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5巻【二】
5 放送室で二人きり
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「よ」
辺りに人がいないのを確認し、外廊下から放送室の重い防音扉を開けて中に入る。すると、椅子を机代わりに教科書とノートを広げていた山宮がぱっと顔をあげた。マスクを外したその顔が一気に笑顔になったので、思わず口をほころばせて手をあげる。たっと駆け寄ってきた山宮とのハイタッチにパンッと明るい音が鳴って、朔也は「やったね!!」とようやく喜びを声に出した。
「三年間同じクラス! すごくない!?」
思わず声が大きくなると、山宮も興奮したように頬を赤くさせた。
「すげえよな!? 始業式の準備で朝早かったからすぐに名票は確認できたんだけどよ、スマホを家に忘れて連絡できなくて。俺、肝心なときに駄目だわってマジへこみ案件!」
いつになく明るい声の山宮にこちらにも喜びが移った。そそくさと靴を脱いで室内へあがり、鞄を水色の絨毯の床に置く。
「委員長って文系外部受験組だろ? 同じ進路の委員長ですら一緒になれなかったのに」
「あれ、今井が文系外部受験って知ってるんだ?」
「お前が同じ大学が第一志望なんだなってことも知ってるわ」
だが、それを言う山宮は特になんとも思ってないようで、嬉しそうに続けた。
「これって、あのチェックノートに同じクラスになるって書いたおかげじゃね?」
山宮の嬉しそうな声に、朔也は鞄からノートを取り出した。
「よし、三年最初のチェック!」
「だな!」
朔也は定位置に座るとペンケースを取り出し、揃いで買った赤のペンを出した。
「重要事項だから、今回は赤で!」
同じクラスになる。その一文の先頭に赤いチェックがつき、思わずもう一度ハイタッチした。
「おれ、にやけそうなのを我慢して教室に行った」
「俺もだわ。体育館内の機材を確認すんの、全然集中できなかった」
「教室での自己紹介、なに。全然顔に出ないんだから」
すると山宮はふふんとばかりににやりとした。
「体育祭の印象を皆に植えつけときゃ、お互い話しかけても普通じゃね」
「まあ、逆にあれがあるのによそよそしいのも変だもんね」
山宮がすとんと隣に座ったので、朔也はノートを「それ持ってて」と渡してスマホを取り出した。
「三年最初の写真もこれで! はい、チーズ!」
互いに寄せ合った頭がこつんとくっつき、弾ける笑顔が画像に収まる。すぐさま共有アカウントへ写真をあげ、朔也のスマホを見て互いににやにやした。
「やべえ、すげえ嬉しい。一年生の俺に教えてやりてえ。三年間同じクラスだぞって」
きゅっと目を細めた山宮が口の前で細い手を合わせた。
「かわいいこと言うね。でも、あの頃のおれたちに言ったら驚くよ」
「もしかしたら延々罰ゲームしてたかもな。三年間、合計十五回。あ、違うわ、三年は十二月考査が学年末考査だから、全十四回」
「いくらなんでもおれも考え出すよ。どうやったら山宮が今井に勝てるんだろって」
朔也の言葉に山宮が「いやいや」と苦笑して首を振る。
「委員長には勝てねえだろ。可能性があるとしたら体育か? 委員長、体育は普通っぽかった覚えがある」
「陸上部の子と言ってたんだけど、今年のスポーツテスト、全力でやろうよ。高校最後だよ。記録伸ばしたくない?」
「俺、あれ、ホント平均くらいなんだわ。ちょっと抜け出せねえかな」
「動画を調べればコツとか出てくるよ? おれ、そういうのを見て練習してた」
すると山宮が今度は呆れたように「お前のそういうとこな」と頭をかりかりと掻く。
「スポーツテストのために練習するって、俺にはねえ発想」
「スポーツテストって、数字で結果が出るじゃん。練習すれば分かりやすく数字に繋がるって、やりやすくない?」
「確かに、放送とか書道とは違うけどよ」
「たとえばハンドボール投げは投げるコツを知るだけで違うと思う。山宮、ちょっと投げ方違うんじゃないかなって去年見てて思った。投げる方向が違う」
「それってもっと遠くに投げられるかもってことか? あとで検索するわ」
教室では素知らぬふりしかできなかった二人の間に、新鮮な新学期の空気が漂っている。そこで山宮がマイクの横に置いてあったプリントを取り、また朔也の隣に座った。
「明日の新歓、書道部の出番遅いんじゃね。俺、その頃には疲れ切ってそう」
山宮は新歓の間、ずっと部活のアナウンスを行わなければならない。口を動かすだけ、と言ってしまえばそうだが、部の出てくるタイミングなども見なければならないだろうから、数分やればいいだけの部活と違って気を抜いていい時間がないのだ。
「最近の書道部は文芸部みたいだな。今度の題材が宮沢賢治の『雨ニモ負ケズ風ニモ負ケズ』とか。音源聞いたけど、いきなり風の音から始まるから何事かと思ったわ」
「でも、そのあとはポップな歌に変わるでしょ。今回は渡辺の案。去年の文化祭で渡辺のクラスが環境問題について展示してたじゃん? 学校のゴミで美術作品を作ってたクラス。黒板アートの前で写真を撮ったよな」
朔也はスマホで共有のアカウントを探し、そのときの画像を見せた。そこで山宮が思い出したとばかりに「ああ、あのクラスか」と納得した声を出す。
「あのとき、ゴミの中でも壊れた傘が多かったんだって。それで、ゴミを活用して、雨ニモ負ケズで傘を差して、風ニモ負ケズでおちょこになった傘を使ってダンスするってわけ」
朔也の説明に想像したらしい山宮が笑った。
「それだけじゃねえんだろ? お前、なんかするんだろ。大技みてえなやつ」
「正解! 最初に大筆を回して投げてインパクトを出す。で、おれは大筆だけで書く。二年生だけでやる入学式パフォーマンスには女子しか参加してないから、今、一年生は書道部イコール女子みたいな感覚になっちゃってると思う。だから男子も活躍できるぞってアピールしたいわけ」
すると山宮は「ここの特等席で見てるわ」とにっとした。その笑顔を見て、よしと自分に言い聞かせる。高校最後の一年のスタートだ。山宮との関係も順調、部活も皆の気持ちが揃っている。
「じゃあ俺は下校放送するわ」
山宮が時間が表示される黒のデッキの18:28:46の数字を見て立ち上がり、銀のマイクの前に座る。紺色のセータの背が深呼吸をするのを朔也は黙って見つめ、春の学校の終わりを告げる放送を聞いた。
辺りに人がいないのを確認し、外廊下から放送室の重い防音扉を開けて中に入る。すると、椅子を机代わりに教科書とノートを広げていた山宮がぱっと顔をあげた。マスクを外したその顔が一気に笑顔になったので、思わず口をほころばせて手をあげる。たっと駆け寄ってきた山宮とのハイタッチにパンッと明るい音が鳴って、朔也は「やったね!!」とようやく喜びを声に出した。
「三年間同じクラス! すごくない!?」
思わず声が大きくなると、山宮も興奮したように頬を赤くさせた。
「すげえよな!? 始業式の準備で朝早かったからすぐに名票は確認できたんだけどよ、スマホを家に忘れて連絡できなくて。俺、肝心なときに駄目だわってマジへこみ案件!」
いつになく明るい声の山宮にこちらにも喜びが移った。そそくさと靴を脱いで室内へあがり、鞄を水色の絨毯の床に置く。
「委員長って文系外部受験組だろ? 同じ進路の委員長ですら一緒になれなかったのに」
「あれ、今井が文系外部受験って知ってるんだ?」
「お前が同じ大学が第一志望なんだなってことも知ってるわ」
だが、それを言う山宮は特になんとも思ってないようで、嬉しそうに続けた。
「これって、あのチェックノートに同じクラスになるって書いたおかげじゃね?」
山宮の嬉しそうな声に、朔也は鞄からノートを取り出した。
「よし、三年最初のチェック!」
「だな!」
朔也は定位置に座るとペンケースを取り出し、揃いで買った赤のペンを出した。
「重要事項だから、今回は赤で!」
同じクラスになる。その一文の先頭に赤いチェックがつき、思わずもう一度ハイタッチした。
「おれ、にやけそうなのを我慢して教室に行った」
「俺もだわ。体育館内の機材を確認すんの、全然集中できなかった」
「教室での自己紹介、なに。全然顔に出ないんだから」
すると山宮はふふんとばかりににやりとした。
「体育祭の印象を皆に植えつけときゃ、お互い話しかけても普通じゃね」
「まあ、逆にあれがあるのによそよそしいのも変だもんね」
山宮がすとんと隣に座ったので、朔也はノートを「それ持ってて」と渡してスマホを取り出した。
「三年最初の写真もこれで! はい、チーズ!」
互いに寄せ合った頭がこつんとくっつき、弾ける笑顔が画像に収まる。すぐさま共有アカウントへ写真をあげ、朔也のスマホを見て互いににやにやした。
「やべえ、すげえ嬉しい。一年生の俺に教えてやりてえ。三年間同じクラスだぞって」
きゅっと目を細めた山宮が口の前で細い手を合わせた。
「かわいいこと言うね。でも、あの頃のおれたちに言ったら驚くよ」
「もしかしたら延々罰ゲームしてたかもな。三年間、合計十五回。あ、違うわ、三年は十二月考査が学年末考査だから、全十四回」
「いくらなんでもおれも考え出すよ。どうやったら山宮が今井に勝てるんだろって」
朔也の言葉に山宮が「いやいや」と苦笑して首を振る。
「委員長には勝てねえだろ。可能性があるとしたら体育か? 委員長、体育は普通っぽかった覚えがある」
「陸上部の子と言ってたんだけど、今年のスポーツテスト、全力でやろうよ。高校最後だよ。記録伸ばしたくない?」
「俺、あれ、ホント平均くらいなんだわ。ちょっと抜け出せねえかな」
「動画を調べればコツとか出てくるよ? おれ、そういうのを見て練習してた」
すると山宮が今度は呆れたように「お前のそういうとこな」と頭をかりかりと掻く。
「スポーツテストのために練習するって、俺にはねえ発想」
「スポーツテストって、数字で結果が出るじゃん。練習すれば分かりやすく数字に繋がるって、やりやすくない?」
「確かに、放送とか書道とは違うけどよ」
「たとえばハンドボール投げは投げるコツを知るだけで違うと思う。山宮、ちょっと投げ方違うんじゃないかなって去年見てて思った。投げる方向が違う」
「それってもっと遠くに投げられるかもってことか? あとで検索するわ」
教室では素知らぬふりしかできなかった二人の間に、新鮮な新学期の空気が漂っている。そこで山宮がマイクの横に置いてあったプリントを取り、また朔也の隣に座った。
「明日の新歓、書道部の出番遅いんじゃね。俺、その頃には疲れ切ってそう」
山宮は新歓の間、ずっと部活のアナウンスを行わなければならない。口を動かすだけ、と言ってしまえばそうだが、部の出てくるタイミングなども見なければならないだろうから、数分やればいいだけの部活と違って気を抜いていい時間がないのだ。
「最近の書道部は文芸部みたいだな。今度の題材が宮沢賢治の『雨ニモ負ケズ風ニモ負ケズ』とか。音源聞いたけど、いきなり風の音から始まるから何事かと思ったわ」
「でも、そのあとはポップな歌に変わるでしょ。今回は渡辺の案。去年の文化祭で渡辺のクラスが環境問題について展示してたじゃん? 学校のゴミで美術作品を作ってたクラス。黒板アートの前で写真を撮ったよな」
朔也はスマホで共有のアカウントを探し、そのときの画像を見せた。そこで山宮が思い出したとばかりに「ああ、あのクラスか」と納得した声を出す。
「あのとき、ゴミの中でも壊れた傘が多かったんだって。それで、ゴミを活用して、雨ニモ負ケズで傘を差して、風ニモ負ケズでおちょこになった傘を使ってダンスするってわけ」
朔也の説明に想像したらしい山宮が笑った。
「それだけじゃねえんだろ? お前、なんかするんだろ。大技みてえなやつ」
「正解! 最初に大筆を回して投げてインパクトを出す。で、おれは大筆だけで書く。二年生だけでやる入学式パフォーマンスには女子しか参加してないから、今、一年生は書道部イコール女子みたいな感覚になっちゃってると思う。だから男子も活躍できるぞってアピールしたいわけ」
すると山宮は「ここの特等席で見てるわ」とにっとした。その笑顔を見て、よしと自分に言い聞かせる。高校最後の一年のスタートだ。山宮との関係も順調、部活も皆の気持ちが揃っている。
「じゃあ俺は下校放送するわ」
山宮が時間が表示される黒のデッキの18:28:46の数字を見て立ち上がり、銀のマイクの前に座る。紺色のセータの背が深呼吸をするのを朔也は黙って見つめ、春の学校の終わりを告げる放送を聞いた。
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