どうあがいても恋でした。

タリ イズミ

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3巻【二】

1 夏休み初の教室登校

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 七月最後の土曜日、久しぶりに教室登校となった。下駄箱にローファーが並び、すのこで上履きに履き替えるときに木の音がカタカタと鳴る。教室に行く途中で中庭を見ると、自販機のところにいつもより多くの生徒たちが集まっていた。教室では前日にどこかの部活が着替えに使っていたのか、微かに制汗剤のにおいが残っている。

 終業式から一週間、書道三昧だったせいで、山宮以外の皆と顔を合わせるのがなんだか照れくさかった。「一週間ぶり」「おはよ」と挨拶が飛び交う中で出席番号順に席に着く。外で練習する部活の生徒は少し肌が焼けている。夏休みに入って一週間しかたっていないのに、教室はどこか浮ついた空気が漂っていた。

「おはよう」

 担任が教室に入ってくると、似たことを感じ取ったのか皆を見て少し笑った。

「すっかり夏休みだな。だが、今日は気を引き締めてくれよ。じゃあ号令」

 日直の生徒の声に合わせて着席する。そこで教師が今日一日の流れを説明した。

 朔也たちの学校では十月に体育祭と文化祭が中一日空けて連続で行われ、両方を合わせて学園祭と呼ぶ。体育祭は学年対抗、文化祭はクラス対抗で、一位から三位が発表される。体育祭は三年生が有利だが、文化祭に学年は関係ない。特に文化祭は受験生や卒業生が来てどこのクラスがよかったか投票するということもあって、自主的に時間を作って準備するクラスも多い。学園祭は学校をあげての一大イベントだ。

 これから毎週土曜日の午前中は教室登校となり、学園祭の準備を進める。体育館の空き状況によって、文化祭と体育祭のどちらの準備に時間をかけられるかは毎回異なる。今日は一時間目がロングホームルーム、二時間目が体育祭の競技決め、三時間目と四時間目が文化祭についての話し合いとなった。

 だが、一時間目のロングホームルームが始まると、担任の「全校模試の結果を返すぞ」という言葉に全員が嘆きの声をあげた。廊下から別のクラスのざわめきが聞こえたから、どこのクラスでも同じらしい。まさか今日返却されるとは思っていなかった朔也の背中に緊張が走った。

 出席番号順に、と名前を呼ばれ、朔也は結果を受け取った。マルバツのついた答案用紙を見るのは後回しにし、どきどきと心臓の音を感じながら点数等の結果が書かれた紙をそっと開く。

 まず目に飛び込んできたのは偏差値の数字だった。太いゴシック体で印字されているので印象が強烈だ。その数字をじっと見たが、実感は湧かなかった。そもそも大学の偏差値は塾などによって数値が微妙に変わってくる。自分がどの大学を目指せるレベルなのかは、この模試を実施しているところが発表している偏差値表を見なければならない。

 続いて順位を見る。校内順位は定期試験と殆ど変わらなかったが、朔也は全国の順位を眺めた。一瞬だけカラオケで見た全国平均の数値を思い出す。自分の点数と全国平均を見比べて息をついた。全教科で平均を超えているが、この学校の生徒なら平均を超える者が多いだろう。

 次に志望大学の判定を見る。一番どきどきしていた項目だったが、これもよく分からなかった。進路指導室に行って、どう捉えるか聞いてみるかと息をつく。

 朔也は紙から顔をあげ、窓際の山宮の席へ目線を移動させた。マスク姿の山宮はちょうど教壇の上で答案を受け取ったところで、ポーカーフェイスで机の間を歩きながらぺらっと紙を見た。だが、一瞬驚いたように目を見開いて足を止め、紙を食い入るように見つめる。だが、別の生徒が近づいてきたのに気づいたらしく、紙をたたんで席へ戻った。

「もう二年生の夏だな」

 担任が窓のほうを見た。オフホワイトのカーテンが閉まった教室はクーラーが効いており、湿気もなく快適な空間になっている。だが、かしましい蝉の鳴き声は聞こえてくるし、外に出れば炎天下だ。駅から学校まで影を踏んで歩いてきて、それでもシャツの下に着たTシャツが汗でびしょびしょになった。担任が落ち着いた様子で教室を見回す。

「大学がついていない高校では、既に受験勉強に取り組んでいる者が多い。大学付属に進学する者も他人事じゃないぞ。大学に進んだら、そうやって勉強してきた学生と机を並べて過ごすんだ。今日から偏差値表を各クラスに張り出す。まずは今日の結果と表を比べてみるといい。分からないことがあったら、俺か進路指導室の先生に相談しろ」

 朔也は姉のことを考えた。姉は将来の夢が明確だったため、志望校を決めるのが早かった。二年になる前から予備校に通い始め、部活にも入っていなかったから、朔也とはかなり異なる高校生活を送っていたことになる。

 日直が黒板に偏差値表を貼り出した。赤と青の丸い磁石で四つ角を押さえた表を見ながら教師があれこれと説明する。たとえばと大学付属のそれぞれの学科が偏差値いくつなのかと数字を挙げ、A判定からE判定の意味を解説した。朔也はそれを聞いて結果の紙を握り締めた。

 大学付属の学科の偏差値は全て超えている。外部からでも大学付属なら充分狙える学力はあるということだ。だが──。

 この模擬試験を受けた日、進路相談室で聞いた話が蘇った。進学についてどう考えたらいいか分からない。そう吐露した朔也を向かいの丸椅子に座らせ、去年の担任は少し首を傾げた。

「折原君なら外部受験を視野に入れてもいいんじゃないかしら」

 机にあったなにかを取り出し、考えるように慎重な声で言う。

「去年、試験ではずっとクラス一位だったわね。学年でも五位以内だったはず。行きたい大学があれば、そこを目指して勉強してみても悪くないと思うわ」

 これは今年の三年生に配ったものだけど、と彼女は一枚の紙を朔也に見せた。一般受験以外の入試の方法が解説された紙だ。

「学校推薦型選抜っていう受験の仕方があるの。評定平均っていう学校での成績が条件で、ほぼオール5の折原君なら大丈夫。大学によってどんな試験になるか異なるから、対策を練ること。小論文を書いたり、面接があったりするところもあるわ」
「総合選抜型という試験とはどう違うんですか」
「校長先生の推薦が必要か否かね。詳しくはそこに書いてあるから。どちらにしろ、大学によって条件も試験も全然違うから調べないと始まらないわ」

 朔也はそれを読んで分かったような分からないような不安な気持ちになった。姉が受けていた一般受験とはまるで違うやり方だ。勿論一般受験を考えてもいいのだが、違う受験の仕方があるのを知らなかったで済ませてしまっては可能性を潰す。口を噤んだ朔也に対し、教師はこちらの顔を覗き込んだ。

「折原君、はっきりした答えのないことを考えるのはあまり得意じゃないのよね」

 図星を指され、ぎくりとした。さすが元担任、こちらをよく分かっている。紙を持つ手に汗が滲むと、彼女はくすっと笑った。

「人には得意不得意があるんだから別にいいのよ。ただ、進路のことは一人ひとり答えが違うし、教師が示せる答えがない。自分で答えを決めるの。そのサポートはこちらがやるから、じっくり考えてみてね」

 にこっと笑顔になった教師の顔が思い出され、朔也は現担任の話に耳を傾けた。

「高校生が見えている世界が机の面積だとすると、社会は教室の床面積以上に広いぞ。まだ見えていないものが多いんだ。だから将来の夢を大学に行きながら決める者もいるし、就職先でこの仕事がいいと意義を見出す者もいる。大学受験はその第一ステップだ。今回の結果をきっかけに自分と相談してみてくれ」

 それを聞き、朔也はクーラーの効いた教室へそっと息を吐き出した。
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