どうあがいても恋でした。

タリ イズミ

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1巻【四】

6 鈍感と卑怯

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「朔ちゃん、聞いてもいい?」

 下校時刻になるまで書道室にいた朔也は、部員たちと家路についた。駅からバスに乗り換え並んでつり革に掴まると、今井がそう切り出す。

 バスの中は混み合っていて少し騒がしかった。お腹の大きな女性が乗ってきて、「席へどうぞ」と譲る声も聞こえる。

 朔也が「なに?」と返事をすると、今井が首を傾げた。

「最近、朝ぎりぎりの時間に教室に来るよね。でも、あたしが登校する時間には下駄箱に靴がある。どこにいるの」

 鋭い指摘に一瞬ぎくりとする。だが、すぐに笑みを浮かべて答えた。

「山宮と一緒に勉強してる。分かんないところがあるって言うからさ。教えるおれも勉強になるよ」
「……ふうん? 山宮君とずいぶん仲良くなったんだね」

 彼女の声色に内心ため息をつく。今井は幼馴染みだ。こういうとき、彼女に誤魔化しはきかない。

「仲良くっていうか……また話すようになっただけだよ。前進も後退もしてない」
「この間聞いちゃったってことは山宮君に言ったんだよね?」
「……言ってない。盗み聞きしたみたいで悪いし」

 できるなら、このままでいたい。

 告白も、それを真剣に受け取らなかったことも、山宮の好意や自分の気持ちも、今日のようにやり過ごせるのなら一番いい。

 部活で共通点があって、たまに勉強や授業のこと、それ以外のたわいもない話ができる友だち。山宮はただのクラスメイトとは違う、おそらく、朔也が一番求めている位置にいてくれる存在だ。

「……鈍感」
「え?」

 今井が少しきつい口調になったので朔也は再び彼女を見下ろした。今井は朔也を見ずにバスの窓から流れる景色を睨んでいる。

「朔ちゃん、山宮君の気持ちを考えたことある? あたしが知ってる朔ちゃんはそんな卑怯じゃなかったんだけどな」
「……卑怯ってどういう意味」
「なんで本当のことを言わないの? 山宮君は自分の知らないところで気持ちを知られちゃったんだよ?」
「おれは、傷つけたことを謝ったし、山宮はなにも求めてこない。だったら今の状態が山宮の望む状態なんじゃないの」
「そうかな? 山宮君は本当の気持ちを無視され続けてるんだよ。朔ちゃんは全てを知りながら、自分の楽な距離でいるだけ。それってちょっとひどいと思わない……?」

 たしなめる口調に朔也は言葉を失った。だが、今以上になにをすればいいのか分からない。

 好きじゃないと改めて山宮に言うのか。しかし、それは山宮を傷つけることになる。山宮の泣きそうな顔はもう見たくない。ならばいっそ山宮と関わらないようにするのか。それは朔也の望むことではない。

「……上手く言えないけど、おれが山宮と仲良くしたい、のかな……」
「山宮君が朔ちゃんを好きなように、朔ちゃんも山宮君を好きってこと?」

 今井にずばり切り込まれて、自分自身に問いかける。だが、朔也には分からない。以降山宮からきちんとした言葉は聞いていない。だから山宮の気持ちの大きさなど測れないし、本気で友だちを作ろうとしたことのない朔也にとって山宮に対する気持ちの正体もよく分からない。

「違うと思うけど」

 その言葉に横にいる彼女が小さくため息をついた。

「今井なら、おれの中学のときのことも分かってるだろ。だから……久しぶりに気を許せるやつを見つけた、みたいな感覚だと思う」
「それで朔ちゃんは山宮君といたいんだ。でも、それで山宮君は幸せなのかな? 自分の行動を変えたほうがいいとは思わない?」
「今井って、なんでそんなに山宮の肩を持つの。そういうの、珍しいよな」

 するとくちひるをぎゅっと噛んだ今井が目を瞬かせ、すぐに口を歪ませて笑った。

「朔ちゃんって、やっぱり鈍感だなあ。でも、山宮君はそういうところも好きなんだろうね。……あたしと違って」

 最後のほう、消え入りそうな声で言ったので二人の間に沈黙が下りた。ガタガタと凹凸が振動となって足に伝わってくる。今井のいる右側だけ体が熱くなってきて、朔也は汗のにじむ手でつり革を握り直した。口を開いても、喉のところに引っかかって言葉が出てこない。

 今井がブザーを押した。紫色のランプがともり、アナウンスが流れる。そこで再び彼女が口火を切った。

「山宮君も動かない、朔ちゃんも動かない、そういう時期ってことだよね。でも、山宮君に恋人ができたらって考えたことはある? 山宮君が恋人と過ごす時間を優先するようになったらどうするの? そうなったら、朔ちゃんはどう思うの?」

 山宮に恋人ができたら。

 これまでいっぺんたりとも考えなかったことを言われ、朔也の息が止まりそうになった。再び彼女がくすりと笑って「ホント鈍感」と言った。

「どうしたらいいのか、本当は朔ちゃんも分かってるんじゃない? 自分の気持ちに素直になることをお勧めするよ!」

 その明るい声に答えようとしたとき、バスががくんと揺れて止まった。笑顔の彼女が「また明日ね!」と元気よく降りていく。耳障りな音が鳴って扉が閉まり、バスは再び動き出した。

 卑怯、か。

 朔也は窓の外を見た。通り過ぎる建物の明かりや反対側へ走る車のライトが目に色を残していく。

――本当の気持ちを無視され続けてるんだよ。
――朔ちゃんは全てを知りながら、自分の楽な距離でいるだけ。
――朔ちゃんってやっぱり鈍感だなあ。

 朔也はつり革に掴まりながら目を瞑った。墨が飛んだ手でメジャーを持つ今井の朗らかな笑みや楽しそうに原稿を見る山宮の表情を思い出す。

 なあ今井。今井の気持ちも山宮との距離感も壊したくないって思うおれは、そんなに卑怯なのかな。どちらかを選ぶなんて、すごく難しいよ。
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