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3巻【三】
4 私ね、
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話し合いはそこで終わりになったが、中村は図書館へ行くと言った。この学校の図書館は県下屈指の蔵書数を誇る。イラストを見てみたいという中村に、「おれも図書館に用があるんだ」と一緒に廊下へ出た。一気に蒸し暑い空気がまとわりついたが、夕方になって少しは日差しが和らいだのが分かる。
「虎のイラスト、渋い感じが合うと思うんだけどな。怖いというよりも悲しい雰囲気があるといいよね」
日差しの差し込む眩しい渡り廊下を歩きながら中村が言い、朔也も「そうだな」と同意した。ぺたぺたとリノリウムを蹴る二つの足音が並ぶ。朔也は月と虎を思い描いた。
「月が出てるシーンってどんな感じだろ。あんまり光ってるイメージじゃないけど」
「藪だってどんな植物なのか。まっすぐな草っていうイメージがあったんだけど、絵として映えるのかな」
中村はそこまで言い、思い出したように「朔は図書館になんの用事?」とこちらを見上げた。苦笑しながら答える。
「ほら、文化祭で看板を書くって言っちゃったから。ミステリーとかホラー小説の表紙を見れば、それっぽい字が分かるんじゃないかと思ってさ」
すると中村は思い出し笑いをした。
「看板をやりたいって、すごく朔っぽい。私、教室内をどうするかってそればっかり考えてて思いつかなかった」
「中村はなにをやりたいの? やりたいことがあるんだろ?」
すると日差しが温めたように中村が頬を赤くした。
「実は、登場人物をやってみたいと思って。演技とかは分からないけど、演劇部に相談すればできるかもしれないし」
中村はそう言って髪を耳にかけた。
「私たち書道部って、どうしても書道パフォーマンスに力が入るし、全員で作品を作るでしょ。勿論すごくいいと思う。でも、私個人でなにか表現できることはないのかなって思ったの。将来の仕事だってそうでしょ。チームワークも大事、個人の技量も大事。文化祭では、書道パフォーマンスと個人と両方で活躍できたらいいなって」
中村は少しだけ寂しそうな顔をして窓の外を眺めた。中庭の自販機の前に数人の生徒がいて、下敷きで顔をあおぎながらなにか喋っている。
「私ね、書道は高校までなんじゃないかって思ってる。書道教室には通い続けようと思ってるけど、全然違う仕事をやるかもしれないなって。だからね、文化祭の書道パフォーマンスも、パフォーマンス甲子園も、悔いのないようにやりたいの。文化祭の脱出ゲームは個人でどこまでできるかチャレンジしてみたい」
中村は最後のほう、小さな声になった。だが、すぐにこちらを見上げて「なんてね!」と笑顔を咲かせる。
「今日の進路の話がちょっと重かったからいろいろ考えちゃった! 文化祭もパフォーマンス甲子園も進路も楽しんでみるよ」
朔也は笑みを浮かべてそうだねと相槌を打ち、図書館内で中村と別れた。
本のページの捲る音、シャーペンを走らせる音、たまに「貸し出しをお願いします」の小さな声が響く中、ベージュの絨毯の上を本棚と本棚の間を行く。小説の並ぶ棚で足を止めると、端から眺めた。ミステリー作家として有名な作家を見つけ、文庫本を一冊手に取る。だが、「雪」と題された小説はごく普通の明朝体で書かれていた。これは違うなと別の作家のものも手にする。だが、数冊取ってもごく普通の書体で書かれているものばかり。どろどろとした、または歪んだような字を想像していた朔也は戸惑って棚に本を戻し、並ぶ背を眺めてはっとした。題名なのだから、読みやすい字で書いてあるのは普通なのかもしれない。
え、ミステリーっぽい字ってなに? どうやって人を引き込むんだ?
突っ立った朔也は、自分が真っ先に謎の沼に放り込まれたのを感じた。
「虎のイラスト、渋い感じが合うと思うんだけどな。怖いというよりも悲しい雰囲気があるといいよね」
日差しの差し込む眩しい渡り廊下を歩きながら中村が言い、朔也も「そうだな」と同意した。ぺたぺたとリノリウムを蹴る二つの足音が並ぶ。朔也は月と虎を思い描いた。
「月が出てるシーンってどんな感じだろ。あんまり光ってるイメージじゃないけど」
「藪だってどんな植物なのか。まっすぐな草っていうイメージがあったんだけど、絵として映えるのかな」
中村はそこまで言い、思い出したように「朔は図書館になんの用事?」とこちらを見上げた。苦笑しながら答える。
「ほら、文化祭で看板を書くって言っちゃったから。ミステリーとかホラー小説の表紙を見れば、それっぽい字が分かるんじゃないかと思ってさ」
すると中村は思い出し笑いをした。
「看板をやりたいって、すごく朔っぽい。私、教室内をどうするかってそればっかり考えてて思いつかなかった」
「中村はなにをやりたいの? やりたいことがあるんだろ?」
すると日差しが温めたように中村が頬を赤くした。
「実は、登場人物をやってみたいと思って。演技とかは分からないけど、演劇部に相談すればできるかもしれないし」
中村はそう言って髪を耳にかけた。
「私たち書道部って、どうしても書道パフォーマンスに力が入るし、全員で作品を作るでしょ。勿論すごくいいと思う。でも、私個人でなにか表現できることはないのかなって思ったの。将来の仕事だってそうでしょ。チームワークも大事、個人の技量も大事。文化祭では、書道パフォーマンスと個人と両方で活躍できたらいいなって」
中村は少しだけ寂しそうな顔をして窓の外を眺めた。中庭の自販機の前に数人の生徒がいて、下敷きで顔をあおぎながらなにか喋っている。
「私ね、書道は高校までなんじゃないかって思ってる。書道教室には通い続けようと思ってるけど、全然違う仕事をやるかもしれないなって。だからね、文化祭の書道パフォーマンスも、パフォーマンス甲子園も、悔いのないようにやりたいの。文化祭の脱出ゲームは個人でどこまでできるかチャレンジしてみたい」
中村は最後のほう、小さな声になった。だが、すぐにこちらを見上げて「なんてね!」と笑顔を咲かせる。
「今日の進路の話がちょっと重かったからいろいろ考えちゃった! 文化祭もパフォーマンス甲子園も進路も楽しんでみるよ」
朔也は笑みを浮かべてそうだねと相槌を打ち、図書館内で中村と別れた。
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え、ミステリーっぽい字ってなに? どうやって人を引き込むんだ?
突っ立った朔也は、自分が真っ先に謎の沼に放り込まれたのを感じた。
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