どうあがいても恋でした。

タリ イズミ

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3巻【三】

1 落ち着く放送室

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「よ」

 食堂で昼食を食べると、朔也は放送室へ向かった。扉をノックして開けると、椅子を机代わりにして問題集とノートを広げていた山宮が驚いたようにこちらを見た。動かしていたシャーペンを持つ手が止まり、マスクを外す。

「書道部は? 自主練があるんじゃねえの」
「三時から参加しようと思ってる。それまで息抜きさせて」

 朔也はそう言いながら靴を脱いで涼しい放送室にあがった。三時からは二回目の二年生だけの話し合いだ。中村は今頃チョークから筆に持ち替えているだろうが、朔也は食堂からまっすぐここへやって来た。白のハンドタオルで額の汗を抑えながら言い訳する。

「今日はいろんなことがあったから、気持ちが落ち着かなくて」

 朔也の言葉に山宮が「ふうん?」と怪訝そうな声を出す。書道をすれば落ち着くんじゃねえの。そう言われるのが分かったので、その前にさっと定位置に座った。

「進路の話とか、学園祭のこととか、なんだか頭がごちゃごちゃ。今年の夏休みは忙しない気がするな」

 進路に関することがなかった昨年、ひたすら目立たないよう積極的な発言を控えていた朔也は、今日のことを振り返ってどっと疲れが押し寄せるのを感じた。クラスの一体感はよかったが、今更ながらリレーのことや看板のことなど、自分の言動は大丈夫だったのだろうかと心配になってしまう。人目を気にしてしまう朔也としては気の張る時間だった。

 山宮は朔也の発言にまた「ふうん」と声を出し、問題集を横へ置いてシャーペンをペンケースにしまった。

「時間があるなら折原に見てほしいんだけど」

 山宮がそう言って鞄を開けた。水色のカーペットの上で、朔也の目の前に改めて座り直す。そのとき、ぴんと張った襟から中の白いシャツが見えた。

「これ、模擬試験の結果。びっくりしたわ」

 あっさりと目の前に結果を広げられ、朔也は躊躇いつつもそれを見た。定期試験はともかく、偏差値を見ても大丈夫なのかな。そう思ったが、山宮は躊躇いもなく志望大学の判定結果を指さした。

「D判定があるんだけど。俺ならEじゃね? これ、間違ってね?」

 朔也は右下のそこを見た。第一希望から第三希望に大学付属の学科が書かれており、D判定二つとE判定一つが並んでいる。他大二つもE判定だったが、朔也は目を見開いた。

「すごいじゃん! Dって、今から目標に据えても間に合う可能性があるって先生も言ってたよね。大学付属を外部受験するとしたらの判定だよ? 世間一般から考えたら、うちの大学を外から狙えるってなかなかだと思う」

 朔也の言葉に山宮が「だよな?」と言い、紙を眺めて納得のいかない表情をする。朔也は判定結果をじっくりと眺めた。

「この五つはどういう基準で書いたの?」
「実力を測る意味で大学付属を書くといいって先生が言ってたから書いた。学科は適当。文系二つと理系一つを書いた。他大の一つは音響工学を勉強できる理系。残りは姉貴の大学の文系。数学が苦手だから、理系の判定が低いのは分かる。姉貴の大学も偏差値が高いから当たり前だな」

 山宮が紙を見ながら戸惑ったような顔つきになる。

「点数、数学と英語以外は全国平均を超えてんだよ。俺……案外バカじゃなくね?」

 黒い睫毛が上下に瞬きし、思わず口元に笑みが浮かんだ。

「オリエンテーションでも言っただろ。成績は学校内でどうかっていうだけだって」
「でも、俺、中学でも勉強ができるほうじゃなかったぜ?」
「この学校の授業についてこられるように頑張ってきたから、できるようになってきたんだと思う。宿題だって課題だってちゃんとやってるじゃん。この結果は山宮の実力だよ」

 朔也は力強く言い切ったが、当の山宮は不思議そうに「そういうもんか?」と首を傾げる。そしてそのままじっくりと紙を見つめた。

「俺、どっちかって言うと文系か」

 その言葉に朔也も各教科の点数と平均を見た。

「定期試験でもそうだったけど、国語はできるよね。現代文と古文、漢文、全部点数が高い。日本史もできてる。物理も平均以上だね。数学が難点なのは分かるけど、音響をやりたいならまだ諦めなくていいんじゃない」
「まずは英語ってことか。exラッシュでゲシュタルト崩壊を起こしてるようじゃ文系も理系もねえわ」

 朔也はそこでオリエンテーションの帰り道、電車内で奥の細道をそらんじた山宮のことを思い出した。

「山宮って暗記力があるよね。奥の細道をすらすら言えたのはすごいと思う。多分、日本史ができるのも歴史を物語として覚えてるんじゃない? 山宮が英語で躓いてるのはまずは単語だと思う。前も言ったけど、文章と一緒に覚えないとどうやって単語を使うのか分からないだろ。単語帳では単語を見るんじゃなくて、例文を見たほうがいいと思う。あの暗記力があれば覚えられるでしょ」

 すると山宮は「英単語をただ書いてるだけじゃ駄目だって言われたわ」と頭を掻いた。

「俺、立って口に出して読むと覚えられるんだわ。放送も国語も日本史も、部屋で歩きながら読んで覚えた。そうやって台本を覚える俳優がいるのを知って、やってみたら自分に合っててよ」
「紙に何度も書くスタイルはベストじゃないんだね。英単語帳の文章を口に出して読みながら覚えるっていうのはどう? 慣れないと発音が難しいとは思うけど、英単語の小テストは定期試験前に何回もあるし、試してみる価値はあると思う」

 そこでようやく山宮が明るい表情になった。

「すげえ。勉強なんて諦めてたのに、できるようになるんじゃねって思っちまった」
「山宮は勉強の仕方が分かってなかったってだけでしょ」

 すると山宮はぽつりと「塾に行ってみようかな」と言った。

「個別指導みたいなところ……なにが分かんねえのか分かんねえから、そういうことを教えてくれるところ。親がいいって言えばだけど。姉貴には追いつけねえけど、俺だって全国平均を超えられるかもしれねえよな?」

 ぶつぶつと呟いた山宮がはあと息をつき、結果の紙を二つ折りにした。そして顔をあげてこちらを見る。

「お前、どうだった? お前はすごそう。全教科、全国平均は超えてんじゃね」

 朔也はぎくりとして鞄に入っている結果のことを考えた。出すのが恥ずかしくて、「なんて言えばいいんだろう」と腕を組む。

「平均は超えてたけど、やっぱりクラス一位って学校内での実力なんだなって思った。大雑把に言うと、東大に余裕で受かるような学力があるわけじゃないしね」
「判定は? お前ならA判定が出る学校もあるだろうし、目指す大学があれば今から狙えるんじゃね」

 山宮は当たり前のように外部受験をするのだろうと思わせる発言をした。
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