どうあがいても恋でした。

タリ イズミ

文字の大きさ
上 下
87 / 145
3巻【三】

2 今は、ただ

しおりを挟む
 実は、朔也は第一志望から第三志望まで書道が学べる外部の大学を書いた。それら全てがA判定だったが、受験に実技がある大学もあるので、一般的なA判定とは意味が異なる。他には進路指導室で見た偏差値表から、名の通った国公立大と私立大の文学部を書いた。そちらはC判定とB判定だった。

 朔也が今一番関心があるのは書道だ。だが、大学で書道を学ぶのが正解なのか分からない。趣味で書道を続け、大学で他のことを学ぶという選択肢もあるだろう。勉強は嫌いではないし、目指す大学が決まれば徹底的に対策を練るだろうという自負もある。書道のことを念頭に書いた結果を見せるのが恥ずかしくて、紙を見せることができない。

 更に、外部受験を考えていることを言う行為が引っかかる。山宮と違う進路を行く。そのことをまだ考えたくないという気持ちが心を巣くっているのだ。

「……今日、先生も言ってたじゃん」

 朔也はあぐらを掻いた自分の足を引き寄せ、壁にとんと背をつけた。機械がうずたかく積まれた狭い放送室に今日はほっとしてしまう。自分のことを吐露するにはちょうどいい広さだ。

「高校生の見える世界が机の広さなら、世間は教室よりもっと広いって。なんの仕事をしたいかとか、よく分かんない。姉ちゃんはおれのことを間近で見てたから、おれのような生徒をなんとかしたいって学校の先生になるって言ってる。気持ちは嬉しいけど、おれ自身は学校って場所が職場になるのは想像がつかない。姉ちゃんは書道の先生だっていいじゃないって言うけど、なんか違う気がする」

 すると山宮はちょっと考え、「姉貴が言ってたけど」と切り出した。

「これだけは譲れないってものを決めると少しは絞れるってよ。簡単に言うと、転勤があってもいいかとか、土日休みがいいかとか、人と接する仕事がいいかとか。今日の文化祭みてえに、人前に出るのがいいかどうかって視点もあるんじゃね」

 山宮は言葉を選ぶように慎重な口調になった。

「折原って人前に立つのは好きじゃないんじゃね? お前のよさってとことんやるところだろうし、研究職みてえな一つのことを突き詰めてやるイメージがあるわ」

 研究職。思いもしなかった語に目が見開くのを感じた。

「俺は今日の結果で先が見えてほっとした。家族と同じところを目指しても、自分をいかせねえってことだろ。もう親や姉貴と自分を比べるのはやめる。意味ねえわ」

 山宮はそれだけ言うと鞄に紙をしまった。椅子を引き寄せ、再び取り組んでいた問題集とノートをそこに載せる。だが、少し考えるように眉根を寄せた。

「お前も姉ちゃんと比べなくていいんじゃね。姉ちゃんがお前をきっかけに将来の夢を決めたことと、お前の将来は無関係だろ」

 山宮は一瞬言葉を区切り、少し言いにくそうに顔を歪めた。

「お前は自分と同じようになった生徒を見たら、自分とその生徒を重ねて、そいつの苦しみが自分の苦しみになるんじゃね? 教室での生徒の目線を気にして悩みそうだし、お前が学校の先生になると潰れそうで怖えわ」

 山宮の言葉にぐっと胸が詰まった。ふっと息をつき、肩の力を抜く。

「山宮って観察力があるよな。おれのこと、おれ以上に分かってる」
「お前って思ってる以上に分かりやすいぜ。伊達に一年から見てねえわ」

 最後のほう少しだけ音量が小さくなったので、「山宮先輩、さすが」と黒髪の頭をつんと指でつついた。すると無言の右のストレートが腕にぽすっと打ち込まれる。二人同時に笑い、空気が夏のシャーベットのように少し溶けた。急に室内の涼しい風に気づき、息苦しさがほどけていく。

「そう言えば、山宮がナレーションをやりたいって名乗りをあげたのがすごかった。勇気あるね」

 朔也がそう言うと、山宮は照れたように「思わず手をあげてた」と口に弧を描いた。

「世界遺産とか紹介する短い番組があるだろ。最近そういうナレーションを聞くようにしてたんだわ。戦争の痕があると声が悲惨さを醸し出して、絶景が開けると華やかになる。尺に合わせて話すスピードも変えてるっぽい。ナレーター役もいろいろで、アナウンサーや芸人もいた。オーディションを受けるとか、元々声とか演技の仕事をしてて依頼されたりするんじゃね」

 山宮が「これはチャンスだ」と語気を強めた。

「動画に声をあてるなんて、中学の部活でもやらなかった。朗読ともアナウンスとも違う。今回アナウンス部門で評価されたみてえに、新しいことにチャレンジしてみねえと、なにが得意なのか分かんねえわ」

 な、とえくぼを作るのを見て、こちらにまで笑みが移った。やっぱり山宮はすごいなと思う。自分の好きなことに一生懸命でまっすぐだ。

 山宮の声が入った動画を早く見てみたい。自分も違う形でクラスに貢献できる。まるで書道パフォーマンスと同じように、お互いが自分のやりたい形で一つの作品を作ることができる。

 そう思ったらふふっと声が漏れていた。

「やっぱりクラスが一緒でよかった。文化祭で同じものをできるって嬉しい」
「脱出ゲームもおもしろそうだわ。去年はなんとなくで決まったけど、今年は全員が乗り気じゃね」
「役割も押しつけ合いじゃなくて積極的に決まりそう」
「全員で三十二人、案外人手が足りないかもな。どんな舞台か分かんねえけど、メイク係をやる女子とかいそうだし、大道具を作るなら男子の力がいるだろうし」
「体育祭もこの調子でいけるかもね」

 その後は二人とも文化祭の話で盛り上がった。山宮のさらさらの黒髪がクーラーの風に揺れて、楽しそうに口元が動く。朔也はそれを見ながら笑顔で相槌を打った。

 こういう時間が長く続けばいい。隣で一緒に屈託なく笑って過ごせる時間が。今は、ただ山宮と笑っていたい。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

普通の学生だった僕に男しかいない世界は無理です。帰らせて。

かーにゅ
BL
「君は死にました」 「…はい?」 「死にました。テンプレのトラックばーんで死にました」 「…てんぷれ」 「てことで転生させます」 「どこも『てことで』じゃないと思います。…誰ですか」 BLは軽い…と思います。というかあんまりわかんないので年齢制限のどこまで攻めるか…。

学園の天使は今日も嘘を吐く

まっちゃ
BL
「僕って何で生きてるんだろ、、、?」 家族に幼い頃からずっと暴言を言われ続け自己肯定感が低くなってしまい、生きる希望も持たなくなってしまった水無瀬瑠依(みなせるい)。高校生になり、全寮制の学園に入ると生徒会の会計になったが家族に暴言を言われたのがトラウマになっており素の自分を出すのが怖くなってしまい、嘘を吐くようになる ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 初投稿です。文がおかしいところが多々あると思いますが温かい目で見てくれると嬉しいです。

告白ゲームの攻略対象にされたので面倒くさい奴になって嫌われることにした

雨宮里玖
BL
《あらすじ》 昼休みに乃木は、イケメン三人の話に聞き耳を立てていた。そこで「それぞれが最初にぶつかった奴を口説いて告白する。それで一番早く告白オッケーもらえた奴が勝ち」という告白ゲームをする話を聞いた。 その直後、乃木は三人のうちで一番のモテ男・早坂とぶつかってしまった。 その日の放課後から早坂は乃木にぐいぐい近づいてきて——。 早坂(18)モッテモテのイケメン帰国子女。勉強運動なんでもできる。物静か。 乃木(18)普通の高校三年生。 波田野(17)早坂の友人。 蓑島(17)早坂の友人。 石井(18)乃木の友人。

王道にはしたくないので

八瑠璃
BL
国中殆どの金持ちの子息のみが通う、小中高一貫の超名門マンモス校〈朱鷺学園〉 幼少の頃からそこに通い、能力を高め他を率いてきた生徒会長こと鷹官 仁。前世知識から得た何れ来るとも知れぬ転校生に、平穏な日々と将来を潰されない為に日々努力を怠らず理想の会長となるべく努めてきた仁だったが、少々やり過ぎなせいでいつの間にか大変なことになっていた_____。 これは、やりすぎちまった超絶カリスマ生徒会長とそんな彼の周囲のお話である。

忘れ物

うりぼう
BL
記憶喪失もの 事故で記憶を失った真樹。 恋人である律は一番傍にいながらも自分が恋人だと言い出せない。 そんな中、真樹が昔から好きだった女性と付き合い始め…… というお話です。

【完結】I adore you

ひつじのめい
BL
幼馴染みの蒼はルックスはモテる要素しかないのに、性格まで良くて羨ましく思いながらも夏樹は蒼の事を1番の友達だと思っていた。 そんな時、夏樹に彼女が出来た事が引き金となり2人の関係に変化が訪れる。 ※小説家になろうさんでも公開しているものを修正しています。

婚約破棄された王子は地の果てに眠る

白井由貴
BL
婚約破棄された黒髪黒目の忌み子王子が最期の時を迎えるお話。 そして彼を取り巻く人々の想いのお話。 ■□■ R5.12.17 文字数が5万字を超えそうだったので「短編」から「長編」に変更しました。 ■□■ ※タイトルの通り死にネタです。 ※BLとして書いてますが、CP表現はほぼありません。 ※ムーンライトノベルズ様にも掲載しています。

真冬の痛悔

白鳩 唯斗
BL
 闇を抱えた王道学園の生徒会長、東雲真冬は、完璧王子と呼ばれ、真面目に日々を送っていた。  ある日、王道転校生が訪れ、真冬の生活は狂っていく。  主人公嫌われでも無ければ、生徒会に裏切られる様な話でもありません。  むしろその逆と言いますか·····逆王道?的な感じです。

処理中です...