どうあがいても恋でした。

タリ イズミ

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1巻【三】

6 ただ渡したかっただけなのに

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 そのあと、書道室に足を運んだが全く集中できなかった。

 畳の上に正座しても毛氈の前で宙を見つめ、墨をする腕が止まり、筆を選ぼうとする手が筆巻きの上で彷徨う。手本を見ても上の空で、筆先からぼとりと落ちた墨が紙を汚す。じわじわと紙に黒い染みが広がっていくのと同様に、朔也の心にももやもやとしたものが広がった。叩かれた頬が妙にひりつく。

 全ッ然、意味分かんない。なんであんなに怒るわけ? おれに何度も同じことしてきたくせに、今更なんだよ。これまで付き合ってたおれがバカみたいじゃん。いきなり人の顔を引っぱたくなんてどういうつもりだよ?

 次第に腹立たしくなってきて、朔也は筆に墨をつけた。「馬鹿」と書いてやろうとして、はたと手が止まる。

……でも、最後は目を真っ赤にさせて今にも泣き出しそうに見えた。そんなに嫌がるようなことだったのか? おれは、ただ、友だちにお守りを渡したかっただけなのに。

 冬休み中、山宮と電話をしながら書道をしたときのことを思い出す。

 電話がつながっていれば、自分の部屋は山宮の声で色を変えた。いつか下校放送で聞いた夕焼けを思わせる声もあれば、白い吐息を和らげるような暖かさを感じる声もあった。初詣の神社で見た爽やかな空のような声に励まされて何度も筆を走らせ、眠気を含むような穏やかな声にその日一番の文字を書くことができた。

 勉強や書道の話ができたり、素を出して誰かと話したりすることができるなんて考えたこともなかった。そんな関係を、自分で壊してしまった。

 結局一文字も書くことなく書道室をあとにし、朔也は道具を戻しに教室へ向かった。悶々とした気持ちを抱えたまま廊下を行く。中庭が見下ろせるところへさしかかると、自然に足が止まった。夕日が校舎の窓に反射して、暖かなオレンジ色に染まっている。先ほど山宮と喋っていた自販機の前に数人の男子生徒がいて、ストローを差したパック片手に笑い合っているのが見えた。

――おれは、ただ、あんなふうに笑う山宮を見たかっただけなのに。

 再びため息が漏れて、朔也は廊下をとぼとぼと歩き出した。

 自分の周りから人が去っていくと、心の中に濁った水が溜まっていった。一人、また一人と去っていくと、汚れた水が溢れ出して体中に広がり、体のどこかが動くたびに息苦しくなった。

 足が重くなり、扉から自分の机までが遠くなり、教室までの廊下がぐんと伸びて、階段をのぼるのに息が切れる。保健室に人が来るたびにびくびくして、昇降口で上履きに履き替えることもままならなくなって――。

 こういう気分を二度と味わいたくなかったから、人と距離をとるようにしていたのに。

 ふとどこからか知っている声が聞こえた気がして、朔也は顔をあげた。体育館やどこかの教室で行われている部活中の声とは違う。二つ先にある自教室の後ろの扉が少しだけ開いていて、明かりが漏れているのに気づいた。
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