どうあがいても恋でした。

タリ イズミ

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2巻【三】

1 イケボ

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【三】

『生徒の皆さん、おはようございます。起床時刻になりました。寝ている生徒は、起きましょう』

 その声に目蓋を開けると、朝だった。障子の向こうから日が差し込んで、布団の上に格子状の影を作っている。外で甲高い鳥の声が聞こえ、オリエンテーションに来ていたことに気づく。行事で興奮していたのか、またはジャージで寝ていたからか、眠りが浅くて体の疲れがとれていない。ぐっと腕を伸ばし、起き上がった面々と「おはよう」と挨拶を交わす。

『起床時間になりました。寝ている生徒は、起きましょう』

 放送が繰り返され、朔也ははっとして声が降ってくる天井を見上げた。鶯色の天井に放送のマイクがついた網目の部分が見える。山宮の声だ。

『生徒の皆さん、おはようございます……』

 再び流れる放送の中、副委員長があくびをしながら立ち上がった。

「はよー。朝食、何分後だったっけ」
「えーと、しおりしおり……四十分後だ」
「その間に布団を片づけて顔を洗ってこいってことかあ」

 皆がくあとあくびをしながら、布団をたたんだり洗面所に行く用意をしたりし始める。

「やっぱり朝は眠いね」

 あくびの移った朔也がもう一度伸びをすると、寝癖のついた隣の男子が頷く。

「だよなあ。布団が変わると寝にくいぜ」

 低血圧なのか、一言も喋らずぼーっとしている男子もいる。朔也は大丈夫と声をかけ、布団をたたむのを手伝った。山宮の布団はと見れば、既に三つ折りにたたんである。

「てか、山宮はどこ行った?」
「起きたとき、もういなかったよな」

 朔也は放送が終わっているのを確認し、心の中でもうすぐ帰ってくるよと笑った。山宮の布団を持ち、隅に寄せる。

「トイレじゃない? それか、早めに顔を洗いに行ったとか」

 それに答えるように扉が開いて山宮が戻ってきた。黒髪とマスクの間の目元はしゃきっとした表情をしていて、髪にも寝癖一つついていなかった。朔也は「おはよう」と声をかけた。皆もそれに続く。

「はよ。あ、誰かに布団片づけさせたわ」

 山宮がそれに気づく。

「きれいにたたんであったから寄せただけだよ」
「折原か。悪りいな」
「気にしないで」

 タオル等を取り出し、皆で洗面所へ移動する。広い洗面所の壁にずらりと横長に連なった銀色の蛇口からじゃぶじゃぶと水が出ていて、水滴が飛ぶのが眩しかった。山の朝だからか、少し空気がひんやりとしている。ジャージの上着を着てくるべきだったかなと半袖の腕をさすりつつ、他の部屋の生徒と「おはよ」と挨拶をして順番を待つ。

「そういやさ、朝の起床の声、学校の放送と同じ声じゃねえ?」

 誰かがそう言って、思わず隣の列に並ぶ山宮を見た。彼もちらりとこちらを見たが、ふいと目を逸らしてまるで興味がないと言いたげな態度になる。

「そうだったか? 覚えてねえや」
「聞いたことのある声だなって思ったけど、学校の放送か」
「音源があんのかな。宿泊行事の起床用みたいな」

 すごい。リアルタイムで放送しているんだと気づいてない。山宮の声が正確だからだ。

 朔也は自分のことのように興奮したが、当の山宮は前の生徒が水道場から離れたのに合わせてマスクをとり、恐らく本日二度目の顔を洗った。ぱしゃっと冷たい水が山宮の頬で弾ける。

「俺、誰か放送担当の先生がいるんだと思ってた」
「でも、この学年の先生の声じゃねえよな」
「あの放送の声、イケボだよな。やっぱアナウンサーの音源とかなのか?」

 うわ、イケボって言われてる。

 朔也は斜め前で顔を洗う山宮を見たが、その覗いた耳が赤くなっていることに気づいた。山宮は素知らぬ顔ですぐに蛇口を捻って水を止め、タオルを顔に当てた。が、顔を隠している時間が微妙に長い。

 イケボっておれに聞かれてるのが分かってて照れてる。かわいい。

 思わずふふっと笑ったら自分の番が来た。さっと顔を洗い、タオルで顔を拭きながら部屋に戻る。案の定山宮が先に部屋に帰っていて、同部屋の男子たちはまだ戻っていなかった。

「『あの放送の声、イケボだよな』」

 朔也がそれだけ言うと、山宮が顔を目掛けてタオルを投げつけてきた。やはり照れて顔を赤くさせている。だが、マスクを外した。つんとしたくちびるが照れを誤魔化すように更にとがる。
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