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1巻【三】
7 急展開
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誰か残っているのだろうか。朔也は足音を殺して近づくと、扉の隙間から中を見た。すると見覚えのある鮮やかなオレンジのマフラーが目に飛び込んでくる。
「そっか。そのとき連絡先を交換できたんだ」
今井の声が小さく笑っている。すると「まあな」と答える山宮の声がした。そっと教室内を覗くと、自席に座った学ランマスクと、前の席の背に凭れて立つポニーテールのセーラー服が見える。
「ようやく前進だね。もう年明けだよ? 山宮君ってば、じれったいなあ」
「じれったいって……お前らしい表現だけど」
「だって、朔ちゃん、いい意味でも悪い意味でも山宮君のこと意識してなかったでしょ? あたし、ずっと不思議だったんだから」
「同性からの『告白』なんてそんなもんだろ」
自分の名前が出てきて眉間に力が入る。
今井と山宮の口調はいやに親しげだった。教室での山宮の過ごし方を思うと少し不思議な気がしたが、そこは誰とでも気さくに話せる委員長の今井だ。点数対決をしているくらいなのだから、朔也の知らないところで二人はよく会話をしているのだろう。
「山宮君に問題があるんじゃない? 朔ちゃん、罰ゲームであたしに無理矢理やらされてるって思い込んでるよ」
「ガチで罰ゲームだろ。本命に告白してこいとか、腹立つわ」
――なんだって?
朔也は思わず耳を疑った。が、二人はそんなことに気づくはずもなく、会話が続く。
「朔ちゃん、男女両方と仲良いし、早く捕まえないとあっという間にとられちゃうかもしれないじゃない」
「あいつが誰かと笑ってるのはその場しのぎで、どうでもいい相手だから笑ってるだけだろ。それ、仲良いって言わなくね」
「バッサリ言うねえ。それじゃ意味がないんだ?」
「そりゃそうだろ。そんなんでいいなら普通に話しかけるわ」
山宮の声が弱々しくしぼむ。
「……そんなんでいいなら、こんな罰ゲーム、やんねえわ……」
放課後の廊下で朔也はキンと冷えた空気をそっと呑み込んだ。心臓の立てる大きな音が口から漏れてしまうのではないかと、慌てて口元を手で押さえる。側に壁に凭れると、カーディガン越しに背中からじわじわと冷たさが伝わってきた。
「山宮君、罰ゲームじゃなくてちゃんと言うのは駄目なの?」
「ドン引きされて二度と口きけなくなるわ」
「そうかな? 朔ちゃん、そういう偏見ないと思う」
「なんで分かる」
「朔ちゃん、昔から高身長で茶髪にくせっ毛だからすごく目立ってたの。性格は大人しいのに派手に見られがちで、誤解されることも多くて。周りから普通じゃないって思われるのがすごく嫌いなの。だから山宮君にも普通じゃないなんて言わないよ」
「それとこれとは別じゃね。自分が男に好かれてたら気持ち悪りいって思うだろ」
「意外。山宮君って固定観念にとらわれるタイプなんだ」
「他人と違うところを受け入れるのは簡単じゃねえだろ。自分の人生は主観でしか生きられねえわ」
山宮君ってテストできないのに賢いねえ。うっせえ嫌味かよ。あはは冗談だって。
明るい笑い声をばくばくいう心音がかき消す。
どういうこと? 山宮って、おれのことが本当に好きなの?
朔也は告白のときの彼を思い返した。だが、機械的な「好きだ」とマスクを外した真顔しか思い出せない。
――マスク?
朔也ははっとした。
もしかして、マスクを外してから告白するのは、山宮なりの改まった形だったのか? いや、違う。放送室でも今日の中庭でもマスクは外していた。……ん? 山宮、おれ以外の人と話すとき、マスクつけたまま話してないか? マスクを外して他の人と話してるところ、見たことがないような……。
慌てて頭をぶんぶんと横に振る。
山宮はマスクをするのは喉を痛めないためだと言っていた。マスクの有無にそれ以上の意味を求めるのは思い上がりだ。
だが、今井と話す今も山宮はマスクをつけている。彼が端整な顔立ちを見せて澄んだ声を響かせるのは自分と話しているとき以外に見たことがないわけで。
――まさか本当に……?
朔也はずるずるとそこへしゃがみ込んだ。肩に提げた鞄を抱きかかえ、書道の道具入れをそっと床に置く。心臓の音が煩くて、手が汗で滑る。はあはあと息があがって、頬が熱い。だが、自分が何故そんな状態になっているのか、理由が分からない。
え、どうしよう。おれ、どうしたらいい?
底冷えする校舎内は寒いはずなのに、じわじわと変な汗がにじみ出した。これまで殆ど交流のなかったクラスメイトと仲良くなって、喧嘩をしたと思ったら相手が自分を本気で好きだと知る。展開が早すぎて、気持ちが追いつかない。
と、そこでお喋りの声が中断し、ガタと音がした。
「もうこんな時間! あたし、そろそろ帰ろうかな。山宮君は?」
「このあと下校放送するから」
「そっか、部活頑張ってね! また明日!」
明るい今井の声に、朔也は慌てて立ち上がった。が、教室が並んだまっすぐな廊下には身を隠すところがない。隣の教室に、と扉に手をかけたが、道具入れの中で文鎮のカタと動く音が意外にも大きく響いて手を引っ込める。
教室からコートを羽織りながら今井が出てくる。留めるコートのボタンを見ていた目線があがり、廊下でおろおろしていた朔也を認めた。その目が見開き、瞬間足を止めそうになったのが分かる。
が、教室にいる山宮に気を遣ったのだろう、何事もなかったようにそのままの足取りでこちらへ歩いてきた。朔也の側まで来ると、歩みを止めることなくちょんちょんと先を指す。朔也は頷き、そっと今井のあとを歩き出した。
「そっか。そのとき連絡先を交換できたんだ」
今井の声が小さく笑っている。すると「まあな」と答える山宮の声がした。そっと教室内を覗くと、自席に座った学ランマスクと、前の席の背に凭れて立つポニーテールのセーラー服が見える。
「ようやく前進だね。もう年明けだよ? 山宮君ってば、じれったいなあ」
「じれったいって……お前らしい表現だけど」
「だって、朔ちゃん、いい意味でも悪い意味でも山宮君のこと意識してなかったでしょ? あたし、ずっと不思議だったんだから」
「同性からの『告白』なんてそんなもんだろ」
自分の名前が出てきて眉間に力が入る。
今井と山宮の口調はいやに親しげだった。教室での山宮の過ごし方を思うと少し不思議な気がしたが、そこは誰とでも気さくに話せる委員長の今井だ。点数対決をしているくらいなのだから、朔也の知らないところで二人はよく会話をしているのだろう。
「山宮君に問題があるんじゃない? 朔ちゃん、罰ゲームであたしに無理矢理やらされてるって思い込んでるよ」
「ガチで罰ゲームだろ。本命に告白してこいとか、腹立つわ」
――なんだって?
朔也は思わず耳を疑った。が、二人はそんなことに気づくはずもなく、会話が続く。
「朔ちゃん、男女両方と仲良いし、早く捕まえないとあっという間にとられちゃうかもしれないじゃない」
「あいつが誰かと笑ってるのはその場しのぎで、どうでもいい相手だから笑ってるだけだろ。それ、仲良いって言わなくね」
「バッサリ言うねえ。それじゃ意味がないんだ?」
「そりゃそうだろ。そんなんでいいなら普通に話しかけるわ」
山宮の声が弱々しくしぼむ。
「……そんなんでいいなら、こんな罰ゲーム、やんねえわ……」
放課後の廊下で朔也はキンと冷えた空気をそっと呑み込んだ。心臓の立てる大きな音が口から漏れてしまうのではないかと、慌てて口元を手で押さえる。側に壁に凭れると、カーディガン越しに背中からじわじわと冷たさが伝わってきた。
「山宮君、罰ゲームじゃなくてちゃんと言うのは駄目なの?」
「ドン引きされて二度と口きけなくなるわ」
「そうかな? 朔ちゃん、そういう偏見ないと思う」
「なんで分かる」
「朔ちゃん、昔から高身長で茶髪にくせっ毛だからすごく目立ってたの。性格は大人しいのに派手に見られがちで、誤解されることも多くて。周りから普通じゃないって思われるのがすごく嫌いなの。だから山宮君にも普通じゃないなんて言わないよ」
「それとこれとは別じゃね。自分が男に好かれてたら気持ち悪りいって思うだろ」
「意外。山宮君って固定観念にとらわれるタイプなんだ」
「他人と違うところを受け入れるのは簡単じゃねえだろ。自分の人生は主観でしか生きられねえわ」
山宮君ってテストできないのに賢いねえ。うっせえ嫌味かよ。あはは冗談だって。
明るい笑い声をばくばくいう心音がかき消す。
どういうこと? 山宮って、おれのことが本当に好きなの?
朔也は告白のときの彼を思い返した。だが、機械的な「好きだ」とマスクを外した真顔しか思い出せない。
――マスク?
朔也ははっとした。
もしかして、マスクを外してから告白するのは、山宮なりの改まった形だったのか? いや、違う。放送室でも今日の中庭でもマスクは外していた。……ん? 山宮、おれ以外の人と話すとき、マスクつけたまま話してないか? マスクを外して他の人と話してるところ、見たことがないような……。
慌てて頭をぶんぶんと横に振る。
山宮はマスクをするのは喉を痛めないためだと言っていた。マスクの有無にそれ以上の意味を求めるのは思い上がりだ。
だが、今井と話す今も山宮はマスクをつけている。彼が端整な顔立ちを見せて澄んだ声を響かせるのは自分と話しているとき以外に見たことがないわけで。
――まさか本当に……?
朔也はずるずるとそこへしゃがみ込んだ。肩に提げた鞄を抱きかかえ、書道の道具入れをそっと床に置く。心臓の音が煩くて、手が汗で滑る。はあはあと息があがって、頬が熱い。だが、自分が何故そんな状態になっているのか、理由が分からない。
え、どうしよう。おれ、どうしたらいい?
底冷えする校舎内は寒いはずなのに、じわじわと変な汗がにじみ出した。これまで殆ど交流のなかったクラスメイトと仲良くなって、喧嘩をしたと思ったら相手が自分を本気で好きだと知る。展開が早すぎて、気持ちが追いつかない。
と、そこでお喋りの声が中断し、ガタと音がした。
「もうこんな時間! あたし、そろそろ帰ろうかな。山宮君は?」
「このあと下校放送するから」
「そっか、部活頑張ってね! また明日!」
明るい今井の声に、朔也は慌てて立ち上がった。が、教室が並んだまっすぐな廊下には身を隠すところがない。隣の教室に、と扉に手をかけたが、道具入れの中で文鎮のカタと動く音が意外にも大きく響いて手を引っ込める。
教室からコートを羽織りながら今井が出てくる。留めるコートのボタンを見ていた目線があがり、廊下でおろおろしていた朔也を認めた。その目が見開き、瞬間足を止めそうになったのが分かる。
が、教室にいる山宮に気を遣ったのだろう、何事もなかったようにそのままの足取りでこちらへ歩いてきた。朔也の側まで来ると、歩みを止めることなくちょんちょんと先を指す。朔也は頷き、そっと今井のあとを歩き出した。
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