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3巻【二】

2 体育祭準備

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 二時間目の体育祭の競技決めになると、神妙な空気だったクラスが一気に活気づいた。この学校は体育祭に力を入れており、学園祭四日前からは全日準備期間となる。体育の時間に加えて集中して練習することで、クラスの一体感や学年の一体感が高まるのがこの時期だ。どの学年も真剣に優勝を目指し、学校全体の熱気が強くなる。

 競技の中でも注目されるのは、綱引き、玉入れ、学年ダンスの三競技。綱引きは二又に分かれた長い綱を全学年総当たりで行う。玉入れは棒の先にある網のような小さなものではなく、大きく長い筒の先にある漏斗状の口をめがけてゴムの球を投げ、筒から玉が溢れるまでの時間を競う。綱引きと玉入れはどちらかに必ず参加し、学年ダンスは全員参加だ。この三つは大人数で行われるので、迫力も満点だ。

 これらの基本事項を担任が説明すると、クラス内ががやがやとお喋りで溢れ返った。体育委員の男子が黒板の前に立ち、書記係である中村が白のチョークを持つ。担任は壇上から降りて入り口の前に椅子を置き、楽しそうに教室内を眺めている。体育委員の男子がクラス全員の名前が書かれた名票を見ながら言った。

「それぞれの競技メンバーを決めよう。まず、ハンデとして陸上部が徒競走とクラス対抗スウェーデンリレーに出られない。だからそこは足が速い人に出てほしいんだけど」

 その瞬間、男子全員の目線が朔也に集まって、心臓がどきっと音を立てた。

「朔、足速いよな。徒競走とリレー、どっちがいい? 去年どっちに出てた?」

 四月のスポーツテストの印象がクラスメイトに浸透しているらしい。尋ねられて朔也はえっとと頭を巡らせた。

「去年は徒競走だった。でも個人的にリレーのほうが合うかも。長距離のほうが得意」

 朔也の返事に皆があっさりと「それがいいね」と頷き、中村がリレーのところに「折原」と書いた。

「じゃあ、先にリレーのメンバーを決めるか。一週目が女子、二週目から四週目が男子。最後は」

 体育委員の彼がちらっと教師を見る。

「茂先生、走る練習をしておいてください。アンカーは先生ですよ」

 そう、クラス対抗という名のとおり、最後の半周をクラス担任が走る決まりになっている。遊び心が入った種目で、体育祭の最後に行われることもあってかなり盛り上がる。担任が苦笑して「分かったよ」と頷いた。

 男女共に十六人のクラスは、誰が足が速いかくらい承知している。あっさりとリレーと徒競走のメンバーが決まり、朔也はクラス対抗リレーで教師の一つ前の走者となった。

「綱引きか玉入れ、ダンスの他に一つは参加必須だから、どの種目がいいか考えてほしい」

 中村が全種目を黒板に書くと、皆がどれそれがいいと話し出す。

 そう言えば、山宮は去年なんの種目に出てただろう。

 考えたが、思い出せなかった。競技のアナウンスをしていたと言うことは聞いたが、それも思い出せない。一年生のときに作れなかった思い出を今年は作りたい。

 朔也は種目一覧を眺めた。運動が得意だといろんなものに駆り出されるということは去年で分かっている。午前中と午後に実施される順番を考え、効率的にクラスと学年に貢献できる種目にしたい。

 全員が希望の競技を挙げ、バランスを見ながら全体を調整する。結局朔也は午前中に背中渡しリレーの補助と学年ダンス、午後は玉入れと借り物競走、クラス対抗リレーに出ることに決まった。なんだかやたら走るなとも思いつつ、隣の席の陸上部が「頼むぜ」と言うので「オッケー」と笑顔で返す。さて山宮はと黒板を見ると、綱引きとバケツリレーのところに名前が入っていた。荷物を運ぶリレーというところに内心笑ってしまう。去年のクリスマス、校庭で部活の機材を運んでいた姿を思い出すのだ。

 体育委員が教壇のところでそれらを名票に書き込む。チャイムが鳴る五分前を切っていた。

「じゃあ三時間目からは文化祭についてだ」

 教壇上で担任が笑顔でそう言ったとき、キーンコーンカーンコーンとチャイムが鳴った。それじゃあ十分休憩。そう思って朔也が肩の力を抜いたとき、トントンと後ろから肩を叩かれた。振り返って見れば、同じクラス対抗リレーの走者の男子が立っている。

「朔、ちょっと話さねえ? リレーメンバーのこと」
「うん、勿論」

 急いで立ち上がり、女子一人と男子三人で教室の後ろに集まった。一人が深刻そうに切り出す。

「リレーについて考えたんだけどさ、A組の担任の先生って体育だし、若いだろ。A組のほうが有利じゃねえ?」

 皆で顔を見合わせる。一人が担任がいないのを確認し、ため息をついた。

「茂先生、英語だしな。体育の先生に適わねえのは仕方ねえと思う」
「でも、茂先生って大学までラグビー部だったって言ってたよ」
「じゃあ、今も走るの速いのかな?」
「俺たちでなるべくいい順位でバトンを渡そうぜ。やっぱり担任に花を持たせたいじゃん」

 その言葉に四人が一斉に笑顔になる。朔也は「うーん」と腕を組んだ。

「バトンの渡し方でも差が出るよな? 去年バトンを渡し損ねて遅れたクラスがあった気がする」
「バトンの練習もやろうぜ。それだけなら先生も一緒にやってくれるかも」
「バトンの渡し方ね。動画を探せば出てくるんじゃない?」
「スウェーデンリレーについても調べようぜ。男子は走る順番を変えたほうがいいってこともあるかもしれねえし」

 連絡用にとその場でSNSのグループを作る。クラス対抗リレーというグループ名に思わずふふっと笑った。去年の体育祭も盛り上がりはしたが、一年生は初めての体育祭の雰囲気にどこか戸惑いがあって、二、三年生とは大きな差があった。だが、二年生の今は違う。それに二年生は一年生よりも優勝を狙える学年だ。一人の男子が笑顔を作った。

「この競技って体育祭の締めくくりだろ。全員で頑張ろうぜ!」

 朔也を含めた三人が「うん!」「おう」と明るい声をあげた。よしと席へ戻ろうと教室へ視線を戻すと、いつの間にかクラスメイトたちがそれぞれこちらを見ていた。

「リレー選手たちは気合い入ってんな」

 窓の桟にもたれていた陸上部の男子がにやっとした。

「分かんねえことがあったら陸上部までどうぞ! 今年はマジで気合い入れていこうぜ」
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