どうあがいても恋でした。

タリ イズミ

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3巻【一】

2 夏休み初日

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 夏休み最初の部活で、書道部は午後に昨日開催されたパフォーマンス甲子園の配信を見た。午前中までは賑やかだった教室がしんとなり、ジャージから制服に戻った生徒たちの中にはハンカチを握って画面を見つめる者もいる。前日に山宮と途中まで見ていた朔也もぐっとくちびるを噛んだ。

 朔也の高校の書道部は、通常の書道と書道パフォーマンスの両方を行う部活だ。そして、第一回大会からパフォーマンス甲子園に出場してきた常連校でもある。今年の予選落ちにショックを受け、悔しい思いで配信を見るのは皆同じだろう。

『優勝、県立平野嵯峨高校』

 優勝校の発表にわああと歓声があがる。目を見開いて口元を抑えた少女がゆっくりと立ち上がった。目を真っ赤にさせて賞状を受け取るシーンがアップで映る。学校名に聞き覚えがある。同じ常連校だ。

 配信が途切れると顧問が画面の電源を落とした。はあというため息がクーラーの効いた書道室内のあちこちに落ちる。

「優勝校は昨年の三位の学校、二位と三位は初めての入選」

 顧問が解説する。入賞したそれぞれの学校の作品傾向はさまざまだった。ちらりと今井を見ると、眉根を寄せて難しそうな顔をしている。今井は既に配信を一度見ている。来年どんな作品で勝負するのか考えているはずだ。

「全員気持ちを切り替えよう。まずは十月の文化祭でのパフォーマンスに向けて練習」

 顧問はそう締めくくり、今日の部活はここまでと言った。時計を見上げるとまだ三時半過ぎだった。

「今井」

 朔也の声かけに今井のポニーテールが小さく頷く。二年生五人はそれぞれ目配せをし、道具を片づけ、帰り支度をしてから朔也のクラスに集まった。誰もいない教室で皆がそれぞれの席に座って、鞄を横にかける。朔也は前の列の椅子を前後にひっくり返し、白いセーラー服の四人に向かい合う形で座った。ワックスの塗られた床に椅子の脚がガタと音を立てる。

 校庭に面した窓から部活に精を出している生徒たちのかけ声が聞こえてくる。ボールの音から察するに、サッカー部だろう。夏休みは皆が思い思いに好きなことに夢中になれる時間だ。一日中書道に時間を割ける期間を無駄にはしたくない。朔也は女子たちの目線を感じながら「えっと」と切り出した。

「もう皆おれの考えは知ってると思うけど、おれは今から来年の作品を考えるべきだと思ってる。三年生の無念を晴らしたいし、一年生を甲子園に連れて行きたい。きちんと目標に掲げるべきだと思うんだ」

 一瞬だけ一月に予選演技を行ったときを思い出した。字が書けずにその場で選手を外されたときのことが蘇って怖じ気づく。だが、きちんと四人をそれぞれ見回した。

「多分、皆は今日まで同じ気持ちで字を書いてきたよな。他の部員にも来年の甲子園を見据えて活動してほしいから、来年の題材は早めに伝えられるようにしたい。パフォーマンス甲子園の予選演技が行われるのは一月。そこに向けて例年より早く練習に取り組みたいんだ。どうかな」

 するとすぐに同じクラスの中村が頷いた。制服の涼やかなブルーのスカーフが翻る。

「朔の言うとおりだと思う。うちって、十月の文化祭のあとに先輩たちが引退してからどんな作品にするか話し合うよね。でも、もっと前から具体的な練習に入りたい」
「そうだよね、常に甲子園を目標として活動してる学校もあるんだし」

 別の女子がそう付け加える。

「あたし、顧問の先生から映像を借りて、これまでのうちの学校の作品を全部見てみたの。こんなのがいいなっていう候補を考えてる最中。それをやるかは別として、皆がこれをやりたいって気持ちになるものが出てきたらいいよね」

 今井の言葉に「そうだね」と相槌を打つ声が続く。

「うちの学校は常連だけど、入選したこともないよね。目標にするならそこを目指そうよ。一都一道二府四十三県、その数が集まる大会で入選すること!」
「だったら優勝だろ。おれたちが優勝する。それが最大の目標だ」

 力強く言うと全員がぱっと明るい顔になった。口々に意見を出し始める。

「水墨画を見てみようかな。イラストのヒントがあるかも」
「カラー墨汁の組み合わせを確認してみるね」
「それより字と文だよ。今の私たちにぴったりな内容ってなんだと思う?」

 わいわいと活気づいて、五人だけの夏の教室が明るくなる。配信を見て落ち込んでいた気持ちが上向きになるのが分かった。中村が皆の意見をノートに書き出し、真剣に議論を交わす。

 だが、話し合って一回目で結論は出ない。また集まって話すことにし、それまでにそれぞれがやることを決める。

 じゃあ今日はこの辺で。今井がそう区切りをつけたとき、朔也は鞄の中に入っている達磨の根つけを思い出した。モールで買った片目のない達磨だ。

 女子たちが立ち上がって鞄を持つ。せっかく早く終わったんだから、アイスでも食べに行かない。放課後の高校生に戻った彼女たちの翻るセーラー服を見て、慌てて「あのさ!」と椅子から立ち上がった。四人が不思議そうに一斉にこちらを見上げる。
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