どうあがいても恋でした。

タリ イズミ

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4巻【二】

1 階段を駆け上がるときの仕事率

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【二】

 翌日、代休の朝にベッドから起きた朔也の口から真っ先にため息が漏れた。昨晩進路指導室でもらったプリントを書こうとしたのだが、どうしても上手く書けない。なにが分かったかという問いには進路指導室で答えたような一文しか書けないし、どう捉えたかという問いにも同じことしか書けない。当然次の目標なんて書けるわけがない。優しく見えるはずの薄桃色もなんだかこちらを責めているようで、夜の九時過ぎまでプリントに向かったが、頭を抱え込むしかなかった。

 これは手につかない。だったら試験勉強をしよう。そう思って物理の教科書を開いたが、次の目標という言葉がちらついてシャーペンを持つ手が止まってしまう。そうすると物理の教科書の文字はなんだかぐにゃぐにゃとしてきて、なにを目的に勉強をしたらいいのか分からなくなってしまった。

 朝食を終えて部屋に戻ってくると、スマホのアイコンがメッセージを受信している。山宮だ。「数Ⅱ/山宮feat.折原」というメッセージにちょっと笑ってしまう。よく分からないが、数学のことを言ってくるということは、それを教えろという意味だろう。半袖のシャツに部屋着の長袖を羽織り、時間を決めて通話アプリを繋ぐ。

「おはよ。さっきのfeat.ってなに? 歌で見かけたことがある」
『俺が言いたかったのは数Ⅱって曲を俺に提供してくれって意味。ド音痴は自分で調べてみろ』
「はいはい、どうせ音痴ですよ。で、どこが分からないの」

 机に向かって数学の教科書を広げる。山宮は一度塾で聞いたけどやっぱり分かんねえと言って、朔也にあれこれ質問をした。朔也はそれに答えながら昨日開いていた物理の教科書を目の端に捉えた。山宮が「分かった」と納得した声を出し、シャーペンがノートを走る音がする。多分、山宮はきちんとした格好で勉強してるんだろうな。緩いスウェットの自分にため息をつき、朔也もノートを開いた。だが、真っ白の紙を前にどうしても手が動かない。スマホの向こうの音を暫く聞き、「山宮、質問」とシャーペンを投げ出した。

『俺に質問?』

 シャーペンの音が止まる。怪訝そうな声に物理の教科書を開き、頬杖をついた。

「物理なんだけど。試験範囲の『階段を駆け上がるときの仕事率』とか、『振り子の運動』どか、これって必要な勉強? 将来、なんかの役に立つ?」

 すると「将来就く職業で違うんじゃねえの」と無難な答えが返ってきた。はあとため息をついて教科書のページをぺらぺらと捲る。

「階段を駆け上がることを考える職業ってなに? おれがその職業に就く確率は? これ、ホントに勉強する意味があると思う?」

 もう一ページ捲ったとき、紙がぴっと指先を切った。全身を切る痛みとともにぷくっと血が出てきて、ティッシュを巻きつける。それにも血が滲んで、思わず机に突っ伏した。

「なんで勉強するのか分かんなくなってきた……将来使わなかったら勉強した時間が無駄じゃん。だったら山月記を復習するほうがよっぽど有意義だと思うけど」

 英語と数学で平均点をとる。山宮にはその目標があるから達成しようと努力している。一方の自分はいつもと同じ、クラス一位から落ちたくないことくらいだ。するとスマホが沈黙し、だがすぐに「いつ必要になるか分かんなくね」と言った。

『お前が部屋で書道を見せてくれたとき、直接筆を入れて使う墨汁を使ってたよな。その墨汁を作った人は化学を勉強してんじゃね』

 山宮の言葉に突っ伏したままの目が見開いた。

『どうやって開発してんのか知らねえけど、少なくともお前が大好きな書道をやるときに化学の世話にはなってんじゃねえの。書道って文系のイメージがあるけど、その周りの見えないところには理系も転がってるんじゃね。先生も言ってただろ、高校生の見える世界は世の中よりずっと狭いって。物理の振り子がどう役に立つか、俺には分かんねえ。だけど、やりてえことが決まったときに「物理が分からないから無理だな」じゃもったいねえわ。自分から選択肢の幅を狭めるって、意味分かんなくね?』

 思わず顔をあげてスマホを見つめる。山宮の文字とアイコンが喋った。

『自分が将来好きなことをできるように、一通りやっておいたほうがいいんじゃねえの。いらなかったらそのときにやめればいいだけだろ』
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