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5巻【二】
4 部活初日
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放課後、書道室へ行くと、皆がどこか新鮮な表情で「今日もよろしくお願いします」と集まった。予選演技や卒業式パフォーマンスをともに乗り越えた二年生はすっかり頼もしくなっていて、先輩として新入生を迎え入れる空気が作られている。
「二年生、七人いるけどクラス替えはどうだった?」
「五クラスにばらけちゃいました。何系かってクラスの人数にも差が出るんですね」
「三年生なんて全員バラバラになっちゃったよ」
入学式パフォーマンスを終えた二年生は各自練習を始め、明日の新歓が本番の三年生たちはその練習にラストスパートをかける。だが、その翌日の授業開始日から新入生の見学が始まるのだ。地味な部活の印象も手伝って、最初の頃に見学に来る新入生は少ない。だが、貸し出す硯や墨汁、筆などの状態を確認し、さまざまな書体のお手本や半紙を用意する。書道部は活動中はジャージだが、見学に来る一年生は制服で来る子も多い。上からかぶるスモッグのサイズも一通り確認した。
春時間になった下校放送が流れる前に全てを終えると、皆が座席に座り、朔也は教壇のところへ立った。いつの間にか十一人の女子たちがこちらを見る光景に慣れた自分がいる。同学年の女子は頼もしく、後輩たちもしっかりとついてきてくれているのが分かる。朔也は「新学年のスタートだな」と口火を切った。
「おれが部長になったとき、挨拶で言ったことを覚えてる? 今年、書道部は目指す夢がある。パフォーマンス甲子園で優勝することだ」
皆が真剣な表情でこちらを見る。
「今から予選を通過する気持ちで練習に取り組もう。おれたちがそうしなきゃ、入ってくる新一年生たちの気持ちを作れない。一月の体育館で演技を撮ったときの自分たちを思い出そう。あのときのおれたちはすごかった」
そうだ、あのときのおれたち書道部はすごかった。山宮が号泣したくらい心を揺さぶる演技ができた。だからこそ、今進路を決めて前に進む自分がいる。
「あのときのおれたちは、ホントにすごかったよ。でも、ここにいる十二人全員が選手になれるとは限らない。入ってくる新一年生の中に、きっと自分よりパフォーマンスに向いてる子がいる。予選に通過すると信じて本番への練習に取り組まないと置いていかれる。そうやって全員で切磋琢磨していくんだ」
切磋琢磨に力を込めた朔也の言葉に皆の背筋がぴっと伸びた。
「選手になれなくても終わりじゃない。よりよい作品にするために案を出すことも必要だし、選手の演技を見てどこを修正したほうがいいかも考える。出場選手は十二人だけど、書道部全員で力を合わせなきゃ作品は作れない。パフォーマンス甲子園は団体戦だ。選手でも選手じゃなくても同じ書道部員。全員が夢を諦めないこと。この気持ちが優勝に繋がると思う」
朔也は息をつき、ぐっと顎を引いて言った。
「だから、改めて言う。今年、おれたち全員でパフォーマンス甲子園に行き、優勝する。これを目標に明日から取り組もう!」
朔也の言葉に全員が「はい!」と声を合わせた。その真剣な眼差しに頷き、「それと」と頭を掻いて付け加えた。
「あんまり頼りがいのある部長じゃないけど、今年もよろしくね。皆の支えがあってこれまでやってこられたって思ってる。すっごく感謝してるよ」
朔也の言葉に途端に空気が和み、皆に笑顔が戻る。「あの」と二年生が手をあげた。
「折原先輩は一人で引っ張っていくタイプというよりも、頑張ろうって隣を歩いてくれる部長だと思います。一人ひとりに寄り添ってくれる部長。だから、安心して頑張れます」
その子がにっこりとした。
「今年もよろしくお願いします!」
その言葉に思わずじんとしてしまい、言葉が出てこなくなる。そこへ今井が「ああ、これは困ったね」と首を振った。
「朔ちゃん、そういうのすぐに感激しちゃうから。部長泣かせだねえ」
皆が一様に笑い、朔也は「感動に水差さないでよ」と今井に口をとがらせた。すると急に教室が明るい砕けた空気になり、別の二年生が「あのう」と小さく手をあげた。
「そのう、一年間ずっと気になってて、一年生が入ってくる前に聞きたいんですけど……折原先輩と今井先輩って付き合ってるんですか……? 今井先輩が一人違った呼び方をしてるから」
その質問に二年生たちが急に「よく言った!」と口々に言い出した。
「気になってた! 気になってたよ!」
「ずっとずっと聞きたくて堪らなかった!」
「だって同じ方向の電車に乗って帰るし!」
「朝一緒に登校してるの見たことある!」
二年生の反応に今井と顔を見合わせ、同時に噴き出した。
「あたしたちのこと、そんなふうに思ってたの? 聞いてくれればよかったのに」
今井の目線を受けて、朔也も笑った。
「おれたち、幼馴染みなんだよ。幼稚園の頃から同じ書道教室に通ってたんだ」
「朔ちゃんって呼び方はその名残。家も近いし、朝もたまに会うから一緒に登校するときもあるってだけ」
「昔はおれもはるちゃんって呼んでたけど、名字に変えたのいつ頃だっけな」
「あたしは覚えてます! 中学校入学と同時に変えてました! 思春期だね!」
「うわ、恥ずかしい。はるちゃん、そういうの忘れてよ」
わいわいとした教室の中で、ようやくキーンコーンカーンコーンと下校時刻を知らせるチャイムが鳴った。朔也は「さて」と笑って皆を見回した。山宮の放送を聞きながらにっこりする。
「三年生は明日の新歓で全力を出す。二年生、部員獲得に向けて頑張ろう!」
明るい空気の中で新学年がスタートを切れた。朔也は「職員室に呼ばれてるから」とそそくさと片づけ、「はるちゃん、それから皆、また明日」と書道室を出た。後ろから「やめてよね!」という今井の言葉と笑い声が追いかけてくる。ふふっと笑い、帰る支度をするとすぐに放送室に向かう。
「二年生、七人いるけどクラス替えはどうだった?」
「五クラスにばらけちゃいました。何系かってクラスの人数にも差が出るんですね」
「三年生なんて全員バラバラになっちゃったよ」
入学式パフォーマンスを終えた二年生は各自練習を始め、明日の新歓が本番の三年生たちはその練習にラストスパートをかける。だが、その翌日の授業開始日から新入生の見学が始まるのだ。地味な部活の印象も手伝って、最初の頃に見学に来る新入生は少ない。だが、貸し出す硯や墨汁、筆などの状態を確認し、さまざまな書体のお手本や半紙を用意する。書道部は活動中はジャージだが、見学に来る一年生は制服で来る子も多い。上からかぶるスモッグのサイズも一通り確認した。
春時間になった下校放送が流れる前に全てを終えると、皆が座席に座り、朔也は教壇のところへ立った。いつの間にか十一人の女子たちがこちらを見る光景に慣れた自分がいる。同学年の女子は頼もしく、後輩たちもしっかりとついてきてくれているのが分かる。朔也は「新学年のスタートだな」と口火を切った。
「おれが部長になったとき、挨拶で言ったことを覚えてる? 今年、書道部は目指す夢がある。パフォーマンス甲子園で優勝することだ」
皆が真剣な表情でこちらを見る。
「今から予選を通過する気持ちで練習に取り組もう。おれたちがそうしなきゃ、入ってくる新一年生たちの気持ちを作れない。一月の体育館で演技を撮ったときの自分たちを思い出そう。あのときのおれたちはすごかった」
そうだ、あのときのおれたち書道部はすごかった。山宮が号泣したくらい心を揺さぶる演技ができた。だからこそ、今進路を決めて前に進む自分がいる。
「あのときのおれたちは、ホントにすごかったよ。でも、ここにいる十二人全員が選手になれるとは限らない。入ってくる新一年生の中に、きっと自分よりパフォーマンスに向いてる子がいる。予選に通過すると信じて本番への練習に取り組まないと置いていかれる。そうやって全員で切磋琢磨していくんだ」
切磋琢磨に力を込めた朔也の言葉に皆の背筋がぴっと伸びた。
「選手になれなくても終わりじゃない。よりよい作品にするために案を出すことも必要だし、選手の演技を見てどこを修正したほうがいいかも考える。出場選手は十二人だけど、書道部全員で力を合わせなきゃ作品は作れない。パフォーマンス甲子園は団体戦だ。選手でも選手じゃなくても同じ書道部員。全員が夢を諦めないこと。この気持ちが優勝に繋がると思う」
朔也は息をつき、ぐっと顎を引いて言った。
「だから、改めて言う。今年、おれたち全員でパフォーマンス甲子園に行き、優勝する。これを目標に明日から取り組もう!」
朔也の言葉に全員が「はい!」と声を合わせた。その真剣な眼差しに頷き、「それと」と頭を掻いて付け加えた。
「あんまり頼りがいのある部長じゃないけど、今年もよろしくね。皆の支えがあってこれまでやってこられたって思ってる。すっごく感謝してるよ」
朔也の言葉に途端に空気が和み、皆に笑顔が戻る。「あの」と二年生が手をあげた。
「折原先輩は一人で引っ張っていくタイプというよりも、頑張ろうって隣を歩いてくれる部長だと思います。一人ひとりに寄り添ってくれる部長。だから、安心して頑張れます」
その子がにっこりとした。
「今年もよろしくお願いします!」
その言葉に思わずじんとしてしまい、言葉が出てこなくなる。そこへ今井が「ああ、これは困ったね」と首を振った。
「朔ちゃん、そういうのすぐに感激しちゃうから。部長泣かせだねえ」
皆が一様に笑い、朔也は「感動に水差さないでよ」と今井に口をとがらせた。すると急に教室が明るい砕けた空気になり、別の二年生が「あのう」と小さく手をあげた。
「そのう、一年間ずっと気になってて、一年生が入ってくる前に聞きたいんですけど……折原先輩と今井先輩って付き合ってるんですか……? 今井先輩が一人違った呼び方をしてるから」
その質問に二年生たちが急に「よく言った!」と口々に言い出した。
「気になってた! 気になってたよ!」
「ずっとずっと聞きたくて堪らなかった!」
「だって同じ方向の電車に乗って帰るし!」
「朝一緒に登校してるの見たことある!」
二年生の反応に今井と顔を見合わせ、同時に噴き出した。
「あたしたちのこと、そんなふうに思ってたの? 聞いてくれればよかったのに」
今井の目線を受けて、朔也も笑った。
「おれたち、幼馴染みなんだよ。幼稚園の頃から同じ書道教室に通ってたんだ」
「朔ちゃんって呼び方はその名残。家も近いし、朝もたまに会うから一緒に登校するときもあるってだけ」
「昔はおれもはるちゃんって呼んでたけど、名字に変えたのいつ頃だっけな」
「あたしは覚えてます! 中学校入学と同時に変えてました! 思春期だね!」
「うわ、恥ずかしい。はるちゃん、そういうの忘れてよ」
わいわいとした教室の中で、ようやくキーンコーンカーンコーンと下校時刻を知らせるチャイムが鳴った。朔也は「さて」と笑って皆を見回した。山宮の放送を聞きながらにっこりする。
「三年生は明日の新歓で全力を出す。二年生、部員獲得に向けて頑張ろう!」
明るい空気の中で新学年がスタートを切れた。朔也は「職員室に呼ばれてるから」とそそくさと片づけ、「はるちゃん、それから皆、また明日」と書道室を出た。後ろから「やめてよね!」という今井の言葉と笑い声が追いかけてくる。ふふっと笑い、帰る支度をするとすぐに放送室に向かう。
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