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5巻【四】
2 夜のドロケイ-2
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廊下にしゃがんだ朔也は頭が窓から飛び出ないよう、渡り廊下の様子を窺った。この学校は普通教室の並ぶ棟と平行する別棟が三つの渡り廊下で繋がっている。警察側はすぐに巡回し始めるだろうから、闇雲に動けない。目の前の渡り廊下の先は別棟に繋がっており、すぐ側に階段がある。朔也が今いるのは三階で、上へも下へも逃げられる状態だ。なるべくなら二階と三階を移動し、上下に逃げられるようにしておきたい。
満月の夜だった。校舎上から中庭へと月の光が入り、渡り廊下と朔也がいる普通教室が並ぶ棟には明かりが差し込んでいる。怖がりな朔也としてはそちらにいたいが、見つかりやすいのもそちらだ。別棟に行くかどうしようか。そのとき「きゃあ!」と女子の悲鳴が後方からあがった。普通教室の並ぶ廊下を奥からこちら側に誰かが走ってくる。朔也はすぐに立ち上がって姿を見せて手を振った。ダダダと普段なら鳴らない足音が響いて、「折原君助けて!」と女子が叫び声をあげる。
「おれが引きつけるから逃げて!」
横をすれ違う彼女が「ありがと!」と階段をだっと下りていく。朔也が待ち構えると、手首に黄緑のライトを灯したショートカットの女子が姿を現した。思わず「え」と腰が引ける。陸上部の女子だ。彼女は立ち止まって不満そうな顔つきになった。
「えー、朔かあ。朔、足速いんでしょ? 作戦会議で男子が言ってた。スポーツテストで速かったって。だから、逃げられる可能性が高いって」
だが、彼女はそこで腰に手を当てて不敵に笑った。
「でも、学校内はまっすぐ走るわけじゃないもんね。他にも警察はいるし、私にだって捕まえられるかもね?」
それを聞いて慌てて踵を返した。リノリウムの渡り廊下を駆け抜ける。
「待ちなさいよ!」
女子の迫力の満ちた声にあわあわとし、四階へ逃げることにする。階段をダッシュであがれば引き離せるはずだ。後ろの足音を聞きながら階段を三段飛ばしで駆け上がり、すぐ側の男子トイレに駆け込む。足音は三階で止まったので諦めてくれたらしい。スマホで泥棒のグループを開き、「三階Dポイント、陸上部女子」と打ち込む。あらかじめ校舎内の各場所をアルファベットで振ってあったので、場所は分かりやすいはずだ。だが、それを見て驚いた。既に捕まった仲間が二人いるらしい。
トイレから出て窓から様子を窺う。だが、向かいの校舎に青のライトが動くのが見えて、慌ててしゃがみ込んだ。そのときに自分の上履きがキュッと小さな音を立てて、急いで上履きを脱ぐ。靴下でつるりと廊下が滑ったが、今は音を立てないのが一番だ。姿勢を低くした状態でそろそろと廊下を進み、廊下中央の階段から三階へ降りた。そこで窓に近づき、斜め下に見える二階の警察の陣地を見る。ピンクのライトを手首に巻いた担任が渡り廊下側に立ち止まっているのが見えた。
助けに行こう。朔也は二階へ下りると上履きを履いた。だが、そのまますぐそこの渡り廊下へ行けば、渡り廊下側に立っている担任に見つかる。囮になって担任をこちらへ引きつければ仲間は逆方向へ逃げられると思うが、自分のことをよく分かっている担任が足の速い自分を追いかけてくるとは思えない。
ぐるりと回り込むか。朔也は中央階段から廊下の左右を確認した。さいわいこちらは別棟、廊下に出ても影に沈んで自分の姿はそう簡単には見つからない。だが、暗い廊下は不気味で、こんなときに頭の中で「トイレの花子さん」だの「動く人体模型」だの、有名な学校の七不思議などを思い出してしまう。誰もいない廊下に背筋がぞわっとしたとき、「あーあ!」と大きな声がした。
「あー捕まったあ」
陣地のほうから男子の声が響いてきた。そっと窓からそちらを見ると、向かいの校舎を赤のライトを手首に巻いた警察と男子が陣地へと向かっている。
「マジかよー。まだ始まって十分もたってないのに」
「谷本君も捕まっちゃったんだ」
「マジですまねえ。すげえ自信あったのに」
仲間がそんな会話をし、担任のピンクのライトが教室側の校舎へ移動した。赤のライトとぼそぼそと言葉を交わし、捕まった彼も教室側のほうへ座る。
今だ。朔也は上履きを脱いで姿勢を低くしたまま渡り廊下を進んだ。手を振ると、陣地にいた仲間の女子がこちらに気づく。口に人差し指を当てると、彼女が小さく頷き、体育座りからすぐに立ち上がれるようしゃがみ込む姿勢に変えた。それにはっとした奥のもう一人が朔也に気づく。
「タッチ!」
上履きを履いた朔也がこちらに気づいていた男女にパンパンッとタッチすると、「逃げるぞ!」と立ち上がった男子が渡り廊下を駆け出した。
「谷本君残してごめん!」
女子もそう叫んで走り出す。
「先生すみません!」
朔也もそう言って横を駆け出した。女子が「折原君ナイス!」と笑い、朔也も「作戦勝ち!」と笑顔で返した。
泥棒側では捕まったら少し大きな声で捕まったことをアピールし、周りにいる仲間にそのことを知らせるということになっていた。陣地には、連行する警察役と担任がそこに集まることになる。言葉を交わして油断する時間が生まれるから、その隙に助けに行ける者は積極的に行こうと話し合っていた。特に助けに行くのが男子なら、警察役が女子だった場合に逃げやすい。
逃げた三人で階段や校舎へとバラバラに別れ、朔也は一階へと下りた。再び陰に沈む別棟の床にしゃがみ、中庭の見える場所から校舎を見上げる。
山宮、どこにいるだろう。
朔也はスマホを取り出して泥棒のグループのところを確認した。最新は「俺が捕まったけど仲間が二人逃げた」のメッセージで、山宮は一度も書き込んでいない。
山宮も泥棒側だ。警察役は人数が少ないこともあって、足に自信がある子が中心になっている。昨日の夜に通話していたときも「俺、絶対捕まるわ」と言っていたから、もう隠れているかもしれない。
朔也はスマホのライトをつけた。窓に近づけてチカチカと点滅させてみる。山宮とはそれを合図に合流できたらいいねと話していた。それは主に怖がりの朔也のためだったのだが、走ったことで体が熱い朔也の恐怖心は薄れていた。
満月の夜だった。校舎上から中庭へと月の光が入り、渡り廊下と朔也がいる普通教室が並ぶ棟には明かりが差し込んでいる。怖がりな朔也としてはそちらにいたいが、見つかりやすいのもそちらだ。別棟に行くかどうしようか。そのとき「きゃあ!」と女子の悲鳴が後方からあがった。普通教室の並ぶ廊下を奥からこちら側に誰かが走ってくる。朔也はすぐに立ち上がって姿を見せて手を振った。ダダダと普段なら鳴らない足音が響いて、「折原君助けて!」と女子が叫び声をあげる。
「おれが引きつけるから逃げて!」
横をすれ違う彼女が「ありがと!」と階段をだっと下りていく。朔也が待ち構えると、手首に黄緑のライトを灯したショートカットの女子が姿を現した。思わず「え」と腰が引ける。陸上部の女子だ。彼女は立ち止まって不満そうな顔つきになった。
「えー、朔かあ。朔、足速いんでしょ? 作戦会議で男子が言ってた。スポーツテストで速かったって。だから、逃げられる可能性が高いって」
だが、彼女はそこで腰に手を当てて不敵に笑った。
「でも、学校内はまっすぐ走るわけじゃないもんね。他にも警察はいるし、私にだって捕まえられるかもね?」
それを聞いて慌てて踵を返した。リノリウムの渡り廊下を駆け抜ける。
「待ちなさいよ!」
女子の迫力の満ちた声にあわあわとし、四階へ逃げることにする。階段をダッシュであがれば引き離せるはずだ。後ろの足音を聞きながら階段を三段飛ばしで駆け上がり、すぐ側の男子トイレに駆け込む。足音は三階で止まったので諦めてくれたらしい。スマホで泥棒のグループを開き、「三階Dポイント、陸上部女子」と打ち込む。あらかじめ校舎内の各場所をアルファベットで振ってあったので、場所は分かりやすいはずだ。だが、それを見て驚いた。既に捕まった仲間が二人いるらしい。
トイレから出て窓から様子を窺う。だが、向かいの校舎に青のライトが動くのが見えて、慌ててしゃがみ込んだ。そのときに自分の上履きがキュッと小さな音を立てて、急いで上履きを脱ぐ。靴下でつるりと廊下が滑ったが、今は音を立てないのが一番だ。姿勢を低くした状態でそろそろと廊下を進み、廊下中央の階段から三階へ降りた。そこで窓に近づき、斜め下に見える二階の警察の陣地を見る。ピンクのライトを手首に巻いた担任が渡り廊下側に立ち止まっているのが見えた。
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今だ。朔也は上履きを脱いで姿勢を低くしたまま渡り廊下を進んだ。手を振ると、陣地にいた仲間の女子がこちらに気づく。口に人差し指を当てると、彼女が小さく頷き、体育座りからすぐに立ち上がれるようしゃがみ込む姿勢に変えた。それにはっとした奥のもう一人が朔也に気づく。
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上履きを履いた朔也がこちらに気づいていた男女にパンパンッとタッチすると、「逃げるぞ!」と立ち上がった男子が渡り廊下を駆け出した。
「谷本君残してごめん!」
女子もそう叫んで走り出す。
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