どうあがいても恋でした。

タリ イズミ

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3巻【一】

4 カラオケ体験!

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「で、遊ぶってなにすんの」

 コンコースを出た駅前で山宮がきょろきょろした。何本かの線が乗り入れている駅だから駅前はそれなりに発展している。バスのロータリーにスーツ姿の人々が行き交うそこで、朔也は頭を掻いた。

「ごめん、内容は考えてなかった。普通はなにして遊ぶものなの? 山宮は中学のときに放課後はなにしてた?」

 車と音と人いきれの中で山宮は再び辺りを見回し、一つの茶色のビルに目線をやった。

「部活仲間とよく行ったのはカラオケ。放送とかやってると、声に自信があるやつが多くてよ。俺は言われれば歌うくらいだったけど」

 山宮の目線の先に赤のカラオケの看板がある。朔也はそのポップなロゴに一瞬怯んだ。

「おれ、カラオケって小六の頃に家族で一回行ったことがあるだけ」

 すると山宮が「今どき?」と少し目を丸くし、一転にやっと笑う。

「中学ではオトモダチに囲まれてるタイプじゃなかったからか」
「またそういうこと言う。いいの、書道に時間が割けたから」

 朔也の返しに山宮がくっと笑い声を漏らしてビルを指さした。

「じゃ、今日はカラオケ体験。部活もいいけど、普通の高校生がすることもしようぜ」

 山宮の後ろをついていく。朔也はカラオケの料金体系の仕組みも知らなかったが、ビルの下へ行くと三十分単位での値段が書いてあった。お小遣いの範囲内で大丈夫だ。これなら、と山宮に頷いてみせた。

 受付に行くと、紙に記入するように言われる。これも経験と言われ、朔也が書いた。オリハラサクヤ、十六歳、電話番号。時間はよく分からなかったので、帰る時間を考えて一時間半と書いた。

 ドリンクバーに立ち寄り、小さなトレーにプラスチックのコップを載せて部屋へ行く。他の部屋から曲と声が聞こえてくる中、指定された部屋のドアを押した。シンプルなL字型のビニールの黒いソファと黒い床の部屋に少し驚いた。思い出の中の部屋よりずっと狭い。小六のときのより二十センチ以上伸びて今一八六センチあるのだから、その印象も当然なのかもしれない。古いビルの外見の割に中はきれいで、壁紙もクラシックだった。

 へえときょろきょろした朔也とは違い、山宮はタッチパネルやマイクなどをてきぱきとテーブルに出し、朔也が腰を下ろした斜め向かいにとさっと座った。右目の泣きぼくろがこちらを向いている。テーブルが傾いているのかカタカタと揺れたが、山宮は気にせず「なに歌う?」とパネルを手にする。朔也は画面が正面に見えるそこへ腰を下ろした。

「本当によく分かんない。カラオケってどういう曲を入れるの」

 タッチパネルのあいうえおを覗き込んで、朔也は緊張に背筋を伸ばした。姉や両親が聴いている歌は知っているが、どれも歌詞はうろ覚えだ。歌える自信がない。「山宮から歌って」と促すと、山宮は少し考えてからぱぱっと画面をタップした。

「去年の後夜祭で軽音部が歌ってた。お前も覚えてんじゃね」

 部屋が薄暗くなって画面にタイトルが表示される。それを見てもピンとこなかったが、音楽が流れ始めてすぐに思い出した。山宮がマイクを持って画面を見つめる。

 すうっと息を吸う背中に放送室での光景を思い出したが、思った以上に声が大きくて目が丸くなった。予想はしていたが、歌が上手い。部屋いっぱいに声が伸びて広がる。だが、一回目のサビを聞き終わったところではっとした。自分が次に入れる曲を決めなければならない。それでも結局思いつかず、山宮の歌を拍手で締めて終わった。山宮は「カラオケって久しぶりだな」と簡単に言ったが、ちょっとだけ照れたように頭を掻いた。

「恥ずい。さすがに折原の前で歌うのは緊張する。声がひっくり返るかと思ったわ」
「全然そんなふうに聞こえなかったけど。上手いってことだけは分かった」
「それならいいけど」

 山宮はそう言い、照れ隠しのように前髪を手櫛で直した。パネルを持つこちらの手元を覗く。

「で、なんの曲にすんの」
「いや、本当に分かんないんだよ。普段歌って聴かないから。学校で習った歌なら歌えると思うけど」

 デートの雰囲気をぶち壊しにするかもと声が小さくなったが、山宮は「それだわ」と納得した声を出した。

「音楽でなにを歌った?」
「小学校で『君をのせて』を合唱したのは覚えてる。アルトで歌った覚えがある。コーラスが多かったけど」
「あれは紛れもない名曲だわ。それをコーラスじゃなくて歌詞通りに歌ってみ」

 山宮に背中を押してもらい、「き」からタップする。スイッチを入れたマイクを両手で持つと緊張に体が固くなった。「あ」とマイクへ声を出すと自分の声が部屋に響いてびくっとする。音楽が流れ始めるとすぐに歌を思い出せた。小学校の音楽室の映像が蘇る。

 これなら歌える。

 朔也は画面の歌詞を追って一回目のサビまで歌いきったが、山宮の「ストップ!」という声に遮られた。タッチパネルを押した山宮の指に音楽が止まる。急に静まり返った部屋で山宮が驚いた顔でこちらを見た。
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