どうあがいても恋でした。

タリ イズミ

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3巻【一】

6 ハッピーバースデートゥーユー

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「そういや、折原ってまだ十六歳なんだな」
「えっ?」
「受付で紙に年齢を書いただろ。それが見えたから」

 山宮は何気ないふうに言ったが、歌える曲をスマホで検索しようとしていた朔也の指が止まった。

「ちょっと待って。その言い方、山宮はもう十七なの?」

 朔也は唖然とした。

「誕生日過ぎてるの⁉ なんで教えてくれないの! おめでとうって言えなかったじゃん!」

 すると山宮はばつが悪そうにこちらを見て眉尻を下げた。

「学校閉鎖期間だったから、言うタイミングを逃したわ。時期的にもちょっと言いにくかったしよ」

 それを聞いて思わず目を剥く。

「学校閉鎖期間って、春休みってこと⁉ すっごく前じゃん!」

 すると山宮は不満そうに尋ねてくる。

「そう言うお前はいつなんだよ? 一日生まれってことしか知らねえ」

 顔を見合わせ、同じタイミングで苦笑した。付き合う二人なら真っ先に知るようなことを、これまで確認してこなかった自分たち。そのマイペースさがおかしい。こほんと咳払いし、姿勢を正す。

「おれたち、お互いの基本事項を知らないな。まず、おれは早生まれの四月一日。クラスで一番誕生日が遅い人」

 すると山宮が目を丸くした。

「四月一日? 一日違いだわ」
「え、三月三十一日?」
「俺はもう十七だって。四月二日。お前ふうに言えば、クラスで一番誕生日が早い人」

 驚きに顔を見合わせ、山宮が続けて「はあ⁉」と素っ頓狂な声をあげた。

「お前、俺の一年後に生まれたってことか? 俺が生まれたときに生命体ですらなかったのかよ?」

 山宮がこちらの頭のてっぺんから爪先までを見た。

「三百六十五日俺のほうが多く飯食ってるのに、二十一センチの身長差は衝撃不可避」
「山宮があと一日早く生まれて、おれがあと一日遅く生まれてたら、高三と高一だったってこと?」
「マジか。頭がこんがらがるわ」
「山宮先輩、おれ、ちょっと衝撃を受けました」

 カラオケの室内にお互いのはあというため息が落ちる。他の部屋の音楽と歌声が聞こえた。その声が音楽と外れているのが分かって、朔也の体から少し力が抜けた。カラオケは歌を上手く歌うだけじゃない。その場を楽しめばいいのだ。お喋りしたっていい。

 朔也はソファに座り直し、ぴっと人差し指を立てて山宮を見た。

「基本事項を確認しよう。山宮の血液型は? おれはO型」
「俺は分かんねえ。遺伝で考えてもどの血液型もありえる。星座……は同じで、干支が違うのか」
「おれは母親が妊娠中に里帰りしてたから外国生まれ。山宮は日本だよね」
「それって特徴が出るよな。出身が日本以外になるってことだろ」
「言ってはみたけど、普段は意識しないことだな。他はなんだろ?」
「……これで終わりじゃね? 多分、一番の重要事項は誕生日だろ」

 当たり前のように山宮が言ったので思わず挙手した。

「その誕生日を今日まで教えてくれなかったのは誰なんでしょうか! 山宮先輩がいけないと思います!」
「自分も言わなかったくせに。それに、尋ねなかったお前のせいでもあるわ」

 責任転嫁され、朔也はマイクを掴んだ。そして山宮をねめつけて歌う。

「ハッピバースデートゥーユー」

 小さな部屋にわんわんと響く声に対し、山宮が冷静に「数ヶ月前だけどな」と突っ込む。むっとして朔也は更に声を張り上げた。

「ハッピバースデートゥーユー!」
「そこまで怒ることじゃなくね」
「はっぴばーすでー、でぃあやまみやー‼」
「祝うの漢字の左が衣じゃなくて口になってるだろ。あ、この発想はお前っぽくね」
「ハッピーバースデー我らー‼」

 勢いだけで歌いきったが、山宮は最後にぷはっと笑い出した。

「我らってなんだよ!」
「一日違いなんだから我らでいいでしょ!」
「いや、語彙のチョイスよ。そこは俺らじゃね」

 山宮が笑い続けるのを見、朔也はマイクをテーブルに置いてスマホを取り出した。

「こうなったらおれたちの真ん中バースデーを祝う。計算する」
「中学のとき、彼女との真ん中バースデーを調べてるやつがいたわ」

 真ん中バースデーを計算するサイトで二人の誕生日を入力してみると、十月一日と出た。「へえ」という声が重なる。朔也はスケジュールアプリでカレンダーを見た。

「十月一日って文化祭や体育祭の前だね。忙しそう」
「学園祭の直前は慌ただしいよな」

 目を見合わせたが、「まあいっか」と山宮が肩の力を抜いた。

「とりあえず日にちは分かったし、そこで仕切り直しってことで」
「山宮はあっさりしすぎ。いつの間にか過ぎてたなんてショックなんだけど」

 すると山宮はしかめっ面になり、アップルジュースのコップを持ってごくりと飲んだ。

「正直誕生日祝いは家だけで腹いっぱいなんだわ。親と姉貴二人がそれぞれ祝ってくるから供給過多なんだよ。いらねえって言ってんのに」

 山宮がため息をつく。そこで大会に姉二人が来ていたというエピソードを思い出した。年が離れているのだから、姉と弟といっても二歳違いの自分の家とは違う関係性なのだろう。姉二人が弟に構っている感じなんだろうなと内心思ったら、山宮の口から答えが出てくる。

「オリエンテーションのときに俺が肩からかけてたバッグがあるだろ。あれ、下の姉貴からのプレゼント。あと行き帰りに着てた服は上の姉貴から」

 その言葉に校門前の広場にやってきたときの姿が思い出された。普段と違った雰囲気だったのは、山宮自身で選んだものではなかったからだろう。山宮の愚痴が続く。

「その他に親からのものもあるんだぜ。男の子は食べるでしょって皆で休み合わせて焼き肉屋に連れて行かれて、マジでいたたまれなかったわ。もらったものを使わねえと悪いし、かといって無邪気に喜ぶ年でもねえし。家族全員で俺を甘やかしてくるんだよ。反抗期に入りたくても入る隙がねえ。もう諦めたわ」

 いつになく口数が多くなった様子に笑ってしまう。

「家族皆が山宮を大切にしてるってことじゃん。きっと、一番下の子ってイメージが強いんだよ」

 朔也の言葉に山宮が不服そうにアップルジュースを飲み干し、トレーにコップを戻すと今度はまじまじとこちらを見てきた。

「折原家ってどんな感じ。お前も反抗期はなさそうじゃね」

 その台詞に苦笑いする。透明な上澄みができたカルピスのコップを持つと、たくさん入れた氷のせいでコップの外側が濡れて、トレーにも水が広がっていた。コップを戻し、トレーの水を指先で広げながら口を開く。

「学校に行ってなかった時期はひどかったよ。どうせおれのコンプレックスなんて理解できないだろって思って、結構ひどい態度だった。今は反省して仲良くしてる」
「想像つくわ。お前、溜め込むタイプだから、限界値を超えると一気に言っちまうんだろ。前もそうだったもんな」

 ぽつりと言った最後のほうの言葉に、体育館で向き合った日のことを思い出した。今から振り返ってみると、家族以外に自分の負の感情までさらけ出せたのは山宮だけだった。あのとき山宮を傷つけたことは反省している。その一方で、自分が山宮にしか本音を打ち明けられなかったことや、山宮がそれを受け止めてくれたことも思い出すのだ。

「なんて言うか、自分の立ってる位置が分かんなかったんだよ。鏡を見るとどっちの人種の特徴も持ってるって分かっちゃうし、自分では普通のつもりで振る舞ってるといろいろ言われるし、一挙手一投足、自分の存在のなにが正解なのか悩んでた」

 すると山宮が「なんの哲学だよ」と足を組む。

「自分は折原朔也だ、でいいんじゃね。字が上手いのも歌が下手なのも他の誰でもないお前だわ」
「あ、どさくさに紛れて歌が下手って言った」
「どさくさじゃねえ。堂々と言った」
「ひどい!」

 朔也の反応に山宮がははっと笑った。その笑いが移り、「そうだ」と思いついて鞄からノートとペンケースを取り出す。二人でやりたいことを書き、達成したらチェックをつけているノートだ。

「山宮はテストの点数のことを書いてたじゃん。おれはカラオケの点数にしよう。何点を目指せばいいかな」

 すると山宮が笑って身を乗り出し、ノートを覗き込んできた。かりかりとシャーペンを動かす。

「とりあえず七十点代前半でいいかな?」
「いいんじゃね。今日の点数はカラオケに慣れてねえだけだと思うし。声を大きく出すだけで変わるぜ」
「自分の声を聞くのって恥ずかしい。なんで山宮は平気なの」
「放送の練習って、自分の声を録音して聞いてっていうのを繰り返して直してくんだよ。俺は自分の声に慣れてっから」

 事もなげに言う返答にへえと思う。自分が自分の字に慣れているのと同じということだろう。再び考えてシャーペンを動かす。

「『真ん中バースデーを祝う』と『誕生日を祝う』も書いておく」
「体育祭と文化祭についても書きたくね?」
「週末の土曜日の話し合いでどんな流れになるかだな。文化祭の出し物とか体育祭の出る競技とか決めるでしょ」

 朔也がぱたんとノートを閉じると、山宮がタッチパネルを引き寄せた。

「とりあえず、あと一時間は歌の特訓。次は俺一人か。一番点数が出る歌を入れるわ。俺にだってできることはあるって証明する」
「もっと上の点数が出るの? すごすぎない?」
「まあ、カラオケの点数が高くても、歌が上手いかどうかは別だけどな」

 その後から山宮は立って歌うようになり、九十八と九十七の数字を何回も見ることになった。その様子を画像に収めるとちょっと睨まれたが、消せとは言われなかった。一方、下心ありで恋愛要素のある歌を選んで入れた朔也は、内心にやにやしながら一緒に歌ってもらった。山宮が途中で気づき、こちらを睨んでくる。

「お前、さっきからなんだよ」
「なんだよって?」
「だから……なんでそういう歌ばっか入れる」
「姉ちゃんが聴いてる曲しか分かんないから。選曲が偏ってたらごめん」

 すっとぼけて答えると、山宮はそれを信じたのか「ああ、そっか」と頷いた。

 山宮、おれがそこまで鈍いわけがないだろ。

 納得した横顔に内心突っ込む。だが、山宮の声で「好き」だの「一緒にいよう」だの嬉しい言葉を聞いて、この方法はありだなと味をしめてしまった。

 帰り、いがいがする喉を押さえながら駅へ向かった。横断歩道を歩く黒髪のつむじをちらりと見る。まだ頭の中で山宮の声が歌っている。山宮が今日歌っていた曲をあとでダウンロードしよう。朔也はうきうきして鞄を肩にかけ直した。

「あとでノートに放課後にデートするって書いとく」

 雑踏を歩きながら朔也が言うと、山宮が笑顔でこちらを見上げた。

「何回チェックがつくか楽しみじゃね」

 その言葉に夏休みに最高のスタートが切れた気がして、自分の口元がほころぶのを感じた。帰りのバスで座れたらそこで書きたい。そう思ってビルの合間の空を見上げると、星の少ない闇がいつもより遅い夜の時間を告げている。朔也は急に空いた腹を手で押さえた。
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