どうあがいても恋でした。

タリ イズミ

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番外編1

2おかしなお付き合い

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 学校は夏休みに入っていた。前期末考査も赤点を取ることなく終えられた山宮はようやく肩の力を抜くことができた。夏休みの宿題という大敵があるものの、姉に教えてもらう約束は取りつけてある。夏休みは顧問が放送部の練習に時間を割いてくれるし、書道部も部活があるから折原の姿を見られる可能性も高い。

 二回目の折原への告白は案の定相手にされずに玉砕したが、山宮は前回のときよりもどぎまぎした。一ヶ月半ぶりに目の前に立つ折原の背が少し高くなったからかもしれないし、「また罰ゲームになっちゃったんだ?」と笑顔で話しかけられたからかもしれない。堅苦しい詰め襟を脱いで半袖姿になった折原は山宮には眩しく映った。茶髪が白のシャツに似合って爽やかさが増して、ぽつんと小さな墨が飛んだシャツを着ているのを発見したときは「いいな」と思った。

 そう口を滑らせたら、今井が「分かる!」とすぐさま同意してくれたので、山宮は彼女といる心地よさにもほっとした。同じ人が好きだったら気が合うはず。今井の提案で始まったおかしな「お付き合い」もそろそろ二ヶ月。一度もどこかに出かけたことはなかったが、こういう関係も悪くないのかもと思い始めたところだ。

 そんな彼女から「夏休みに入ったらお祭りに行かない?」と誘われ、その日の夕方山宮は今井の地元にやって来た。日曜日だからか、神社へ続くという商店街全体が祭りムードになっており、浴衣姿の小さな子どもやはっぴを着た大人の姿もある。一軒家が並ぶ閑静な住宅街に住む山宮は驚いた。思わず足を止めて辺りをきょろきょろと見回す。

「すげえ。こういう祭りってうちの近所にはねえわ」

 山宮の言葉に今井が「そうなんだ」と首を傾げた。髪飾りがちりちりと音を立てる。夏の夕方はミーンミーンという蝉の鳴き声とむしむしとした空気が絡まり合っている。山宮は喉が渇いたなと思った。

「こういうところで食べる焼きそばとかたこ焼きってホントおいしいよ」
「委員長って食いしん坊?」
「女子にそれは禁句! でも、昔、朔ちゃんにも言われたことあるんだよね」
「意外。折原ってそういうのに気を遣いそうじゃね」
「小学生の頃の話だからね! その頃の朔ちゃんって今よりやんちゃだったよ。近所の公園でずーっとアスレチックで遊んでたりね。滑り台で遊びすぎてズボンのお尻のところが擦れて破れそうになったこともあったな」

 今井の話に素直にへえと思った。山宮が折原について知っていることは教室で仕入れられる情報だけだ。今井の口から語られる折原の様子は新鮮で、それを知っていることを羨ましいと思いつつももっと知りたいと感じる。

「昔の折原ってどんな感じ。教室では穏やかクンを演じてるから全然分かんねえ」
「その言い方! うーん、年相応に子どもだったな。穏やかなところは変わらないよ」

 クラスメイトに囲まれ、笑顔を絶やさず、穏やかに人と接する折原は、端から見ればごく普通の、いや模範的な高校生だろう。山宮も最初は人のよさそうなやつだなとしか思っていなかった。

 だが、折原の本当の姿は違った。山宮には退屈でしかない書道に全力で取り組み、全国大会へ出場することを夢見ていた。大会のスタメンに落ちてトイレで泣いていたあの日、泣きはらした顔は教室で見る折原よりもずっと人間らしくて、男らしくて、山宮の心を動かした。それほどまでに情熱を捧げる書道にどんな魅力があるのか、本人の口から聞きたいと真剣に思った。

 それからだ、折原を目で追うようになったのは。普段は当たり障りのない様子を見せているが、部活になるとスイッチが入ったように別人になる。穏やかな笑みが消えて口を引き結び、柔和な目に力が入る。ふわふわした前髪を女子のようにピンで押さえるクセも、書道のためなら人目などどうでもいいと宣言しているようでかえってかっこいい。

 自分と同じで、好きなことに一生懸命取り組んでいる。

 独りぼっちで部活をやる山宮の心に折原が入り込んできたのは、ごく自然の流れだったのだと思う。お前も頑張れと励まされているようで、山宮は家でも朗読やアナウンスの練習をするようになった。もっと折原の素の顔を見たい、もっと折原のことを知りたい、そう思っているうちに折原が山宮の心の一部を占めるようになった。

 ただ、最近気になることがある。友だちに囲まれ、勉強ができ、部活に打ち込むという充実した高校生活を送っているように見える折原が、ふとした瞬間に表情を曇らせるときがあるのだ。一体なにがそんな表情をさせるのか──山宮がそこまで考えたとき、体にとんっと子どもがぶつかってきた。はっと我に返る。

 そうだ、今は委員長と一緒に夏祭りに来ているんだった。
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