どうあがいても恋でした。

タリ イズミ

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2巻【一】

6折原って彼女いんの?

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 授業が始まって二週間ちょっと、新しいクラスが落ち着きを見せ始めた頃だった。昼休みに教室で弁当を食べ終えたとき、「折原先輩だ」という声がした。廊下側の窓のほうを見ると、ぱりっとのりの利いたセーラー服が数人笑顔でこちらを見ている。だが、見知らぬ顔ばかり。一瞬迷ったが、立ち上がった。

「ええと、呼んだかな?」

 窓へ近寄ると、女子生徒三人が目をきらきらさせてこちらを見上げてきた。上履きの色で分かる。一年生だ。

「すごく背が高いんですね」
「入学式、かっこよかったです」
「迫力満点でした!」

 書道部に誰も仮入部に来てないのに、なんでおれの名前を知ってるんだろ。朔也は疑問を横に置き、にへらっと笑った。

「ありがとー。書道部を応援してね!」

 絶対山宮の言う胡散臭い笑顔になっている。そう思いながら、適当にひらひらと手を振って席へ戻った。

「折原セ・ン・パ・イ。どうしたの、一年生がわざわざ声をかけてくるなんて」

 どこから聞いていたのか、にやっとした男子たちが朔也の席を取り囲む。から揚げやいろんな食べ物のにおいがする教室で、朔也は弁当包みを縛って頭を掻いた。

「入学式に書道パフォーマンスをしたからかな? 書いたの、おれだけだったから」
「憧れの先輩に話しかけるって感じだったな」
「朔が一年にモテる予感」

 はやし立てる言葉に朔也は眉を八の字にした。

「書道部に興味を持ってもらえたかな。それならすごく嬉しいんだけど」
「お前、新入生にモテたら嬉しいとかねえの」

 左肩に視線を感じる。ちらっと窓際席を見ると、頬杖をついた山宮がこちらを見ており、マスク越しに目が合った。が、すぐに逸らされる。朔也はううんと唸って腕組みをした。

「おれが興味を持ってほしいのは書道で、おれ自身じゃないんだよな……自分の部活が人気だったら嬉しいじゃん」

 するとそれが聞こえたのか、中村がにこにことしてやって来た。セーラー服の肩のところで切り添えられた黒髪がさらっと揺れる。

「朔、一年生に名前が広まってるよ。私、知らない一年女子に茶髪の二年生の男子ってなんて名前ですかって聞かれたもん」
「えっ」
「茶髪なんて朔しかいないでしょ。これは入学式の書道パフォーマンスが効いたなと思った」

 朔也はそれを聞いて思わず立ち上がった。ガタンと椅子の脚が音を立てる。

「やった! 書道部が入学式から認識されたってことだよな!」

 中村は面食らった顔をしたが、すぐにぷっと噴き出した。

「そうだね! 新入生がたくさん入るといいね」
「男子に入ってきてほしいな。おれ、男子一人は肩身が狭い」
「じゃあ大筆を持てる男子部員を募集しなくちゃ」

 中村が笑って去ると、周りの男子が座った朔也を呆れたように見た。

「朔、お前はどこまでも朔だな」
「うん、お前が全国制覇を目指してるってのが本気だって分かるよ」

 すると、隣の席の男子と、そこへ群がっていたクラスメイトがケラケラと笑い出した。こちらを見てまた笑う。
「へえ、折原ってそういうやつなんだ」
「髪が派手じゃん。チャラいやつなのかと思ってた」
「認識を改めるわ」

 すると去年も同じクラスの生徒が手を振る。

「朔は今のが通常運転。卒業式のすげえ書道パフォーマンス見てねえ? 書道が好きなんだってよく分かったぜ」
「朔はチャラいのチャの字もない。この髪は地毛」

 朔也の言いたいことを仲良くなったメンバーが代弁してくれる。が、二年連続で同じクラスの男子がちょっとだけ不思議そうな顔でこちらを見た。

「朔、三学期の途中くらいから変わったよな。部活が好きだとは知ってたけど、そこまで目立つ感じじゃなかったのに」

 一瞬ぎくりとし、すぐに笑顔で「そうかな?」と首を傾げた。

「卒業式のパフォーマンスにすごく気合いが入ってたからかも」
「そっか。でも、なんか朔も人間だなって思った」

 しみじみと言うクラスメイトの言葉に思わず目を見開く。

「ぶっちゃけ、字は上手いし、授業で当てられてもちゃんと答えるし、体育でも活躍するし、愚痴も言わなくて、近寄り難いところがあったもんな」
「あ、分かる。こいつには適わねえな、みたいな」
「でも、部活が好きな普通の男子って感じでいいよ、お前」

 山宮とほぼ同じ指摘に思わず顔が熱くなる。

 山宮が指摘せず、本当の自分を出せずに二年生になっていたらどうしていただろう。きっと書道に夢中なだけで、山宮の気持ちにも今井の気持ちにも気づかなかった。人と関わるのを恐れるあまり独りよがりで、いつまでたっても集団で行う書道パフォーマンスには参加できていなかったかもしれない。

「確かに、高校に入ったから全部頑張ろって気を張ってたかも」

 朔也の返しにクラスメイトは笑った。すると隣の席の男子が頬杖をついて「ふうん」とにやっとした。

「じゃあ折原って彼女いんの? 彼女もポテンシャル高そう」

 話題が怪しい方向に逸れて、朔也は再び頭を掻いた。さっさとチャイムが鳴ってくれればいいのだが、こういうときだけ何故か学校の時計は遅く進む。

「おれ、彼女がいるように見える? 部活ばっかりで女子を見てる時間なんてなかったよ」
「朔だなあ」
「うん、朔っぽい」

 頷く友人らに隣の席の男子たちが笑い出す。

「そんだけ身長あればモテそうなのにな。いくつあんの?」
「こないだの身体測定で一八六だった」

 正直に答えたら「でっけ……」と呟かれた。隣の席の男子は確かバスケ部だ。こちらの身長が羨ましいのか、頭のてっぺんに視線が飛んでくる。

「でも一年生の彼女ができるんじゃねえ? 有名になってんだろ」

 朔也はそれを想像したが、脳裏に蘇ったのは去年中庭で何度も「好きだ」と口にしていた山宮の姿だった。今は山宮のどんな表情が本気なのか分かるから、真実を言ってくれていたのだと分かる。そして、二人で肉まんを食べた冬の公園の空気と、朔也のために朔也を拒絶したときの寂しそうな目元も思い出した。多分、あんなふうにすれ違いながらも同じ気持ちにたどり着くのは山宮だけだろう。実際、長い付き合いなのに今井とはできなかった。互いに好きになるのは簡単ではない。

「おれ、今は部活を優先したいから」
「めちゃくちゃ好みのタイプだったら?」
「自分の好みとか、分かんないや」

 朔也の返しに周りがまた笑う。朔はこれだから。そんなふうに喋り出す周りに笑顔を向けつつ、ちらりと山宮のほうを見た。いつの間にかなにやら本を読み出している。だが、その肩からは力が抜けていて、なんだか嬉しそうに見えた。

 山宮とは互いに部活にかける情熱も分かっている。だからこそ、入学式のように部活を超えて共に取り組めると嬉しい。朝と放課後の時間しか二人きりになれない自分たちは、他とは違う形で部活と恋の両立をしている。
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