どうあがいても恋でした。

タリ イズミ

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3巻【二】

3 文化祭は?

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 教室のあちこちで「だね!」とパチパチと拍手が湧き起こった。五月のオリエンテーションで深まったクラスの一体感が急速に強まったのが分かる。チャイムにも皆が素早く席に着き、やって来た担任は「お?」と教室に入ったところで足を止めた。

「休み時間になにがあった。なんだか楽しそうだな」

 温まった空気が伝わったらしい。くすくす笑い声が広がる中、先ほどの陸上部の男子が「俺たち、今年優勝するんで!」とうそぶいた。担任は頼もしい限りだと笑い、「次は文化祭についてだ」と委員長、副委員長を促した。再び書記の中村も教壇に立つ。副委員長が紙を見ながら説明を始めた。

「文化祭の決まりは昨年と同じ。衛生面から飲食店は禁止。体育祭のあとと前日準備で設営が終わるもの。全員参加で他クラスを回るのは交代制。部活で出し物がある生徒はそれも念頭に置くこと。で、来校者の投票で順位が決まる」

 そのあとをセーラー服の委員長が引き継ぐ。

「出し物を考える前に、クラスTシャツを決めたいの。誰がデザインを考えるのか、シャツの色はなにか。カラーはデザインを考える人に任せてもいいんだけど」

 今度は美術部の生徒に声がかかった。大人しい女子で、普段は教室の隅にいるような印象の生徒だ。だが、デザインについて促されると「任せて!」と頬を紅潮させた。

「来週までにいくつか描いてくるね。どれがいいか多数決で決めればいいと思う。皆が納得いかなかったら描き直すから」

 皆が賛同の拍手をし、彼女は嬉しそうにぺこっと礼をして椅子にスカートを整えながら座り直した。その笑みを見ていいなと思う。学園祭がいいのは体育祭と文化祭で活躍の場が多く設けられているというところだ。運動が苦手でも文化祭で活躍する生徒もいるし、逆もまた然りだ。

「それで、出し物はどうする?」

 委員長がそう言ったとき、あちこちから「ううん」と困った声が聞こえて空気が停滞した。朔也も首を傾げる。去年もここで躓いた。中学のときにやったという案が集まったものの、全員がピンとくるものがなかったからだ。

「去年一位だったクラスってなんだったっけ? 二年生だった気がする」
「十分くらいのショートムービーじゃなかった? 私、見に行った」
「演技が大変だって先輩から聞いたぞ」
「演劇部じゃない子がずっと演技するのが大変なんだと思う」
「結局お化け屋敷とか迷路とか展示に落ち着くクラスが多いよな」

 男子の言葉に内心頷く。去年朔也のクラスは迷路だった。だが、よそのクラスにも迷路はあって、票獲得を狙うようなものではなかったように思う。

「展示より参加型のほうがおもしろいんだよね。票が集まりやすいし」

 皆があれこれと意見を出し、中村がそれを黒板に記していく。その中で一人の女子がぽつりと「脱出ゲームみたいなのってどうかな」と言った。誰も考えていなかったのか、おやと言ったように彼女に注目が集まる。

「この間、遊園地で脱出ゲームをしたの。私が参加したのは、物語の主人公である探偵になって事件を解決するっていう話だった。謎を解くには各アトラクションを回るの。そこに行くとクイズが表示されて、クイズのヒントになる一分くらいの動画が流れる。全部を回ると、最終問題の答えのヒントが集まるの。答えは簡単だったけど、一捻りあったから間違う人もいた。そういう人はもう一度ヒントの動画を確認しに行くんだって。参加型だから楽しかったよ」

 彼女の言葉に皆が顔を見合わせた。

「そういうのって去年はなかったよね?」
「探偵、つまり推理モノか。俺、そういうのは結構好き」
「一分の動画が何個かあるんだよね? 十分間の演技を一本撮るよりは簡単なのかな」
「でも、アトラクションを回るって要素はどうする? 使えるのは自教室だけだぜ」
「教室内でいいんじゃねえの。全員学校から配布されたタブレットを持ってるだろ。間隔を空けてタブレットを設置して、それを見て回るっていう形がいいんじゃねえ?」

 他にも出し物の意見が集まったが、中村が書いたそれらを見て皆が乗り気になったのは脱出ゲームだった。

 だが、朔也は内心憂鬱な気分になった。目立つのが好きではない朔也としては、百人以上に見られる演技を動画で撮られるなんて遠慮願いたい。すると同じことを感じたのか、一人の男子が渋い声を出す。

「でも、俺、演技なんてできないけど」

 するとフォローする声があがる。

「裏方だって大事でしょ。ムービーを撮るカメラマンも必要だし、編集も必要」
「スマホもタブレットもあるし、撮影と編集はいろんな人ができそうだよね」
「まずは物語を考えなきゃ」
「謎だって一人で考えられるものじゃないよね」

 がやがやと細かな意見で教室が揺れる。そこへ「あのさ」と声があがった。

「それって、音響も必要じゃね」

 それが山宮の声だったので、朔也は思わず彼を見た。皆もそちらを見る。普段教室では殆ど発言しない山宮が、マスクの頬に頬杖をついて言う。
「動画の一本一本が謎解きなんだろ。演技に雰囲気を出すには、物語の展開に合わせて音楽をバックに流すといいんじゃね。その音楽を選ぶには全体の流れを把握する監督が重要だろ。あと、演技のときにマイクを使って声とか音を拾うなら、カメラマンの他にマイクを持つやつだって必要だわ。そうやって細かく考えると、演技のシーンでも編集のシーンでも裏方の人数は必要だし、クラス全員が役割分担するっていうのは文化祭の目的に合ってると思うけど」

 すると皆がおおと感心したような声を漏らした。バラバラだった空気が一つの方向にまとまる。

「脱出ゲーム、やる? この先を決めるなら多数決を取りたいな」

 委員長の言葉に、教室内から「賛成!」と声があがる。文化祭の出し物は満場一致で脱出ゲームに決まった。

 ここで三時間目の終わりを告げるチャイムが鳴った。だが、休み時間も皆がそれぞれに文化祭について話す。

「演技をやってみたい。でも、できるかなあ。そんな経験ないけど」
「ミステリードラマの世界に入り込む感じなのかな」
「俺、裏方がいい。動画を撮るのっておもしろそうじゃん」

 笑顔で言葉を交わすクラスメイトを眺めていると、仲の良い体操部員たちが朔也の席にやってきた。

「朔、なにやりたい?」

 問われてうーんと首を傾げる。目立たない裏方でなにか役に立てること。そこで朔也が思い出したのは山宮と行ったカラオケの看板だった。ポップな書体が明るい空気を出していた。中が充実していても、来てもらわないことにはどうしようもない。教室に入ってもらうには、興味関心を引くようななにかが必要だ。

「入り口の看板とかどうかな。ミステリーっぽい字を書きたい。入りたいって思われるような字」

 朔也の答えに「書道部の発想」と周りが笑う。

「演技をやってみてえな。物語の登場人物になれるって今しかできない経験だろ」
「俺、結構ゲームやるんだよ。物語のシーンで音楽が変わるって山宮の言葉で気づいた。音響っていうのが気になる」

 その言葉に朔也は自然と山宮のほうを見て、「意外だな」と口にしていた。

「山宮があんなふうに発言すると思わなかった」
「確かに。山宮の発言で全員がまとまった感じだったよな」

 当の山宮は副委員長と喋っていた。相変わらず目立たない雰囲気なのに、いつもより生き生きしているように見える。夏の教室はクーラーのためにカーテンが閉め切られているから、外を見ることができない。その中に浮かぶ白いマスクの山宮は明るく見えた。

「でも、オリエンテーションのときに山宮って明るいやつだなとは思った」
「朔の話に爆笑してたしな」
「風呂のときもすげえムキになってたじゃん。普段は大人しそうってだけかもな」

 朔也が見つめる中で山宮が何事か言った。副委員長がむっとした顔つきになり、山宮の頭をこづく。それに対してマスクと前髪の間の目が笑って、山宮は机に頬杖をついて話を続けた。改めて同じクラスでよかったなと思う。クラスメイトという形で関われる時間も貴重だ。
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