どうあがいても恋でした。

タリ イズミ

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5巻【四】

3 夜のドロケイ-3

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「折原」

 暫くすると小さな声が後ろからして、ぱっと振り返る。山宮が踊り場からそろそろと下りてくるところだった。急いでそちらへ向かう。

「合図、見えた?」
「向かいの校舎にいたんだわ」
「一階は危ないよ。上下左右に逃げられる中央階段の二階へ行こう」

 頭を下げて窓から見えないように廊下を進み、階段を半分のぼって踊り場で息をつく。朔也はようやくそこで体育座りになって体の力を抜いた。冷たいコンクリートに背をつけるときにぞくっとしたが、山宮ははあと息を漏らしただけだった。

「さっき、二人逃がした」
「あれ、お前か。すげえな。俺じゃ無理と思って近づけなかったわ」
「一時間って結構長いね。まだ開始十五分じゃん。おれ、結構疲れてる」

 そのとき、突然ジャーンという不協和音が校舎を駆け抜けて、体がびくっとした。「誰もいない音楽室からピアノの音がする」。七不思議じゃん! 思わず声が出そうになったが、滑らかなピアノの旋律が流れてきて、「警察の音か」と胸を撫で下ろす。だが、有名なホラー映画の音楽で、全部見たことのない朔也でもぞっとした。

「えーっと、音楽室は四階だから、ここは大丈夫かな。これを弾いてるの誰だろ。すごく上手いな」
「委員長じゃね。同じ音楽選択だけど、ピアノが弾けるって言ってたわ」
「このドロケイ、すごいな。いろんな要素が入ってる。他にも警察はなにかしてきそう」
「あ、ドロケイの人? 俺、ケイドロの人」
「そっち、語呂が悪くない? ドロケイのほうが言いやすいって」

 山宮がふふんと笑う。

「調べたぜ。世の中、ドロケイ派よりケイドロ派のほうが多いんだぞ」
「メジャーかマイナーかで世の中を分けるの? ちょっと乱暴じゃない?」
「そんな大それた話かよ。あ、少数派でも真実は真実ってガンジー先生も言ってたわ」
「ほら、やっぱり」

 朔也の言葉に山宮が小さく笑った。

 夜の校舎、月明かりと非常灯の中の階段。非日常の世界でのお喋りはなんだかどきどきする。遠くから響いてくるリノリウムと上履きのこすれる音や、誰かが息をひそめている空気が伝わってくる。自分の心臓の音まで山宮に伝わってしまいそうで、朔也はちらりと山宮の顔を見た。階段下を注視する山宮のまつげが上下して、瞳にきらきらと光が灯っている。山宮の目線の先には夜の中庭が見えて、自販機のボタンが光を放っていた。

「夜の中庭も雰囲気が違うね」

 朔也の言葉に山宮が口端をあげる。

「四階から外を見たら景色がよかったぜ。住宅街も上から見ると結構きれいに見えるもんだな。夜の学校も悪くねえ」
「おれ、廊下の外は見てないや。警察に気をとられてたな」
「お前なら簡単に逃げられんじゃね? どうせなら大胆に学校をぐるっと回ってみようぜ。おもしれえところがあるかもしれねえし」

 まるでデートのお誘いのようで、心臓がどきっとした。こういうときに先に立って誘導してくれようとする山宮はかっこいい。隣に座る山宮の耳元を手で覆って口を近づけた。

「明日、学校帰り、うちに来ない?」

 山宮の横顔が驚いたように目を見開く。

「父親も母親また仕事、姉ちゃんは明後日祝日までの連休を利用して旅行。誰もいない。なんなら父親は出張で一泊家にいないし、母親も書道のお泊まり合宿に行ってていない。山宮の家さえオーケーが出れば泊まれるよ」

 山宮の顔が固まった次の瞬間、「見ーつけた!」と上から声が降ってきた。はっと頭をあげると、二階と三階の踊り場から男子が下りてくる。

「捕まえてやる!」

 朔也は慌てて立ち上がり、階段の途中からぽんっと飛び降りた。

「山宮そっち! おれこっち!」

 朔也の指先に山宮が頷き、「今さっきの話了解!」と叫んで走って行く。朔也も廊下を駆け出し、「待てー!」の声を聞きながら「待たないよー!」と返した。だが、走る間にも別の意味で体が熱くなってくる。

 おれたち、ホントにすごく仲が良い。放送室で手を繋いでから一年ちょっと。それでも楽しく過ごせている。こうやって思い出を積み上げていけるのが嬉しい。

「鬼さんこちら!」

 朔也の言葉に「鬼じゃねえ警察だ!」と男子の声が追いかけてきて、思わず声に出して笑った。

 そのあと、朔也は逃げ切ったが山宮は一度捕まったらしい。スマホで途中経過を見たが、警察はかなり優秀だった。朔也は警察の前にわざと出るまたは助けを求めている仲間の警察を引き受けてから逃げ切るということを繰り返し、結果は警察が七人捕まえたところで終わりのチャイムが鳴った。人数に偏りがあるため勝ち負けはなかったが、全員で陣地の前で拍手をしてから「解散!」と別れ、男子たちはタオル等を持ってすぐにプールのシャワーへ向かう。

「マジでおもしろかった。学校って結構広いな」

 まだテンションの高い一人の言葉に複数が「だよな!」と頷く。

「女子から逃げるのも難しかった。曲がり角とか階段とかスピードが落ちるし」
「あと上履きの音な。警察側は結構音に気をつけて聞いてたぜ」

 朔也はそれに笑って付け加えた。

「おれ、音を立てないように脱いだりしてたから、履くタイミングがずれてたら警察に捕まってたかも」
「朔はずるいんだよ。足の長さで階段のところは有利じゃん」
「でも、ちゃんとしゃがんでないと頭が窓から見えちゃうんだよ。姿勢を低くして移動するの、大変だったんだから」
「窓のある廊下は女子のほうが簡単に移動できるよな。逃げ足が速いっていうかさ」

 朔也たちの学校のプールは地下二階にあり、通年入れる温水プールだ。三学年の男子女子、時期をずらして水泳の授業が行われるので、年間を通して塩素のにおいが漂っている。そのにおいが近づくのを感じながらわいわいと更衣室まで移動し、スプリンクラーのように天井に複数ついたシャワーのスイッチを入れた。途端にシャワーの続く空間にざあざあと強い雨がほとばしって、家のシャワーとは段違いの水の激しさに皆のテンションがあがる。青いタイルの床に跳ねる水もびちゃびちゃと大きな音を立てた。

「お先!」

 視界が水飛沫で遮られた中にクラスメイトたちが飛び込んでいき、朔也は山宮が移動したのを確認してからシャワーのスペースに入った。普段プールの水を洗い流すシャワーの水圧は強くて、音もけたたましい。スイッチを入れたら水は噴き出しっぱなしになるので、通常の風呂とは違う。視界を邪魔する水と響く音に皆が騒ぎ出す。

「これ、やっべえ! すっげえ楽しい!」
「痛いくらいの強さ! 水泳の授業を受けたくなってきた!」
「台風の日みたいだね!」

 雨ニモ負ケズ風ニモ負ケズ。そのフレーズを思い出して頭からずぶ濡れになった朔也は、髪を掻き上げて笑顔で答えた。
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