶ月後の五月考査な。あ、違う。試験前に模擬試験があったわ」
「前回の模試で駄目だったところを見返さないとね」

 次の目標が確定すると、黙々と勉強に取り組んだ。時計の針が三時を回り、家にあったお菓子を出して、息抜きしようと言って映画を一本見ることにした。リビングで大きなテレビで配信を見てもよかったのだが、なんとなく朔也の部屋に戻って、誕生日のときと同じ姿勢でスマホの小さな画面を一緒に覗いた。夕飯を挟んで朔也は書道の時間をとり、山宮はその間に部活の原稿を進めた。

「待ってましたよ、山宮先輩」

 夜、先に風呂に入った朔也が出てくる山宮を部屋で正座して待ち構えていると、入るなり山宮はため息交じりに「はいはい」とぞんざいな返事をした。足を崩してむくれる。

「ちょっと! 返事が雑!」
「もうお前が言い出すことは分かってんだよ。いちゃつきたい、だろ?」
「正解です。今日のおれ、待てができるゴールデンレトリーバーだったと思わない? 映画鑑賞のときはくっついてただけで、キスを要求してません!」

 山宮が湿り気のある髪を手櫛で梳きながら床に膝をつく。

「折原君、俺たち、月初めに二人で遊んだばっかなんだわ」
「でも、おうちデートはそもそも少ないと思う。山宮の誕生日の前が二月の進路決めのとき、その前がクリスマスイブ、その前が学園祭、その前がお盆休みで、その前が夏休み初日の大会の日。そして初めて山宮の家にお邪魔したのは五月のオリエンテーション、ほぼ一年前! この一年でたった六回!」
「逆から全部言えるお前、こわ……なにその記憶力」

 山宮はそう言ったが、困ったように眉尻を下げた。シャツの肩の切り替えを下へ落とした様子と重なって、まるで困り顔の犬だ。

「高校生なんてそんなもんじゃね? 家の方向も逆だし、学校帰りにちょっと遊びに行こうみたいなこともできねえし、仕方なくね」
「じゃあ山宮先輩はいちゃつきたくないんですか。おれは隙あらばいちゃつきたいです」
「言い方な」

 山宮がきちんと正座をして背筋を伸ばし、「折原君よ」とまっすぐ目を見てくる。

「お前の言動は常に唐突なんだわ。俺をビビらせるのが楽しいか」
「山宮先輩が乗り気じゃないから宣言して行動に移してるんですが」
「その認識、どこから来た? 俺から俺ん家に誘ったよな」
「じゃあ乗り気なんですか?」

 朔也が食い気味に尋ねると、山宮ははあと下を向いた。

「そういうの、全部口にしないと駄目? 羞恥心の不法投棄はよくないんじゃね」

 それを聞き、朔也は山宮の前に手をついて、俯く山宮の下からキスをした。山宮が少し顔をあげて上向きになり、朔也がすりっと膝を前に出すと後ろに仰け反った。倒れないように腰に腕を回すと、山宮の手がこちらのシャツの胸を掴んでくる。近づくと風呂上がりの山宮の温かさが空気を越えて伝わってきた。しんとした夜の部屋が二人だけの空間を強調してくる。朔也は熱いくちびるから少し離れると、「山宮先輩」と囁いた。

「黙ってたんですけど、うち、実は客用の布団とかないんです。山宮先輩は今日おれと一緒にベッドで寝る運命です」

 するとさすがに山宮が驚いたように目を見開いた。その目がちらっと横に動き、ベッドを確認する。

「お前のベッド、横幅も広いもんな……」
「おれが小学生の頃から親はおれがでかくなるって予想してたみたいなんですけど、どこまでいくか分からないからって最初から縦も横も大きいベッドを買ってくれたんです。くっついて寝れば二人で寝られると思いませんか」
「それ、寝られねえだろ……緊張で目が冴えるわ。睡眠不足確定」
「明日は祝日ですよ。山宮先輩は勉強をしたいかもしれませんが、メリハリつけて二人の時間を楽しむのもいいんじゃありませんか。惰眠を貪るのも一つの手です」

 すると山宮はため息一つついて立ち上がった。こちらのシャツを引っ張り、ベッドへと引っ張る。

「俺、マジで寝られる? 押しつぶされたりするんじゃね?」
「そんなことないと思うけど」

 先にごろんとなった山宮を壁のほうへ押しやり、自分も横になる。横向きになって「ほらね」と言うと、こぶし二つ分ほどの距離で山宮が「確かに」と同意した。が、その口調は既に緊張してきている。朔也は腕を上からぽんと回した。足先で掛け布団を引っかけて引っ張り上げ、一緒にくるまる。

「ほら、これだけでもすごく幸せ。布団の中があったかい。山宮の心があったかいのと同じだよね」
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