どうあがいても恋でした。

タリ イズミ

文字の大きさ
上 下
140 / 145
5巻【四】

2 夜のドロケイ-2

しおりを挟む
 廊下にしゃがんだ朔也は頭が窓から飛び出ないよう、渡り廊下の様子を窺った。この学校は普通教室の並ぶ棟と平行する別棟が三つの渡り廊下で繋がっている。警察側はすぐに巡回し始めるだろうから、闇雲に動けない。目の前の渡り廊下の先は別棟に繋がっており、すぐ側に階段がある。朔也が今いるのは三階で、上へも下へも逃げられる状態だ。なるべくなら二階と三階を移動し、上下に逃げられるようにしておきたい。

 満月の夜だった。校舎上から中庭へと月の光が入り、渡り廊下と朔也がいる普通教室が並ぶ棟には明かりが差し込んでいる。怖がりな朔也としてはそちらにいたいが、見つかりやすいのもそちらだ。別棟に行くかどうしようか。そのとき「きゃあ!」と女子の悲鳴が後方からあがった。普通教室の並ぶ廊下を奥からこちら側に誰かが走ってくる。朔也はすぐに立ち上がって姿を見せて手を振った。ダダダと普段なら鳴らない足音が響いて、「折原君助けて!」と女子が叫び声をあげる。

「おれが引きつけるから逃げて!」

 横をすれ違う彼女が「ありがと!」と階段をだっと下りていく。朔也が待ち構えると、手首に黄緑のライトを灯したショートカットの女子が姿を現した。思わず「え」と腰が引ける。陸上部の女子だ。彼女は立ち止まって不満そうな顔つきになった。

「えー、朔かあ。朔、足速いんでしょ? 作戦会議で男子が言ってた。スポーツテストで速かったって。だから、逃げられる可能性が高いって」

 だが、彼女はそこで腰に手を当てて不敵に笑った。

「でも、学校内はまっすぐ走るわけじゃないもんね。他にも警察はいるし、私にだって捕まえられるかもね?」

 それを聞いて慌てて踵を返した。リノリウムの渡り廊下を駆け抜ける。

「待ちなさいよ!」

 女子の迫力の満ちた声にあわあわとし、四階へ逃げることにする。階段をダッシュであがれば引き離せるはずだ。後ろの足音を聞きながら階段を三段飛ばしで駆け上がり、すぐ側の男子トイレに駆け込む。足音は三階で止まったので諦めてくれたらしい。スマホで泥棒のグループを開き、「三階Dポイント、陸上部女子」と打ち込む。あらかじめ校舎内の各場所をアルファベットで振ってあったので、場所は分かりやすいはずだ。だが、それを見て驚いた。既に捕まった仲間が二人いるらしい。

 トイレから出て窓から様子を窺う。だが、向かいの校舎に青のライトが動くのが見えて、慌ててしゃがみ込んだ。そのときに自分の上履きがキュッと小さな音を立てて、急いで上履きを脱ぐ。靴下でつるりと廊下が滑ったが、今は音を立てないのが一番だ。姿勢を低くした状態でそろそろと廊下を進み、廊下中央の階段から三階へ降りた。そこで窓に近づき、斜め下に見える二階の警察の陣地を見る。ピンクのライトを手首に巻いた担任が渡り廊下側に立ち止まっているのが見えた。

 助けに行こう。朔也は二階へ下りると上履きを履いた。だが、そのまますぐそこの渡り廊下へ行けば、渡り廊下側に立っている担任に見つかる。囮になって担任をこちらへ引きつければ仲間は逆方向へ逃げられると思うが、自分のことをよく分かっている担任が足の速い自分を追いかけてくるとは思えない。
 ぐるりと回り込むか。朔也は中央階段から廊下の左右を確認した。さいわいこちらは別棟、廊下に出ても影に沈んで自分の姿はそう簡単には見つからない。だが、暗い廊下は不気味で、こんなときに頭の中で「トイレの花子さん」だの「動く人体模型」だの、有名な学校の七不思議などを思い出してしまう。誰もいない廊下に背筋がぞわっとしたとき、「あーあ!」と大きな声がした。

「あー捕まったあ」

 陣地のほうから男子の声が響いてきた。そっと窓からそちらを見ると、向かいの校舎を赤のライトを手首に巻いた警察と男子が陣地へと向かっている。

「マジかよー。まだ始まって十分もたってないのに」
「谷本君も捕まっちゃったんだ」
「マジですまねえ。すげえ自信あったのに」

 仲間がそんな会話をし、担任のピンクのライトが教室側の校舎へ移動した。赤のライトとぼそぼそと言葉を交わし、捕まった彼も教室側のほうへ座る。

 今だ。朔也は上履きを脱いで姿勢を低くしたまま渡り廊下を進んだ。手を振ると、陣地にいた仲間の女子がこちらに気づく。口に人差し指を当てると、彼女が小さく頷き、体育座りからすぐに立ち上がれるようしゃがみ込む姿勢に変えた。それにはっとした奥のもう一人が朔也に気づく。

「タッチ!」

 上履きを履いた朔也がこちらに気づいていた男女にパンパンッとタッチすると、「逃げるぞ!」と立ち上がった男子が渡り廊下を駆け出した。

「谷本君残してごめん!」

 女子もそう叫んで走り出す。

「先生すみません!」

 朔也もそう言って横を駆け出した。女子が「折原君ナイス!」と笑い、朔也も「作戦勝ち!」と笑顔で返した。

 泥棒側では捕まったら少し大きな声で捕まったことをアピールし、周りにいる仲間にそのことを知らせるということになっていた。陣地には、連行する警察役と担任がそこに集まることになる。言葉を交わして油断する時間が生まれるから、その隙に助けに行ける者は積極的に行こうと話し合っていた。特に助けに行くのが男子なら、警察役が女子だった場合に逃げやすい。

 逃げた三人で階段や校舎へとバラバラに別れ、朔也は一階へと下りた。再び陰に沈む別棟の床にしゃがみ、中庭の見える場所から校舎を見上げる。

 山宮、どこにいるだろう。

 朔也はスマホを取り出して泥棒のグループのところを確認した。最新は「俺が捕まったけど仲間が二人逃げた」のメッセージで、山宮は一度も書き込んでいない。

 山宮も泥棒側だ。警察役は人数が少ないこともあって、足に自信がある子が中心になっている。昨日の夜に通話していたときも「俺、絶対捕まるわ」と言っていたから、もう隠れているかもしれない。

 朔也はスマホのライトをつけた。窓に近づけてチカチカと点滅させてみる。山宮とはそれを合図に合流できたらいいねと話していた。それは主に怖がりの朔也のためだったのだが、走ったことで体が熱い朔也の恐怖心は薄れていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

普通の学生だった僕に男しかいない世界は無理です。帰らせて。

かーにゅ
BL
「君は死にました」 「…はい?」 「死にました。テンプレのトラックばーんで死にました」 「…てんぷれ」 「てことで転生させます」 「どこも『てことで』じゃないと思います。…誰ですか」 BLは軽い…と思います。というかあんまりわかんないので年齢制限のどこまで攻めるか…。

学園の天使は今日も嘘を吐く

まっちゃ
BL
「僕って何で生きてるんだろ、、、?」 家族に幼い頃からずっと暴言を言われ続け自己肯定感が低くなってしまい、生きる希望も持たなくなってしまった水無瀬瑠依(みなせるい)。高校生になり、全寮制の学園に入ると生徒会の会計になったが家族に暴言を言われたのがトラウマになっており素の自分を出すのが怖くなってしまい、嘘を吐くようになる ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 初投稿です。文がおかしいところが多々あると思いますが温かい目で見てくれると嬉しいです。

告白ゲームの攻略対象にされたので面倒くさい奴になって嫌われることにした

雨宮里玖
BL
《あらすじ》 昼休みに乃木は、イケメン三人の話に聞き耳を立てていた。そこで「それぞれが最初にぶつかった奴を口説いて告白する。それで一番早く告白オッケーもらえた奴が勝ち」という告白ゲームをする話を聞いた。 その直後、乃木は三人のうちで一番のモテ男・早坂とぶつかってしまった。 その日の放課後から早坂は乃木にぐいぐい近づいてきて——。 早坂(18)モッテモテのイケメン帰国子女。勉強運動なんでもできる。物静か。 乃木(18)普通の高校三年生。 波田野(17)早坂の友人。 蓑島(17)早坂の友人。 石井(18)乃木の友人。

王道にはしたくないので

八瑠璃
BL
国中殆どの金持ちの子息のみが通う、小中高一貫の超名門マンモス校〈朱鷺学園〉 幼少の頃からそこに通い、能力を高め他を率いてきた生徒会長こと鷹官 仁。前世知識から得た何れ来るとも知れぬ転校生に、平穏な日々と将来を潰されない為に日々努力を怠らず理想の会長となるべく努めてきた仁だったが、少々やり過ぎなせいでいつの間にか大変なことになっていた_____。 これは、やりすぎちまった超絶カリスマ生徒会長とそんな彼の周囲のお話である。

忘れ物

うりぼう
BL
記憶喪失もの 事故で記憶を失った真樹。 恋人である律は一番傍にいながらも自分が恋人だと言い出せない。 そんな中、真樹が昔から好きだった女性と付き合い始め…… というお話です。

【完結】I adore you

ひつじのめい
BL
幼馴染みの蒼はルックスはモテる要素しかないのに、性格まで良くて羨ましく思いながらも夏樹は蒼の事を1番の友達だと思っていた。 そんな時、夏樹に彼女が出来た事が引き金となり2人の関係に変化が訪れる。 ※小説家になろうさんでも公開しているものを修正しています。

婚約破棄された王子は地の果てに眠る

白井由貴
BL
婚約破棄された黒髪黒目の忌み子王子が最期の時を迎えるお話。 そして彼を取り巻く人々の想いのお話。 ■□■ R5.12.17 文字数が5万字を超えそうだったので「短編」から「長編」に変更しました。 ■□■ ※タイトルの通り死にネタです。 ※BLとして書いてますが、CP表現はほぼありません。 ※ムーンライトノベルズ様にも掲載しています。

真冬の痛悔

白鳩 唯斗
BL
 闇を抱えた王道学園の生徒会長、東雲真冬は、完璧王子と呼ばれ、真面目に日々を送っていた。  ある日、王道転校生が訪れ、真冬の生活は狂っていく。  主人公嫌われでも無ければ、生徒会に裏切られる様な話でもありません。  むしろその逆と言いますか·····逆王道?的な感じです。

処理中です...