どうあがいても恋でした。

タリ イズミ

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4巻【一】

3 中島敦『山月記』

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 黒板の上に飾られた賞状は、その動画を含め、今日撤収してしまったものの思い出を凝縮しているものだ。だがそれを見上げる教室内の山宮は淡々とした様子で、もう学園祭の気分は終わったとでも言いたげに見えた。その内に秘めた体育祭での大きな感動を自分だけが知っていると思うと気分がよかった。

 書道部員二年生五人のクラスの撤収が終わったのは昼過ぎだった。昼食のあと、朔也たち三人は学校近くの本屋を回り、次回のパフォーマンス甲子園の題材に使う中島敦の『山月記』の本を買いに出かけた。二年生は山月記の載った教科書を持っているが、一年生は持っていない。そこで書道部全員分の同じ文庫本を用意しようということになったのだ。

 何軒かの本屋に足を伸ばし、どの出版社のものが分かりやすいか、勉強に使いやすいかを見比べる。最終的に今井が選んだものに決め、部員の数だけお取り寄せをお願いした。

 店員は制服でどこの高校か分かったのか、勉強で使うのかと笑顔で尋ねてきた。中村は「部活で使います」と笑みを浮かべ、名前や電話番号を書いた。その控えをもらったとき、今井が「いよいよだね」と言い、身が引き締まる思いがした。本屋からの帰り道、今井が指を折りながら確認する。

「次の部活で先輩は引退。その場で新部長が次のパフォーマンス甲子園で山月記を題材にすることを発表。山月記の本を渡し、語彙の解説プリントを配布。試験一週間前に部活がなくなり、次の部活は試験最終日の金曜日。でも、試験最終日はなにを書いてもいいって決まりだから、山月記はできない。勉強を始めるのは、全員が揃う翌週の月曜日の放課後」

 朔也はそれを想像して頭を振った。

「おれたちが山月記を勉強できるのも、残りは試験後の金、土、日ってことか。時間があるようでないよな」

 そこで中村が心配そうに今井を見た。今井は黒板を使って一年生に山月記の授業をする。

「今井ちゃん、本文の音読はどう? 学園祭前に私に言ってたよね、なかなか上手くいかないって」
「全部ふりがなは振ったし覚えたつもりだけど、正直挫けそう。一度もつっかえずに読めたことないよ」

 山月記は中国の昔、唐の時代を舞台にした物語だ。主人公の李徴りちょうの名前を始め、漢字が多く普段見慣れない語句が並んでいる。普段から日本の古典作品や中国の作品に触れている書道部とは言え、一読で理解するには難しい小説だ。朔也は山月記を題材にすることを推薦した中村に尋ねた。

「中村は勉強の調子はどう? 中村が一番考えて内容を理解してると思うけど」
「勉強したつもりだけど、予想外の質問ってあるよね。今井ちゃんや朔のほうが勉強もできるし、上手く説明できそう。そのときは頼むね」

 課題を挙げていくと、本を注文したときの高揚感に不安が混じってきた。ため息交じりに三人で書道室に戻ると、自主練で来ている一年生の他に買い出しに行っていた他の二年生の二人が戻ってきていた。こちらを見てぱっと笑顔を咲かせる。

「引退する先輩への花束、注文してきた」
「なるべく色とりどりにしてくださいって。やっぱり華やかな感じがいいよね」

 今井がほっとしたように「ありがとう」と頷いた。

「これで先輩の引退式の準備は大丈夫かな。色紙は卒業式のときに渡すのが恒例だし」

 それを聞いている一年生たちが筆を止めてちらっと白い歯を見せた。どうやって先輩たちの引退に向けて準備をするのか、なんとなく伝わったのだろう。山月記の本のことだけは隠したまま、二年生五人で漏れがないか確認する。
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