どうあがいても恋でした。

タリ イズミ

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番外編1

3いろいろって

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「すみません」

 子どもの母親らしき女性に謝られ、山宮はいえと首を振り、子どもに手を振ってその場を離れた。隣を歩く今井がくすっと笑う。

「山宮君、子ども好きなの? 優しいね」
「いや、苦手かも。俺、姉貴がいるだけで下のきょうだいいないし、どう接していいのか分かんねえ」
「あ、そうなんだ。朔ちゃんもお姉ちゃんいるよ」
「それも意外。あいつ、一人っ子っぽい。すげえのびのびと大切に育てられてそう」

 すると今井が「あー……」と言葉を濁した。歩くスピードが少し遅くなる。

「昔いろいろあって、家族全員が過保護になった時期はあったかもしれないな」
「そのいろいろってなに」

 山宮の問うと今井が困り眉になってこちらを見た。

「あたしがそれを言っちゃいけない気がする。朔ちゃんは人に知られたくないと思ってるかもしれないし。意地悪に聞こえたらごめんね」

 山宮はそれを聞いて、律儀なやつだなと思った。

「いや、委員長っぽいなって思った。いいやつが言う台詞だわ」
「あはは、さてはあたしに惚れたな?」
「悪りい、そこまでいかねえわ」
「ひどいなあ。そこは嘘でも惚れたって言う場面だけど」

 今井が暑いのか扇子を取り出してぱたぱたと仰いだ。地面を蹴る下駄が一定のリズムを刻み、今井が「昔の朔ちゃんかあ」と少し遠くを眺めた。

「朔ちゃんが書道が好きなのはホント昔から。同じ書道教室に通ってたんだけど、あたしの名前を見たとき『今井はるかってバランスが難しくない?』って言ったの。あたし、むっとしてそっちは画数が多いじゃんって言ったんだけど、『難しい字が上手くいったときって嬉しいよね』ってにこにこしてた。悔しくて『折原朔也』って朔ちゃんの名前をすごく練習してたら、『おれも今井はるかって練習する』って張り合ってきたの」
「折原って負けず嫌いなんだな」

 山宮が噴き出すと今井もつられたように笑う。

「筆持ってるときの朔ちゃんって背筋が伸びてて様になってるんだよね。全身で持つような大きな筆を操ってるところは本当にかっこいい! 女の子が必死の力で持つ筆を軽々と持ち上げて書くんだから。体育の時間の朔ちゃんもいいと思うけど、あたしはやっぱり書道をやってるときの朔ちゃんが好きかなあ。先生に指名されて黒板に回答を書くときもいいよね。黒板が朔ちゃんの白いチョークの字で埋まると、消すの勿体ないなあっていつも思うの。朔ちゃんの出席番号の日、先生に当てられればいいのにって密かに思ってる」

 今井の口から折原の話が途切れることなく流れ出す。頬を染めて嬉しそうに話す様子を見ていると、委員長は本当に折原が好きなんだなと思う。と、今井のつやのある口元を見ていた山宮はようやく気づいた。

「委員長、もしかして化粧してる?」

 えっと驚いたように目を見開いた彼女が「やだなあ」と歯をちらりと見せた。夏の夕陽の中で頬がオレンジに染まって見える。

「山宮君、お姉さんがいるんでしょ。とっくに気づいてると思ってたのに。あたし、やっぱり似合ってないかなあ」
「そんなことなくね」

 慌てて山宮は首を振った。

「浴衣着てっから普段と違って見えんのかなって思ってた」

 なんか俺、駄目だな。

 山宮は頭を搔いてそっと息をついた。誰かと付き合うのも初めてだし、彼女が好きなのは自分でないのも分かっている。それでも彼女は地元の夏祭りに自分を誘い、化粧をし、浴衣を着てきた。彼氏彼女のデートなら今井は完璧だ。こっちもそれ相応の態度を示さなければ失礼だろう。山宮は話題を夏祭りに切り替えた。

「俺、祭りとか詳しくねえから、縁日のこともあんま知らないんだけど。委員長、なんかお勧めあんの? 俺、飲み物ほしいわ」

 すると今井は和柄の巾着の中から一枚のチラシを「じゃーん!」と言って取り出した。

「今日のお祭りのタイムテーブル。七時半から花火だから、七時すぎくらいまで食べたり遊んだりしようよ。お祭りの飲み物と言えばラムネかな?」
「久しぶりに飲んでみたいけど、ラムネって開けた瞬間すげえ溢れるよな」
「蓋をぎゅっと押さえてれば溢れないって聞いたことあるよ。もし手が拭きたくなったら、あたしがウェットティッシュ持ってるから」

 ウェットティッシュ。小さな巾着に入れるものの中にそれを入れた彼女は、やはり教室で見るいつもの姿と違って見える。ちゃんと気を遣ってデートの用意をしてくれている。山宮はそれを理解すると、努めて自分もそうしようと思った。
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