どうあがいても恋でした。

タリ イズミ

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1巻【五】

3 シベリアンハスキーとゴールデンレトリーバー

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 夕方前の冬の公園は散歩する人がちらほらといるだけでガラガラだった。壁のある東屋にちらりと目線を送ると、山宮も小さく頷く。無言のままそこへ行ってベンチに腰掛けると、コンビニで買ってきた肉まんにどちらともなくかぶりついた。紺色のコートとキャメル色のコートの手の中で、ほかほかの肉まんが湯気を漂わせる。

「……うま」

 山宮が少し目を見張って湯気の立つ肉まんを見た。

「コンビニの肉まんってこんなうまかったっけ」
「食べたことないの?」

 朔也の言葉に山宮が一口かぶりついてごくりと飲み込んだ。

「折原と違ってオトモダチが少ねえから、帰り道に買い食いしたことねえんだわ」
「書道部の女子たちはまっすぐ帰るし、おれも買い食いは初めて」

 湯気が頬にかかって温かい。ふわふわの皮と肉汁がじゅわっと口内に広がって、気持ちのとげとげとしていたところが溶けていくのが分かった。

「さっきはホントにごめん。ミスしたのがショックで八つ当たりした。山宮のことを考えずにひどいこと言った」
「……俺もズケズケ言ったわ。お前が書道パフォーマンスにすげえこだわってたの知ってたのにな」
「はっきり言えるところが山宮のいいところだって分かってるよ」

 また一口とかぶりつくと、口の中で熱い肉がほろほろと崩れた。ベンチに並んで座っているから、視界に入ってくるのは肉まんの湯気と混じる息だけだ。

「最近お前がおかしいなって思ってたけど、部活が上手くいってなかったわけ」
「そう。おれってパフォーマンス向きの字が書けないんだ。パフォーマンス甲子園で選手になれなかった理由もそれ」
「折原の字でも駄目なのか? 委員長とお前のどっちが上手いかなんて、俺には分かんねえけど」
「放送部でもあるんじゃない? 下校放送と本の音読は違う、みたいなこと」

 すると山宮が「ああ、あるな」と納得したような声を出した。

「悪かったな、イージーモードとか言って。なんでもできると思ってたけど、そういう悩みもあんだな」
「山宮もなにかあるんだね」
「それなりにな」

 軽く頷いて山宮が肉まんを頬張る。

「俺の家、両親も姉貴二人も優秀で医者なんだわ。ところが末っ子だけマイナスとマイナスのかけ算が理解できねえわけよ。劣等感しかなくね」
「でも、うちの高校は受かったでしょ」
「推薦なしの一般受験で補欠合格だけどな。授業始まった日に来る学校を間違えたと思ったわ」

 山宮の口調は自虐的で、これまでそういった態度を言葉の端々に覗かせていた理由が分かった。

「気にしてたのに、赤点スレスレとか言ってごめん」
「赤点スレスレは事実じゃね。それよりなんとかハスキーのほうが気になるんだけど、あれ、なに」

「山宮ってなんとなくシベリアンハスキーっぽいなと思って」

 ミニチュアの部分は削って言ったのだが、彼のほうが「あれって大きくね?」と首を傾げた。放送室にいるときのようなやわらかい空気が戻ってくる。山宮が再び「うまいな」と呟き、朔也はゆるゆると肩のこわばりを解いた。

「折原は絶対ゴールデンレトリーバーだろ。超大型犬」
「髪はもう少し暗い茶色だと思うんだけどなあ」
「雰囲気がそうなんだわ。クラス満場一致に肉まんを賭ける」

 それを聞いて山宮のコンビニ袋に手を伸ばすと「おい」と睨まれる。「冗談」と朔也が手をあげると、彼がそのまま二個目を頬張った。
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