どうあがいても恋でした。

タリ イズミ

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5巻【三】

3 新一年生入部

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 果たして、翌日朔也と今井が書道室で準備をしているとき、ノックの音がして「あの」と昨日の子がドアの隙間から顔を覗かせた。

「あの、来てもいいって言われて来ちゃいました……」

 不安そうな顔に今井が「どうぞー!」と招いた。

「自主練だからなに書いてもいいし、昨日の続きでもいいよ」

 すると彼女はぱっと顔を明るくさせて室内に入ってきた。今日は赤の書道道具と透明なビニールに入った真新しい筆を持っている。

「昨日の続き、やります。昨日のお手本、もうちょっと練習したいと思って」

 朔也も笑いかけた。

「見せたくなったら三年生に言ってね。また直すところを教えるからさ。新しい筆はのりが効いてるから、水道のところで少しほぐしてから使うといいよ」
「ありがとうございます!」

 一年生が嬉しそうに書道道具を広げ始める。そこへ他の二、三年生が「本日もよろしくお願いします」と合流し始めた。昨日努力家だと言っていた二年生が彼女を見つけて嬉しそうな顔になる。

「来てくれたんだ? 今日はなにやるの?」
「昨日の続きを書いてみたくて。昨日教えてもらったところを直したいです」
「分かる。もうちょっと上手く書けるかもって思っちゃうよね」

 自主練の明るい軽やかな空気に彼女がリラックスしたのが分かる。ピンクのスモッグを貸した今井が隣に座ってときにアドバイスをして練習に付き合った。

 五時半が迫ると彼女は朔也のところへやって来た。朔也が筆を置いたとき、「あの、部長、さん」と彼女が目の前に立ってぎゅっとスモッグを握った。

「入部届け、出してもいいですか。明日からも来たいです」

 すると周りの部員たちがおおと拍手した。教室内にぱちぱちという音と嬉しそうな声が弾ける。

「一年生第一号だね! 後輩ができた!」
「嬉しい。こんなに早く決めてくれる子いないよ!」

 拍手の中、朔也は彼女の手の甲に浮いた骨を見て言った。

「入学式や新入生歓迎会を見て分かったと思うけど、うちの書道部は半運動部だよ。体力も必要だし普段は筋トレもする。机から離れたときの練習はきついときもあるよ」
「頑張ります」

 彼女が真剣な表情でこちらを見たので、「書道部へようこそ!」と笑った。

「昨日はありがとう。おれたちのパフォーマンスを見て感動してくれたって言ってくれてこっちが感動したよ。あの感動を分かってくれる人が入ってくれたらすごく嬉しい」

 彼女がぱっと顔を明るくさせた。

「よろしくお願いします。私、頑張ります!」

 全員の拍手に彼女がぺこぺこと頭を下げた。

 翌日から彼女は緑のジャージで「本日もよろしくお願いします」とやって来た。昨日の先輩たちの挨拶を覚えていたらしい。もう迷っていないようで、一人ひとりの先輩が来るごとにそちらへ行って、名前とよろしくお願いしますの挨拶を繰り返す。席に着くと同じ手本を取り出し、昨日今井が直した半紙を眺めてから筆を持った。その横顔は集中していて、真剣そのものだ。

 あとから、その子を下手だと言った眼鏡の一年生が「こんにちは」と言ってやって来た。だが、その子がいるのを見てぽかんとした顔をする。

「なにしてるの?」

 その子の前に立って言う。新入部員はゆっくりと顔をあげた。

「そんな実力じゃ、大会に行くのは無理だって教えたのに」
「構わない」

 新入部員はしっかりとした受け答えをした。

「私が大会に直接参加できなくても、皆の応援はできるから。書道をやりたいから、部活で書道をやるって決めたの。もう入部した」

 指摘した一年生がたじろぎ、その後ろから入ってきた他の一年生が笑顔になった。実力がなければいけない。そんなありもしなかった空気が吹き飛んだのが分かる。そのうち一昨日見学に来てくれた二人の一年生が朔也のところへやって来た。

「あの、折原先輩」

 二人が同時にぺこっと頭を下げた。

「私たち、今日入部届けを出しました! よろしくお願いします!」

 その言葉に二、三年生からもよろしくと拍手が沸いた。入部したての一年生も笑顔になる。どうぞよろしくと朔也が言うと、その子たちは「はい!」と元気に挨拶した。すぐに新入部員のところへ行く。

「よろしく! 私たち、A組の林陽菜乃と清水唯」
「こちらこそよろしくね。私はF組。浅野こころって言うの」
「こころって呼んでいい? 私たちも陽菜乃と唯でいいから」
「うん、陽菜乃、唯、よろしく」

 一気に温まった空気に中村と渡辺が笑って何事か言葉を交わす。だが、朔也はそれ以外が気になった。

「林?」

 あ、出た。今井の言葉など耳にも残らず「線対称の名字じゃん!」とつい言ってしまった。こちらを見た一年生が照れたように言う。

「中学校の書道部の先生にも言われました。書道やってる人のあるあるですよね」
「やっぱり線対称って気になるよな! 羨ましい名字!」
「でも、珍しい名字のほうがお得な感じがします」
「二年生に珍しい名字の子いるよ。あの子。すずきさんって言うんだけど、寿に々、木ですずきさん」
「はーい、新年度にもれなく先生を驚かせる寿々木です! 新入生、よろしくね!」

 書道室が笑いに包まれる。浅野を下手だと指摘した子が戸惑ったのが分かった。だが、そちらの子も書道部希望者なのだ。書道をやりたい気持ちはここにいる皆同じ。今日初めて来た見学者の子には初日と同じ説明をしてスモッグを貸し、朔也は部室の空気をならすように「さて」と笑顔で全員を見回した。

「一年生、空いてる席のどこを使ってもいいよ。初歩的なことでもいいから、字を見てほしい人がいたら教えて。三年生が見るから」

 今井たちが手をあげて「三年生はここね!」と合図する。

「じゃあ始めようか」

 朔也の声に皆が口を閉じる。立っていた一年生たちもすぐに空いている席に座った。硯で墨をする音、半紙のかさこそとした音が聞こえるだけになる。朔也はすっと息を吸ってから紙に筆を落とした。ふっふっと呼吸を整えて筆から濃紺の線を走らせる。

 分かるよ。書道をやりたい気持ち。分かるよ、実力がなければ大会に行けないと思う気持ち。でも、大事なのはここからどう成長して皆で作品を作れるかだ。書道パフォーマンスは団体戦。字だけじゃない、体力は勿論、演技演出他との協力、どれもが大切になってくる。人間としてどれだけ成長するかが作品の出来を左右する。一年生のときには理解できていなかったことが、おれには今分かるようになった。

――見学期間に何人もの一年生が来て、最終的に十五人もの人数が入った。七人の二年生の二倍以上、五人の三年生の三倍だ。中に二人男子がいて、「やっとおれ以外に男子が」と朔也が感動すると、一年男子は照れたように顔を見合わせた。例の眼鏡の子も入ってきて、くちびるをきゅっとさせて「よろしくお願いします」と頭を下げた。自分と同じく負けず嫌いっぽいなと思う。既に実力もあるし、更に伸びるかもしれない。

 これで全員合わせて二十七人になった。ここからパフォーマンス甲子園の選手に選ばれるのはたったの十二人。三年生だから部長だからと慢心してはいられない。朔也は家でのスケジュールを見直し、毎日の時間と日曜日の書道の時間を増やすことに決めた。

 そうしているうちに三年生も二週間がたった。クラスでは陸上部の子とよく話すようになり、山宮がスポーツテストのときに「ハンドボールってどうやって投げんの」と話しかけてきたこともあって、誰とでも気さくに話すキャラで落ち着いた。これまで同じクラスだった女子が「朔」と呼んでくれるため、女子ともざっくばらんに話すようにしている。

 新一年生交えての活動日初日の夜、いつものように山宮と通話を繋ぎながら数枚書いて一旦休憩と筆を置くと、その音が伝わったのかシャーペンを止めた山宮が「あのさ」と話しかけてきた。

『来週のクラス行事、すげえ楽しみ。まさか宿泊行事になるとは思わなかったわ』
「だよね。でも、学校で一泊するって、夜に学校のトイレを使うってことだろ。めちゃくちゃ怖い。ちゃんと廊下に電気ついてるかな」
『分かんね。でも、うちのクラスしかいねえし、校舎は広く感じそう。シャワーもプールのところまで行くんだろ? 教室からはかなり遠いんじゃね』
「クラス全員乗り気だったよね。怖そうって思ったのおれだけ?」

 朔也の言葉に電話の向こうが笑う。朔也は行事の書かれたプリントを鞄から取り出した。四月末祝日前、土曜から日曜に行われるクラス別行事は、クラスの親睦を深めるための行事だ。どんな内容にするかは生徒の案で決まる。朔也たちのクラスは学校に一泊して調理室で料理を作ったり、出し物で遊んで一日を過ごすことになっている。クラス委員長になった男子がアイディアマンで、さまざまな案を持ってきたため皆がやる気になったのだ。

 本格的な受験勉強をスタートしたことへのストレス解消という意味も含め、毎年どこのクラスでもこの行事は盛り上がるらしい。まだ話したことのないクラスメイトがいる朔也としても、ここでクラスメイトと距離を縮めておきたい。

「山宮が誕生日のときに遊ぶときには遊ぶって割り切ってメリハリつけてたから、おれも当日は本気で遊びたい」
『じゃ、そこを目標に今週は乗り切ろうぜ』

 山宮がそう言って再びシャーペンでカリカリとなにか書き始めた。朔也も息をつき、筆を握る。切磋琢磨。そう心で唱え、筆に墨をつけた。
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