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2巻【一】
4入学式パフォーマンス
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「そう言えば、入学式のパフォーマンス、あれ、なんだよ」
朔也がシャーペンを動かしていると、山宮が思い出したようにそう言った。苦笑いして頭を掻く。
「あれ、インパクト強すぎだったよな」
書道部の春は忙しい。卒業式のパフォーマンスが終わったら、新二年生は入学式のパフォーマンスに移る。
朔也が去年式典で見たのは、二メートル以上はあろうかというキャンバスに、大筆を使って「祝」の字を書くというものだった。筆は大きさによって重さが変わり、全身で操る筆になれば墨の量も合わさって何キロもの重さになる。去年の二年生部員は女子のみだったため、大筆を操る袴を着た部員は二人だった。残りがキャンバスを支え、墨を入れたバケツを持っていたことは覚えている。
だが、今年は朔也がいる。大筆は一人で持てる。字を書く要員に選ばれて、体格の問題もあるとは分かっていたが感動した。字が書けなければ外される。その悔しさは昨年何度も味わった。卒業式パフォーマンスで得られた感覚は、朔也の中にしっかりと根づいてくれていた。
じゃあ朔が書いて私たちは補助ね。そう言った女子たちの中で、中学から朔也の運動する様子を見ていた今井が「朔ちゃんなら運動できるじゃない」と言い出したのだ。
「文字だけじゃなく、書く前にもパフォーマンスを入れようよ」
紙の隣で筆を構えるだとか、パフォーマンス甲子園でやるようなダンスを想像した朔也とは違い、今井が提案したのはもっとアクロバティックなものだった。ふふんと意味ありげににっと笑う。
「朔ちゃん、側転とかバク転とかできるんじゃない? それで登場して着地したときに筆を持って構えたら映えると思うけどな」
顧問に許可を取って体操部のところへ顔を出し、フォームのチェックをしてもらった。少し修正してもらい、書道部の部室に戻る。畳敷きのところでバク転をして見せると、新二年と新三年が集まる部室が沸いた。
「朔、すごい!」
「背が高いから迫力がある!」
途端に乗り気になった部員たちは、筆を放り出してわいわいと案を出し始めた。
「地面に手をついたときに床にある筆が手に取れたらいいと思います」
「そのまま筆ごと両手を上にあげたらいいね。着地したときに拾うでもいいかも」
「そこから筆を回転させて構えるんですよ」
「そして墨汁のバケツに筆を入れる!」
朔也そっちのけで話が進行し、慌ててストップをかける。
「ジャージならともかく、袴を着てできるかなんて分かりません!」
「じゃあ、試してみてよ」
部長の一声で、朔也は部室に置いてあった袴のクリーニングのビニール袋を破ることになった。着地で袴の裾を踏むかと思ったが、少し短かったことがいい方向に働いた。難なく成功したのだ。
春休み中、朔也の練習は「祝」の文字だけでなく、バク転が入ることになった。朝は体操部に協力を仰ぎ、ストレッチと練習に参加させてもらう。袴を着て行うときの注意点も教えてもらった。スタート地点からどれくらいの距離に大筆を用意しておけばいいか、何度も確認する。自分の身長より長い筆を回転させるために、マーチングで使うカラーガードの動画を見て練習した。皆は温かくなった気温に穏やかに字を書いていたが、朔也は毎日汗びっしょりだった。汗拭きシートと制汗剤を驚くスピードで消費していく。
そんなわけで、新二年生による入学式の書道パフォーマンスは派手なものになった。厳かな式典から一転、音楽に合わせて朔也が舞台袖からバク転で登場し、先にキャンバスやバケツ、筆を用意していた女子の元へ飛ぶ。筆を拾ったら女子の手拍子に合わせて筆を回し、構え、今井の持つ墨の入ったバケツに突っ込む。全身で筆を振るって祝の字を書き、二年生五人全員で声を合わせて「ご入学おめでとうございます!」と声を張る。勿論、体育館は拍手の嵐になり、二階のギャラリーで見ていた先輩たちにも「すごくよかった」と褒めてもらえた。
そのとき、山宮は舞台袖の上にある放送機材の揃った小部屋にいた。式典を通してマイクや音源を操作するのは放送部なのだ。それを知ったとき、入学式のパフォーマンスを一緒にできるなんてと内心喜んだのだが、当日は緊張と息切れでそれどころではなかった。
山宮がはあとため息をつく。
「お前ってバク転とかできんのな。俺は宇宙の果てを見たわ」
「……意味は分からないけど、褒めてくれてる?」
「というより、度肝を抜かれたわ。でけえ筆にもお前の字にも登場の仕方にも」
小部屋から冷静な顔つきでこちらの様子を見ていたように見えたが、内心は違ったらしい。そこで山宮がまたくしゃみをした。
「あれ、おれの提案じゃなく今井が言い出したんだから。おかげで筋肉痛になるわ、やり終えたらヘトヘトになるわで、本当に疲れた」
すると山宮が膝に頬杖をついて「委員長ってそういうこと言いそう」とちょっと笑った。
今井は別のクラスだが、今年も委員長をやるそうだ。今井が本来の明るさを失っていないことに朔也は安堵していた。彼女の気持ちに応えられなかった罪悪感は、まだ心に引っかかっている。だが、同じはずの山宮は今井と相変わらずの距離感で話しているらしい。自分も努めてこれまでと変わらぬ態度でいようと心がけている。
「ま、委員長のおかげで大成功ってことでよかったんじゃね」
「今井に『あたしのおかげでしょ』ってイチゴ・オレを奢らされた。でも、やったのはおれなんだからおかしくない?」
すると山宮が思いついたようにノートを指した。
「紙パックのジュースを一緒に飲むって書いて」
はいはいと返事をし、それを書きつける。
「さすが書道部。字が上手えな」
字で埋まったノートを見る山宮が嬉しそうな声を出した。その笑顔を見て朔也の心がぽかぽかした。ただのクラスメイトでしかなかった去年とは違う。山宮とは口調が移るくらい仲良くなって、もっともっと仲良くなれる。二年生は大切な年になるはずだ。
「これ、あとでコピーとらせろよ。また思いついたら書き足そうぜ」
俯き加減にノートを見下ろす山宮を見ると、襟足から覗くうなじが見えた。進級に合わせて切ったのか、マッシュルームツーブロックの髪がすっきりとしている。
「……山宮」
こちらの目線に気づいた彼のうなじに手をかけ、顔を覗き込んだ。
「普通のでいいからキスしない?」
「……ノートに書くのはやめろよ。チェックがつくの恥ずいわ」
二人が口を閉じると部屋はただただ静寂に包まれる。無機質な機械に囲まれた部屋はぴたりと扉が閉められて、季節さえ入り込めない。朔也が身を乗り出して山宮のマスクを下げると、そっとくちびるがくっついた。
朔也がシャーペンを動かしていると、山宮が思い出したようにそう言った。苦笑いして頭を掻く。
「あれ、インパクト強すぎだったよな」
書道部の春は忙しい。卒業式のパフォーマンスが終わったら、新二年生は入学式のパフォーマンスに移る。
朔也が去年式典で見たのは、二メートル以上はあろうかというキャンバスに、大筆を使って「祝」の字を書くというものだった。筆は大きさによって重さが変わり、全身で操る筆になれば墨の量も合わさって何キロもの重さになる。去年の二年生部員は女子のみだったため、大筆を操る袴を着た部員は二人だった。残りがキャンバスを支え、墨を入れたバケツを持っていたことは覚えている。
だが、今年は朔也がいる。大筆は一人で持てる。字を書く要員に選ばれて、体格の問題もあるとは分かっていたが感動した。字が書けなければ外される。その悔しさは昨年何度も味わった。卒業式パフォーマンスで得られた感覚は、朔也の中にしっかりと根づいてくれていた。
じゃあ朔が書いて私たちは補助ね。そう言った女子たちの中で、中学から朔也の運動する様子を見ていた今井が「朔ちゃんなら運動できるじゃない」と言い出したのだ。
「文字だけじゃなく、書く前にもパフォーマンスを入れようよ」
紙の隣で筆を構えるだとか、パフォーマンス甲子園でやるようなダンスを想像した朔也とは違い、今井が提案したのはもっとアクロバティックなものだった。ふふんと意味ありげににっと笑う。
「朔ちゃん、側転とかバク転とかできるんじゃない? それで登場して着地したときに筆を持って構えたら映えると思うけどな」
顧問に許可を取って体操部のところへ顔を出し、フォームのチェックをしてもらった。少し修正してもらい、書道部の部室に戻る。畳敷きのところでバク転をして見せると、新二年と新三年が集まる部室が沸いた。
「朔、すごい!」
「背が高いから迫力がある!」
途端に乗り気になった部員たちは、筆を放り出してわいわいと案を出し始めた。
「地面に手をついたときに床にある筆が手に取れたらいいと思います」
「そのまま筆ごと両手を上にあげたらいいね。着地したときに拾うでもいいかも」
「そこから筆を回転させて構えるんですよ」
「そして墨汁のバケツに筆を入れる!」
朔也そっちのけで話が進行し、慌ててストップをかける。
「ジャージならともかく、袴を着てできるかなんて分かりません!」
「じゃあ、試してみてよ」
部長の一声で、朔也は部室に置いてあった袴のクリーニングのビニール袋を破ることになった。着地で袴の裾を踏むかと思ったが、少し短かったことがいい方向に働いた。難なく成功したのだ。
春休み中、朔也の練習は「祝」の文字だけでなく、バク転が入ることになった。朝は体操部に協力を仰ぎ、ストレッチと練習に参加させてもらう。袴を着て行うときの注意点も教えてもらった。スタート地点からどれくらいの距離に大筆を用意しておけばいいか、何度も確認する。自分の身長より長い筆を回転させるために、マーチングで使うカラーガードの動画を見て練習した。皆は温かくなった気温に穏やかに字を書いていたが、朔也は毎日汗びっしょりだった。汗拭きシートと制汗剤を驚くスピードで消費していく。
そんなわけで、新二年生による入学式の書道パフォーマンスは派手なものになった。厳かな式典から一転、音楽に合わせて朔也が舞台袖からバク転で登場し、先にキャンバスやバケツ、筆を用意していた女子の元へ飛ぶ。筆を拾ったら女子の手拍子に合わせて筆を回し、構え、今井の持つ墨の入ったバケツに突っ込む。全身で筆を振るって祝の字を書き、二年生五人全員で声を合わせて「ご入学おめでとうございます!」と声を張る。勿論、体育館は拍手の嵐になり、二階のギャラリーで見ていた先輩たちにも「すごくよかった」と褒めてもらえた。
そのとき、山宮は舞台袖の上にある放送機材の揃った小部屋にいた。式典を通してマイクや音源を操作するのは放送部なのだ。それを知ったとき、入学式のパフォーマンスを一緒にできるなんてと内心喜んだのだが、当日は緊張と息切れでそれどころではなかった。
山宮がはあとため息をつく。
「お前ってバク転とかできんのな。俺は宇宙の果てを見たわ」
「……意味は分からないけど、褒めてくれてる?」
「というより、度肝を抜かれたわ。でけえ筆にもお前の字にも登場の仕方にも」
小部屋から冷静な顔つきでこちらの様子を見ていたように見えたが、内心は違ったらしい。そこで山宮がまたくしゃみをした。
「あれ、おれの提案じゃなく今井が言い出したんだから。おかげで筋肉痛になるわ、やり終えたらヘトヘトになるわで、本当に疲れた」
すると山宮が膝に頬杖をついて「委員長ってそういうこと言いそう」とちょっと笑った。
今井は別のクラスだが、今年も委員長をやるそうだ。今井が本来の明るさを失っていないことに朔也は安堵していた。彼女の気持ちに応えられなかった罪悪感は、まだ心に引っかかっている。だが、同じはずの山宮は今井と相変わらずの距離感で話しているらしい。自分も努めてこれまでと変わらぬ態度でいようと心がけている。
「ま、委員長のおかげで大成功ってことでよかったんじゃね」
「今井に『あたしのおかげでしょ』ってイチゴ・オレを奢らされた。でも、やったのはおれなんだからおかしくない?」
すると山宮が思いついたようにノートを指した。
「紙パックのジュースを一緒に飲むって書いて」
はいはいと返事をし、それを書きつける。
「さすが書道部。字が上手えな」
字で埋まったノートを見る山宮が嬉しそうな声を出した。その笑顔を見て朔也の心がぽかぽかした。ただのクラスメイトでしかなかった去年とは違う。山宮とは口調が移るくらい仲良くなって、もっともっと仲良くなれる。二年生は大切な年になるはずだ。
「これ、あとでコピーとらせろよ。また思いついたら書き足そうぜ」
俯き加減にノートを見下ろす山宮を見ると、襟足から覗くうなじが見えた。進級に合わせて切ったのか、マッシュルームツーブロックの髪がすっきりとしている。
「……山宮」
こちらの目線に気づいた彼のうなじに手をかけ、顔を覗き込んだ。
「普通のでいいからキスしない?」
「……ノートに書くのはやめろよ。チェックがつくの恥ずいわ」
二人が口を閉じると部屋はただただ静寂に包まれる。無機質な機械に囲まれた部屋はぴたりと扉が閉められて、季節さえ入り込めない。朔也が身を乗り出して山宮のマスクを下げると、そっとくちびるがくっついた。
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