79 / 145
3巻【一】
4 カラオケ体験!
しおりを挟む
「で、遊ぶってなにすんの」
コンコースを出た駅前で山宮がきょろきょろした。何本かの線が乗り入れている駅だから駅前はそれなりに発展している。バスのロータリーにスーツ姿の人々が行き交うそこで、朔也は頭を掻いた。
「ごめん、内容は考えてなかった。普通はなにして遊ぶものなの? 山宮は中学のときに放課後はなにしてた?」
車と音と人いきれの中で山宮は再び辺りを見回し、一つの茶色のビルに目線をやった。
「部活仲間とよく行ったのはカラオケ。放送とかやってると、声に自信があるやつが多くてよ。俺は言われれば歌うくらいだったけど」
山宮の目線の先に赤のカラオケの看板がある。朔也はそのポップなロゴに一瞬怯んだ。
「おれ、カラオケって小六の頃に家族で一回行ったことがあるだけ」
すると山宮が「今どき?」と少し目を丸くし、一転にやっと笑う。
「中学ではオトモダチに囲まれてるタイプじゃなかったからか」
「またそういうこと言う。いいの、書道に時間が割けたから」
朔也の返しに山宮がくっと笑い声を漏らしてビルを指さした。
「じゃ、今日はカラオケ体験。部活もいいけど、普通の高校生がすることもしようぜ」
山宮の後ろをついていく。朔也はカラオケの料金体系の仕組みも知らなかったが、ビルの下へ行くと三十分単位での値段が書いてあった。お小遣いの範囲内で大丈夫だ。これなら、と山宮に頷いてみせた。
受付に行くと、紙に記入するように言われる。これも経験と言われ、朔也が書いた。オリハラサクヤ、十六歳、電話番号。時間はよく分からなかったので、帰る時間を考えて一時間半と書いた。
ドリンクバーに立ち寄り、小さなトレーにプラスチックのコップを載せて部屋へ行く。他の部屋から曲と声が聞こえてくる中、指定された部屋のドアを押した。シンプルなL字型のビニールの黒いソファと黒い床の部屋に少し驚いた。思い出の中の部屋よりずっと狭い。小六のときのより二十センチ以上伸びて今一八六センチあるのだから、その印象も当然なのかもしれない。古いビルの外見の割に中はきれいで、壁紙もクラシックだった。
へえときょろきょろした朔也とは違い、山宮はタッチパネルやマイクなどをてきぱきとテーブルに出し、朔也が腰を下ろした斜め向かいにとさっと座った。右目の泣きぼくろがこちらを向いている。テーブルが傾いているのかカタカタと揺れたが、山宮は気にせず「なに歌う?」とパネルを手にする。朔也は画面が正面に見えるそこへ腰を下ろした。
「本当によく分かんない。カラオケってどういう曲を入れるの」
タッチパネルのあいうえおを覗き込んで、朔也は緊張に背筋を伸ばした。姉や両親が聴いている歌は知っているが、どれも歌詞はうろ覚えだ。歌える自信がない。「山宮から歌って」と促すと、山宮は少し考えてからぱぱっと画面をタップした。
「去年の後夜祭で軽音部が歌ってた。お前も覚えてんじゃね」
部屋が薄暗くなって画面にタイトルが表示される。それを見てもピンとこなかったが、音楽が流れ始めてすぐに思い出した。山宮がマイクを持って画面を見つめる。
すうっと息を吸う背中に放送室での光景を思い出したが、思った以上に声が大きくて目が丸くなった。予想はしていたが、歌が上手い。部屋いっぱいに声が伸びて広がる。だが、一回目のサビを聞き終わったところではっとした。自分が次に入れる曲を決めなければならない。それでも結局思いつかず、山宮の歌を拍手で締めて終わった。山宮は「カラオケって久しぶりだな」と簡単に言ったが、ちょっとだけ照れたように頭を掻いた。
「恥ずい。さすがに折原の前で歌うのは緊張する。声がひっくり返るかと思ったわ」
「全然そんなふうに聞こえなかったけど。上手いってことだけは分かった」
「それならいいけど」
山宮はそう言い、照れ隠しのように前髪を手櫛で直した。パネルを持つこちらの手元を覗く。
「で、なんの曲にすんの」
「いや、本当に分かんないんだよ。普段歌って聴かないから。学校で習った歌なら歌えると思うけど」
デートの雰囲気をぶち壊しにするかもと声が小さくなったが、山宮は「それだわ」と納得した声を出した。
「音楽でなにを歌った?」
「小学校で『君をのせて』を合唱したのは覚えてる。アルトで歌った覚えがある。コーラスが多かったけど」
「あれは紛れもない名曲だわ。それをコーラスじゃなくて歌詞通りに歌ってみ」
山宮に背中を押してもらい、「き」からタップする。スイッチを入れたマイクを両手で持つと緊張に体が固くなった。「あ」とマイクへ声を出すと自分の声が部屋に響いてびくっとする。音楽が流れ始めるとすぐに歌を思い出せた。小学校の音楽室の映像が蘇る。
これなら歌える。
朔也は画面の歌詞を追って一回目のサビまで歌いきったが、山宮の「ストップ!」という声に遮られた。タッチパネルを押した山宮の指に音楽が止まる。急に静まり返った部屋で山宮が驚いた顔でこちらを見た。
コンコースを出た駅前で山宮がきょろきょろした。何本かの線が乗り入れている駅だから駅前はそれなりに発展している。バスのロータリーにスーツ姿の人々が行き交うそこで、朔也は頭を掻いた。
「ごめん、内容は考えてなかった。普通はなにして遊ぶものなの? 山宮は中学のときに放課後はなにしてた?」
車と音と人いきれの中で山宮は再び辺りを見回し、一つの茶色のビルに目線をやった。
「部活仲間とよく行ったのはカラオケ。放送とかやってると、声に自信があるやつが多くてよ。俺は言われれば歌うくらいだったけど」
山宮の目線の先に赤のカラオケの看板がある。朔也はそのポップなロゴに一瞬怯んだ。
「おれ、カラオケって小六の頃に家族で一回行ったことがあるだけ」
すると山宮が「今どき?」と少し目を丸くし、一転にやっと笑う。
「中学ではオトモダチに囲まれてるタイプじゃなかったからか」
「またそういうこと言う。いいの、書道に時間が割けたから」
朔也の返しに山宮がくっと笑い声を漏らしてビルを指さした。
「じゃ、今日はカラオケ体験。部活もいいけど、普通の高校生がすることもしようぜ」
山宮の後ろをついていく。朔也はカラオケの料金体系の仕組みも知らなかったが、ビルの下へ行くと三十分単位での値段が書いてあった。お小遣いの範囲内で大丈夫だ。これなら、と山宮に頷いてみせた。
受付に行くと、紙に記入するように言われる。これも経験と言われ、朔也が書いた。オリハラサクヤ、十六歳、電話番号。時間はよく分からなかったので、帰る時間を考えて一時間半と書いた。
ドリンクバーに立ち寄り、小さなトレーにプラスチックのコップを載せて部屋へ行く。他の部屋から曲と声が聞こえてくる中、指定された部屋のドアを押した。シンプルなL字型のビニールの黒いソファと黒い床の部屋に少し驚いた。思い出の中の部屋よりずっと狭い。小六のときのより二十センチ以上伸びて今一八六センチあるのだから、その印象も当然なのかもしれない。古いビルの外見の割に中はきれいで、壁紙もクラシックだった。
へえときょろきょろした朔也とは違い、山宮はタッチパネルやマイクなどをてきぱきとテーブルに出し、朔也が腰を下ろした斜め向かいにとさっと座った。右目の泣きぼくろがこちらを向いている。テーブルが傾いているのかカタカタと揺れたが、山宮は気にせず「なに歌う?」とパネルを手にする。朔也は画面が正面に見えるそこへ腰を下ろした。
「本当によく分かんない。カラオケってどういう曲を入れるの」
タッチパネルのあいうえおを覗き込んで、朔也は緊張に背筋を伸ばした。姉や両親が聴いている歌は知っているが、どれも歌詞はうろ覚えだ。歌える自信がない。「山宮から歌って」と促すと、山宮は少し考えてからぱぱっと画面をタップした。
「去年の後夜祭で軽音部が歌ってた。お前も覚えてんじゃね」
部屋が薄暗くなって画面にタイトルが表示される。それを見てもピンとこなかったが、音楽が流れ始めてすぐに思い出した。山宮がマイクを持って画面を見つめる。
すうっと息を吸う背中に放送室での光景を思い出したが、思った以上に声が大きくて目が丸くなった。予想はしていたが、歌が上手い。部屋いっぱいに声が伸びて広がる。だが、一回目のサビを聞き終わったところではっとした。自分が次に入れる曲を決めなければならない。それでも結局思いつかず、山宮の歌を拍手で締めて終わった。山宮は「カラオケって久しぶりだな」と簡単に言ったが、ちょっとだけ照れたように頭を掻いた。
「恥ずい。さすがに折原の前で歌うのは緊張する。声がひっくり返るかと思ったわ」
「全然そんなふうに聞こえなかったけど。上手いってことだけは分かった」
「それならいいけど」
山宮はそう言い、照れ隠しのように前髪を手櫛で直した。パネルを持つこちらの手元を覗く。
「で、なんの曲にすんの」
「いや、本当に分かんないんだよ。普段歌って聴かないから。学校で習った歌なら歌えると思うけど」
デートの雰囲気をぶち壊しにするかもと声が小さくなったが、山宮は「それだわ」と納得した声を出した。
「音楽でなにを歌った?」
「小学校で『君をのせて』を合唱したのは覚えてる。アルトで歌った覚えがある。コーラスが多かったけど」
「あれは紛れもない名曲だわ。それをコーラスじゃなくて歌詞通りに歌ってみ」
山宮に背中を押してもらい、「き」からタップする。スイッチを入れたマイクを両手で持つと緊張に体が固くなった。「あ」とマイクへ声を出すと自分の声が部屋に響いてびくっとする。音楽が流れ始めるとすぐに歌を思い出せた。小学校の音楽室の映像が蘇る。
これなら歌える。
朔也は画面の歌詞を追って一回目のサビまで歌いきったが、山宮の「ストップ!」という声に遮られた。タッチパネルを押した山宮の指に音楽が止まる。急に静まり返った部屋で山宮が驚いた顔でこちらを見た。
0
お気に入りに追加
12
あなたにおすすめの小説

普通の学生だった僕に男しかいない世界は無理です。帰らせて。
かーにゅ
BL
「君は死にました」
「…はい?」
「死にました。テンプレのトラックばーんで死にました」
「…てんぷれ」
「てことで転生させます」
「どこも『てことで』じゃないと思います。…誰ですか」
BLは軽い…と思います。というかあんまりわかんないので年齢制限のどこまで攻めるか…。
学園の天使は今日も嘘を吐く
まっちゃ
BL
「僕って何で生きてるんだろ、、、?」
家族に幼い頃からずっと暴言を言われ続け自己肯定感が低くなってしまい、生きる希望も持たなくなってしまった水無瀬瑠依(みなせるい)。高校生になり、全寮制の学園に入ると生徒会の会計になったが家族に暴言を言われたのがトラウマになっており素の自分を出すのが怖くなってしまい、嘘を吐くようになる
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
初投稿です。文がおかしいところが多々あると思いますが温かい目で見てくれると嬉しいです。

告白ゲームの攻略対象にされたので面倒くさい奴になって嫌われることにした
雨宮里玖
BL
《あらすじ》
昼休みに乃木は、イケメン三人の話に聞き耳を立てていた。そこで「それぞれが最初にぶつかった奴を口説いて告白する。それで一番早く告白オッケーもらえた奴が勝ち」という告白ゲームをする話を聞いた。
その直後、乃木は三人のうちで一番のモテ男・早坂とぶつかってしまった。
その日の放課後から早坂は乃木にぐいぐい近づいてきて——。
早坂(18)モッテモテのイケメン帰国子女。勉強運動なんでもできる。物静か。
乃木(18)普通の高校三年生。
波田野(17)早坂の友人。
蓑島(17)早坂の友人。
石井(18)乃木の友人。

王道にはしたくないので
八瑠璃
BL
国中殆どの金持ちの子息のみが通う、小中高一貫の超名門マンモス校〈朱鷺学園〉
幼少の頃からそこに通い、能力を高め他を率いてきた生徒会長こと鷹官 仁。前世知識から得た何れ来るとも知れぬ転校生に、平穏な日々と将来を潰されない為に日々努力を怠らず理想の会長となるべく努めてきた仁だったが、少々やり過ぎなせいでいつの間にか大変なことになっていた_____。
これは、やりすぎちまった超絶カリスマ生徒会長とそんな彼の周囲のお話である。


婚約破棄された王子は地の果てに眠る
白井由貴
BL
婚約破棄された黒髪黒目の忌み子王子が最期の時を迎えるお話。
そして彼を取り巻く人々の想いのお話。
■□■
R5.12.17 文字数が5万字を超えそうだったので「短編」から「長編」に変更しました。
■□■
※タイトルの通り死にネタです。
※BLとして書いてますが、CP表現はほぼありません。
※ムーンライトノベルズ様にも掲載しています。

【完結】I adore you
ひつじのめい
BL
幼馴染みの蒼はルックスはモテる要素しかないのに、性格まで良くて羨ましく思いながらも夏樹は蒼の事を1番の友達だと思っていた。
そんな時、夏樹に彼女が出来た事が引き金となり2人の関係に変化が訪れる。
※小説家になろうさんでも公開しているものを修正しています。

真冬の痛悔
白鳩 唯斗
BL
闇を抱えた王道学園の生徒会長、東雲真冬は、完璧王子と呼ばれ、真面目に日々を送っていた。
ある日、王道転校生が訪れ、真冬の生活は狂っていく。
主人公嫌われでも無ければ、生徒会に裏切られる様な話でもありません。
むしろその逆と言いますか·····逆王道?的な感じです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる